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【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


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第十五話 起きたら公式SNSがバズっていて、愛媛の元カノになっていました

あれ……私の部屋?

いつも通り、スマホのアラームで起きる——のではなく、カーテンの隙間から漏れる朝の光で目が覚めた。


「やばい!!今何時!?仕事!!?」


跳ね起きて、枕元のスマホを掴む。

けれど、画面は真っ黒だった。


「……あれ?」


電源ボタンを押しても、反応がない。


「最後に見た時は、三十パーセントくらいあった気がするのに……」


慌てて充電器に繋ぎながら、昨晩のことを思い出そうとする。


思い出す。

思い出す……?

確か、亮平さんと炭火焼き屋さんに行った。

目の前の炭火で焼かれる鶏肉がものすごく美味しそうで、飲み比べの日本酒がきれいで、果物のサワーまで美味しくて。


それで、たぶん、かなり飲んだ。


美味しいお肉に、美味しいお酒。

焼き鳥の脂が落ちて、火がぱちっと跳ねる音。

亮平さんが水を差し出してくれた手。

いよぴよさんが、肩の上でぎゃあぎゃあ騒いでいた気配。


色々な話をした気がする。

けれど、後半の記憶がない。

というか、どうやって帰ってきたのかすらわからない。


自分の服を見る。

ちゃんとパジャマに着替えている。

メイクも落としている。

ゴミ箱には、使い終わったメイク落としシートが二枚入っていた。


「記憶はないけど、自分でやった……はず」


そう信じたい。

そこだけは、全力で自分を信じたい。


充電器に繋いだスマホの画面が、ようやく光る。

時間は午前八時。

始業の時間までは一時間ある。


「よかった……遅刻じゃない……」


胸を撫で下ろした直後、スマホが震え出す。


一回。

二回。

三回。


いや、違う。

止まらない。


手の中で小刻みに震え続けるスマホを、私はじっと見つめた。

通知欄が、見たことのない数になっている。

寝起きの頭が少しずつ冷えていく。


「え、何?怖い怖い怖い」


いいね。

リポスト。

コメント。

フォロー通知。

メンション。


公式アカウントの通知が、画面を埋め尽くす。


「……いよぴよさん」


枕元で丸くなるいよぴよさんを見る。

みかん色の丸い鳥は、露骨に私から目を逸らした。


「何したの」

「投稿したんよ」

「投稿なんかできたの?」

「広報活動なんよ」

「そんなのいいから、何を投稿したのよ?」

「若旦那が撮影した、美咲ちゃんが焼き鳥を食べとる動画」

「はあ!?」


一気に眠気が吹き飛んだ。

慌てて投稿画面を開く。

そこには、昨日の取材中、私が焼き鳥を食べている動画が上がっていた。


しかも、よりによって。

一口食べた途端、目を見開いて、しばらく無言になったあと、ぼそっと、


『は~~……これ、何本でもいけちゃいます~……!』


と呟いているところ。

その後、もう一口食べて、完全に顔が緩んでいる。

湯気の向こうで、私はびっくりするくらい幸せそうな顔をしていた。

広報官というより、ただの食いしん坊である。


実際に、この後十本は食べた記憶がある。

その辺りまでは覚えている。


「け、消さないと!今すぐ!!」

「待つんよ。コメント見るけんねぇ」

「見ない!」

「見た方がええんよ」

「勝手に投稿した、よくわからないゆるキャラの鳥の言うことなんか信用できるか!」

「鳥やないんよ。広報神なんよ」

「昨晩行った炭火焼き屋さんに頼んで、焼き鳥にするぞ」

「コメントだけでも見るんよ!」


いよぴよさんに言われて、震える指でコメント欄を開く。


『この広報さん、食べ方が信用できる』

『焼き鳥、食べたくなった』

『愛媛行きたくなった』

『この人、絶対いい子』

『俺、愛媛に彼女いた気がする』

『わかる。付き合ってないのに懐かしい』

『いや、彼女というより元カノ感ある』

『俺がこの動画撮ったような気がしてくる』

『この広報さんと道後行った記憶ある』

『もぐもぐ広報さん、次は何食べるの?』


食べ物の美味しさが伝わったのは嬉しい。

それは、本当に嬉しい。


一か月、何を投稿しても伸びなかった。

おしゃれに作った画像も、真面目なランキング紹介も、柑橘の品種比較も、カブトガニですら届かなかった。

それなのに、私が酔って焼き鳥を食べているだけの動画が、見たことのない勢いで広がっている。


嬉しくて、恥ずかしい。

いや、やっぱり恥ずかしい。

画面をスクロールすると、さらにコメントが流れてくる。


『愛媛の元カノ爆誕』


「……元カノ?」


寝起きのかすれた声で呟く。


『愛媛の元カノ』……って?

