第三話 東京駅で駅弁二個、岡山で駅弁一個
「うぅ……気持ち悪い……東京駅で駅弁二個、岡山でも追加したのは、さすがに食べすぎだったかも」
予讃線が海のすぐそばを走るのは、ちょっとテンションが上がった。
窓の外いっぱいに青い海が広がって、線路の向こうで波がきらきら光っている。
あれは確かに、旅情というやつだった。
けれど、あんなに揺れるとは思わなかった。
松山駅から出てすぐ、私はベンチに座り込む。
スキニーのボタンが命乞いをしているのがわかるほど、お腹が苦しい。
胃袋の中で、東京駅の駅弁二個と岡山で追加した弁当が、四国上陸記念パーティーを開催している。
「じゃこ天も追加しとったけんねぇ」
「何!?誰!?」
突然話しかけられて、辺りを見回す。
けれど、人影らしいものは見当たらない。
駅前を行き交う人たちは、それぞれスマホを見たり、タクシー乗り場へ向かったりしていて、私に声をかけている様子はなかった。
「ここよぉ」
声のする方を見たら、ベンチの横に置いたキャリーバッグの持ち手に、みかん色の小さな鳥が止まっていた。
頭には葉っぱ。
丸い体。
小さな羽。
そして、妙に腹の立つほど愛らしい、つぶらな瞳。
「いよ、ぴよ……さん?」
本当に来てしまった。
「せとうち四国広報局愛媛担当SNS広報官」から届いた内定承諾書。
岡山までの新幹線チケット。
そこから松山までの特急券。
全部、現実だった。
転職サイトで見慣れた企業ロゴも、担当者名もない。
あるのは、やたら立派な朱印と、みかんの透かし模様が入った怪しすぎる書類。
足元を見られた気がしなくもない。
けれど、なかなか内定がもらえないまま失業手当の受給も終わってしまい、私は内定承諾書の期限日ぎりぎりに、承諾書に印鑑を押してしまった。
社会人として、負けた。
いや、無職としても負けた。
「あんたねぇ!!よくもこんな遠くまで私を連れてきたわね!!」
「ぴよっ!?」
私は両手で、みかん色のマスコットサイズのゆるキャラを掴んだ。
羽毛らしきものは、想像よりふかふかしていて、腹立たしいほど手触りがいい。
「ぴょーー。ゆるキャラ虐待反対けんねぇ!」
「うるさい!焼き鳥にすっぞ!!」
「ゆるキャラ愛護団体に訴えるけんねぇ!」
「ちっさいと焼き甲斐がないわ!大きく戻りなさい!」
「今は省エネモードなんよ」
「神様が省エネすんな!」
こんなマスコットに真面目に話しかけている自分も、この状況も、もうわけがわからない。
傍から見たら、どこからどう見ても完全に不審者。
しかも、駅前でぬいぐるみに説教しているタイプの、かなり危ない不審者。
「それより、そろそろ来るけんねぇ」
「は?まだ何が来るっていうのよ?」
ここまでの流れで、悪い予感しかしない。
「瀬川美咲様ですか?」
大きな影が落ちると同時に名前を呼ばれ、顔を上げて固まる。
黒髪。
端正な顔立ち。
涼しげな目元。
身長も高い。
旅館の人らしい、落ち着いた所作。
白いシャツに濃紺の旅館の羽織。
派手さはないのに、立っているだけで妙に目を引く。
「本日お泊まりの宿より、お迎えに上がりました。曽我部です」
何このイケメン。
四国、着いて三分で顔面偏差値が高い。
東京でもあまり見かけないくらい。
「最初の取材先やけんねぇ」
「え?」
私の手から逃げ出したいよぴよさんが、ぱたぱたと羽を動かし、私の肩に止まる。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
曽我部さんの反応を見るに、どうやらいよぴよさんは私にしか見えないらしい。
いけない。
気をつけないと、何もない空間に向かってキレ散らかしている女に見られてしまう。
いや、さっきの時点でだいぶ手遅れかもしれないけれど。
「明日からさっそく働いてもらうけん」
「うぅ、ブラック……でも、温泉は入りたい……」
イケメンの曽我部さんに少しだけ訝しげに見られながら、私は迎えの車に向かう。
知らない土地に来てしまった実感が、今さらじわじわと足元から上がってくる。
内定承諾書には、契約社員、期間は半年。
こうして私の愛媛での生活が始まった。
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