8話「ありふれた日が」
今日も今日とて忙しい!
朝から予約がびっちり詰まっている。
こういう日は起きてすぐに準備を始めなくてはならない。
「おはようございますー」
扉が開き、それを報せる鐘が鳴る。
入ってきたのは青年だった。
「あ! おはようございます! お世話になっています」
以前相談に来ていた茶髪の青年だ。
彼の相談内容は確か――誕生日を迎える奥さんへのサプライズをどうするか、だったような気が。
「妻へのサプライズ、成功しましたー」
彼はいきなり本題に入る。
にこにこだ。
その顔を見れば分かる、上手くいったのだと。
「そうですか! 良かった……!」
「この前貸していただいた虹が出る魔法のクラッカー、気に入ってもらえましたー」
「嫌がられませんでした?」
「はい、大丈夫でした。むしろ喜ばれましたー。ふふ、妻の笑顔を見ることができて嬉しかったですー」
青年が相談してきたのは、虹が出る魔法のクラッカーを買い取りたい、という件だった。
一応レンタルとしていたが絶対返してほしいというわけでもない。
特別こだわりがあるわけではないので、虹が出る魔法のクラッカーは彼と奥さんへの贈り物とすることにした。
「譲っていただけるなんてー……夢みたいです、ありがとうございますー」
「いえいえ」
「では、さようならー」
「さようなら! これからも永くお幸せに」
青年を見送る。
その背中は温かく柔らかな幸福の色に満ちていた。
いいなぁ、温かな家庭。
ふとそんなことを思ってから、どこか切なく己を笑う――私にはそんな機会ないわよ、と。
でも、幸せそうな人たちを見るのは好き。
なぜなら、幸せそうな人たちを眺めていたらこちらまで幸せな気分になれるから。
これからもたくさんな幸せを生み出していきたい。神ではない私にできることなど限られてはいるけれど、それでも、できる限り人々を幸せにしたいのだ。
そしてまた、入口の鐘が軽く鳴る。
「おはようございます……予約、していた……者、です」
「あ、はい! おはようございます!」
「ここで間違っていないでしょうか……?」
「はい!」
さて、次はどんな相談だろう。
数ヶ月後。
その日もありふれた日だった。
でも――。
「ルレツィアさん、ぼくと結婚してくれないかな?」
――アルフレートが発した言葉によって、その日はありふれた日ではなくなった。
「え、え……えええ……!?」
結婚?
分からない。
すぐには理解できなかった。
だってそうだろう? そんなつもりなんて一切なかったのだ。仲良くしていた? 一緒にいる時間が長かった? いや、それはそうだが。でも、恋愛みたいな関係性ではなかったのだ。あくまで友人同士のような感じで接していただけだった。
「実は、父から『そろそろ生涯を共にするパートナーを見つけろよ』と言われたんだ。こりゃまずいなと思ってね。っていうのも、ぼく、仲良しな女の人ってあまりいないんだよ」
「その役割を私に……?」
「うん! どうかな?」
「構わないけれど……でも、その、正直私で対応できるかどうか……。それに、好きな人と結ばれるべきではないの? だって、結婚相手って、一生を共にするかもしれないのよ? 後から悔やんでも手遅れになるわ、きちんと考えて決めないと」
するとアルフレートは笑い出す。
「真面目だね!」
人の姿のアルフレートは幼そうな容姿ではない。けれど、楽しそうな表情を浮かべている彼は、子どものように見える。変な意味ではなく良い意味で。笑っている彼には子どものような無邪気さがある。
「そんなに笑うこと?」
「ああごめん、変な意味じゃないよ」
「ならいいけど……もしかして私で遊んでる?」
問いを投げた瞬間、アルフレートは真剣な面持ちになる。
「そんなのじゃないよ」
真っ直ぐに見つめられる。
「実際、ぼくはきみのことが気になっているんだ」
無意識のうちに「え――」と声をこぼしてしまう。
「共に生きない? どうかな。……駄目かな?」