何その、観光地に置いてきた、修学旅行の恋的な概念。


『愛媛の元カノ、食べっぷりが良すぎる』

『元カノが愛媛で幸せになっててよかった』

『この元カノに焼き鳥奢りたい』

『愛媛の元カノ、次は日本酒紹介して』

『別れてないのに失恋した気分になる』


「ちょっと待って。私は誰とも付き合ってないし、誰の元カノでもないんだけど」

「元婚約者はおるけんねぇ」

「そこを拾うな!!」


頭を抱える。

よりによって、広報官として初めて伸びた投稿が、酔った私の焼き鳥動画。

しかも、ついた呼び名が『愛媛の元カノ』。


「いよぴよさん」

「なんよ」

「怒りたいのに、怒りきれないのが一番腹立つ」

「広報活動なんよ」

「勝手に投稿した罪は消えてないからね」

「でも、『愛媛の元カノ』は生まれたんよ」

「生まれなくてよかったのよ、そんな概念は!」


そう叫んでいる間にも、通知は増えていく。


『愛媛の元カノ』

『もぐもぐ広報さん』

『焼き鳥の人』


私の知らない二つ名が、勝手に増えていく。


「……広報って、怖い」


ぽつりと呟くと、いよぴよさんが満足げに胸を張った。


「ほやけん、おもしろいんよ」


その言葉に、私は返事ができなかった。

画面の中の私は、本当に幸せそうに焼き鳥を食べている。

たぶん、それが伝わってしまったのだ。


私は布団を跳ね飛ばし、急いで顔を洗って着替えるとすぐに、昨日の記憶が曖昧な自分を呪いながら、ノートパソコンを開く。

顔を洗っても、頭の奥にはまだ日本酒の気配が残っている。

けれど、それどころではない。


通知は、まだ増え続けていた。


『撮ってる人、絶対この子好きだろ』

『多分、初回取材先の旅館の若旦那』

『若旦那の撮り方が優しい』

『この距離感、もう付き合ってるでしょ』


事実と全然関係ないコメントも、どんどん増える。


まず、亮平さんに謝罪の連絡。

それから、報告書。


急に増えたインプレッション。

再生数。

保存数。

コメント傾向。

フォロワー増加数。

反応の多かったワード。


焼き鳥。

食べ方が信用できる。

愛媛行きたくなった。

もぐもぐ広報。

愛媛の元カノ。


最後の一つは、見なかったことにしたい。

でも、見なかったことにはできない。

報告書に書かないわけにもいかない。

いや、書きたくない。

でも、広報担当としては拾うべき反応である。


「……数字、すごい」


今まで、どれだけおしゃれな写真を上げても、真面目な観光情報を載せても、ほとんど動かなかった数字が、たった一晩で跳ねている。


一か月間、何を投稿しても伸びなかったのに。

私が焼き鳥を食べて、へらへらしている動画が。


「なんでよ……」


複雑な気持ちで、報告書をまとめる。

画面に並ぶ数字は、どれも現実だった。

何度見直しても、桁は減らない。

コメントも、リポストも、保存数も、これまでとは比べものにならない。


伝わった。

たぶん、初めてちゃんと届いた。

それが嬉しいのに、よりによって酔った焼き鳥動画なのが、本当に納得いかない。


亮平さんが迎えに来るのは、十一時。

今日は、次に行く少し遠い取材先の打ち合わせがある。

会ったらすぐに、あの動画のことを謝らないといけない。


それだけじゃない。

恋人のフリは、きっとなくなるだろう。


だって、あれは亮平さんの仕事に支障を出さないためのものだった。

なのに、これではむしろ、亮平さんまで変に注目されてしまう。

コメント欄には若旦那だの、撮り方が優しいだの、付き合っているだの、好き勝手な言葉が並んでいる。


それを見たら、亮平さんはどう思うだろう。


「ひょっとしたら、今後の取材先への同行もなしになっちゃうかなぁ……」


泣きそうになりながらぽつりと呟くと、いよぴよさんが枕元で首を傾げた。


「要らん心配なんよ」

「誰のせいだと思ってんの!羽根を毟るわよ!?」

「そう思っとるのは美咲ちゃんだけやのに」

「どういう意味よ」

「そのうちわかるんよ」

「わかるまでに、あなたの羽根が残ってるといいわね」

「怖いんよ」


この一か月、なんだかんだ楽しく色々な取材に行けていたのは、確実に亮平さんのおかげだった。


車を出してくれて。

地元の人しか知らないようなお店を教えてくれて。

取材先との間に入ってくれて。

私が変な方向に暴走しそうになると、静かに止めてくれて。


それに、私が撮ったものや書いた言葉を、ちゃんと見てくれた。

伸びない投稿にも、意味がないとは言わなかった。

どう伝えればいいか、一緒に考えてくれた。


そのお礼だけは、ちゃんと言わないと。


朝一で謝罪のメッセージは送ったけれど、この時間まで返事はない。

チェックアウトの対応で忙しいだけかもしれない。

旅館の朝は、この前見ただけでも慌ただしそうだった。


でも、もしかしたら。

怒っているから、返事すらしたくないのかもしれない。

そう考えた途端、胃のあたりがぎゅっと縮んだ。

昨日あれだけ焼き鳥を食べた胃袋が、今は何も受けつけそうにない。


重い気持ちのまま、私はノートパソコンを閉じた。


待ち合わせに向かうため、部屋を出る。

鍵をかける手元まで、妙に落ち着かなかった。

スマホは、まだ震えている。

通知欄の中で、また新しいコメントが増えた。


『愛媛の元カノ、今日も幸せに食べててほしい』


「……だから、『元カノ』じゃないってば」


小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。

けれど画面の向こうでは、私の知らない誰かが、私を勝手に『愛媛の元カノ』にしている。


広報としては成功。

本人としては、大事故。

その二つを抱えたまま、私はスマホを握りしめて階段を下りた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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