第十二話 何を投稿しても伸びないので、色気に頼ろうとしたら止められました
「どうしたらいいんでしょうか……」
一か月分のSNS投稿一覧を見ながら、私はテーブルに突っ伏した。
道後の朝。
旅館のロビー。
柑橘スイーツ。
松山の路面電車。
自分なりに頑張った。
写真も選んだ。
文章も考えた。
もともとのスキルを活かして、写真におしゃれな文字を入れて投稿してみたりもした。
でも、伸びない。
「インプレッションはどうだったんですか?」
「えっと……」
スマホの画面を開き、私は昨日までの投稿一覧を亮平さんに見せた。
おしゃれ投稿。
『道後の朝、湯けむりと光』
いいね 12
真面目投稿。
『松山市は四国版住みたい街ランキングで……』
いいね 9
柑橘投稿。
『愛媛の柑橘、品種の違いを比べてみました』
いいね 14
変化球。
『瀬戸内の生きもの、カブトガニに会いに行きました』
いいね 6
「おしゃれな写真を上げてもダメ。真面目なランキング紹介もダメ。柑橘で押してもダメ。カブトガニまで出したのにダメ……」
「カブトガニは少し変化球すぎだったのでは」
「やっぱり、食べるくらいしないとだったんですかね?」
「カブトガニは天然記念物けんねぇ」
亮平さんといよぴよさんの冷静な突っ込みが、春の気温を氷点下まで下げる。
「じゃあ、やっぱり私に足りないのは……色気?」
「違います」
「もう少し露出を増やして」
「ダメです」
「嘘ですよー。需要ないのわかってますから」
「需要はありますが、ダメです」
「またまた~。亮平さんでも冗談言うんですね」
顔を上げると、亮平さんは何事もなかったように湯呑みに口をつけていた。
まったく慌てていない。
むしろ、私の方が今さら自分の発言にじわじわ恥ずかしくなってくる。
この一か月、亮平さんには恋人役が始まってから今日まで、こうやって取材に付き合ってもらっている。
旅館のチェックアウトが済んだ十一時から、午後のチェックインが始まる前の十五時まで。
忙しい合間を縫って、地元のお店を紹介してくれて、移動まで手伝ってくれているのに。
何にも成果が出せずに申し訳なくなる。
申し訳なさが、みかんジェラートの冷たさより先に胸にくる。
手元には、明日投稿予定の写真がある。
淡いオレンジ色のみかんジェラート。
カップの縁に添えられた小さなミント。
木のスプーン。
店先の白い壁。
こんなに美味しいのに。
もっとたくさんの人に、この美味しさが伝えられたらいいのに。
「そろそろ、チェックインの時間になるので、戻りましょうか」
そう言いながら、今日も亮平さんが手を差し伸べてくれる。
これも毎回のことなのに、慣れる気がしない。
恋人のフリだから。
外で一緒にいる時は、自然に見えるように。
そう説明されているし、自分でもわかっている。
でも、差し出された手を見るたび、いつも指先が迷う。
触れていい理由があることに、まだ慣れない。
この一か月、私はこの人の恋人のフリをうまくやれているのだろうか。
始めたばかりの頃は、すれ違いざまに睨んでくる女の子もいたけれど、最近はなくなってきた。
心なしか、出会った頃に見た、亮平さんの思いつめたような顔も減った気がする。
SNSで成果が出せていない分、ここだけでも役に立てているならいい。
そう思わないと、取材用のジェラートを四つもシェアしてくれた亮平さんに顔向けできない。
「夜は地鶏炭火焼のお店ですよね」
「ぴょっ!?」
肩の上で、いよぴよさんの悲鳴が聞こえるのを無視する。
何を想像しているのかはわかるけれど、このお店ばかりは譲れない。
「地鶏もですけど、地酒にも力を入れているお店ですごい楽しみで……!」
「あぁ、駅の近くのですっけ」
「はい。なのでバスで行ってきます」
「付き合いますよ」
「でも、亮平さん車だとお酒飲めなくないです?」
「タクシーを使えば大丈夫です」
タクシーを使ってまで付き合ってくれるなんて、そんなに亮平さんは焼き鳥が好きなのかな。
もしくは、相当美味しいお店なのかもしれない。
地元の人がそこまでして行くなら、期待値はかなり高い。
「でも、お仕事の後ですよね?無理しないでください」
「無理はしていません」
「本当に?」
「夜に一人で行かせる方が、落ち着かんけん」
亮平さんはすぐに咳払いをして、いつもの落ち着いた顔に戻る。
「……いえ。取材先の確認も兼ねていますし」
「あぁ、なるほど」
落ち着かないのは、こっちの方だ。
今の言い方は、仕事なのか恋人のフリとしての気遣いなのか。
それとも、亮平さんが誰にでもする優しさなのか。
考えたところで、答えは出ない。
「では、予約の時間にお店で」
「はい。お仕事がんばってください」
「美咲さんも」
本当に優しい人。
車のドアは毎回開けてくれるし、運転も上手。
イケメンで長身で老舗旅館の若旦那。
地元愛が強くて、仕事に真面目で、変な投稿案にもちゃんと付き合ってくれる。
なんで恋人がいないのか不思議なくらい。
「!ひょっとして、酒癖を心配されているのかなぁ」
ぽつりと呟くと、肩の上でいよぴよさんが深いため息をついた。
「……美咲ちゃんは、東京の娘さんなのに、鈍感やねぇ」
「どういう意味よ」
「だから浮気されるけん」
「地鶏炭火焼き屋さんって、持ち込みできるっけ?」
「できんけんねぇ……」
いよぴよさんが、もちっとした身体を小さく震わせる。
たぶん、自分が持ち込まれる未来を想像したのだろう。
私はスマホの画面をもう一度見る。
明日投稿予定のみかんジェラート。
『いいね』がいくつ付くかもわからない。
伸びるかどうかも、まだ全然見えない。
でも、夜には地鶏炭火焼の取材がある。
亮平さんも来る。
地酒もある。
「……まあ、もう少し頑張るか」
小さく呟いて、私は投稿案のメモを開いた。
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