4−2「瘴気」
お礼と言っても、こんな時間に中学生を受け入れてくれる店など殆ど無い。ふたりは近くのコンビニへ行き、そこで少女はカフェラテを、月鹿は緑茶を買った。月鹿は自分の分は自分で払うと言ったのだが、あまりにも少女が自分に奢らせてくれと言って聞かないので、仕方なくその厚意に甘えることにした。
「本当に緑茶で良かったんですか?これはお礼なので、遠慮なんてしなくていいんですよ?」
コンビニから出て、近くの公園のベンチに座った後、少女はレジ袋から緑茶を出して月鹿に渡しながら申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫です。私、緑茶…というか日本茶が全体的に好きなんです。丁度、どこかで水分補給をしたいなと思っていたところだったので、とても嬉しいです。ありがとうございます」
「そう、ですか…」
月鹿は微笑みながらお礼を言うが、お茶を奢った程度ではお礼にならないとでも思っているのか、少女は複雑そうな顔をしている。
初めて会った時から気づいてはいたが、少女の見た目は明るい茶色の髪に青い瞳、日本人にしてはほんの少しだけ高めの鼻。恐らく純粋な日本人という訳ではないのであろう。まるで西洋人形のようなその少女は月鹿の返事に顔を曇らせて、下を向く。
「それで、話したい事って何ですか?」
「ぅえ?あ、えっと…」
月鹿が少女の顔を覗き込むように顔を近づけると、少女は何故か顔を赤くしながら目を逸らす。
「どうかしました?」
「え、あ、えっと、いや、どうかした訳では無くて…」
そうは言うが、どう見ても様子がおかしい。まあ殆ど初対面で、お互いの素性すらも分かっていないのだ。そう簡単に心を許すことはできないか、と月鹿は1度食い下がって、少女の方から何か言ってくれるまで待ってみることにした。
「えっと…話したい事というか、貴方に聞きたい事がありまして…」
「聞きたい事?」
「はい。貴方は瘴気が濃くても平気そうだったので…その、良かったら、コツというか…。ノロイの瘴気に当てられてもまともな自我を保つ方法を教えて欲しい下さい!お願いします!」
脇腹まで伸びたさらさらの茶色の髪が地面についても気にせず、少女は深く頭を下げる。恩人にこんな事を聞くなんて、それがいかに図々しいことであるかということは重々承知している。
目の前に居る灰色の髪の少女は、恐らくソロで活動している退魔師だ。ソロで活動している人の理由の大半が、報酬をより多く欲しいからだということは知っている。こんな見ず知らずの、しかも正気を失って襲いかかってきたような頭のおかしい怪しい奴に、下手したら自分の取り分が減るかもしれないようなそんな大事な情報は教えたくないに決まっている。ただ断られるだけならまだマシで、下手すると邪魔者と判断されて消されるかもしれない。そうなったらきっと、抵抗しても無駄だ。素直に殺されるしかない。そこまで覚悟した上で、ダメ元で少女は頭を下げた。しかし…
「…ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔で、月鹿は少女の頼みを断る。
「まあ、そう、ですよね…無理なことを聞いてすみません。今日は本当にありがとうございました。…また、どこかで会えた時には、仲良くして貰えると嬉しいです。では」
「教えたくないんじゃなくて…教えられないんです。私自身、よく分かっていないので…」
月鹿に断られたからか、お礼を言ってそそくさと帰ろうとする少女に向かって月鹿がそう言うと、少女は足を止めて振り向いた。
「…分かっていない?」
「はい。ノロイの周りに漂っている異様な空気…あれが瘴気だということは何となく分かります。でも…だからといって、それのせいで変な気持ちになったことは無くて…」
怪訝そうな顔で聞き返してきた少女に向かって月鹿がそう言うと、目の前の少女は再び戻ってきて、月鹿の横に座り直した。
「瘴気に触れて何も無いなんて…そんな事って……あ。」
少女は何かを思い出したように小さく呟き、でも…いや…とブツブツと何かを呟いている。
「変、ですかね…やっぱり」
「あ、いや…聞いた事はあります。ごく稀に、瘴気の影響を受けない人がいるとか、なんとか…」
「影響を、受けない…」
月鹿の言葉に少女は頷く。
「はい。その理由はいくつかあるみたいで、ノロイの影響を受けないほどの物凄い量の魔力を持ってる人やとてつもない精神力を持っている人、共感性に欠けていたりあるいは感情の起伏が乏しくノロイによる精神への負担を感じづらい人、あるいは…」
「…あるいは、"元から壊れている人"」
月鹿の表情がほんの少しだけ変化した事には気付かず、少女は話を続ける。
「などとまあ、今言ったような条件に当てはまる人達は、瘴気を大量に浴びても特に心の変化や瘴気によっておかしくなる事が少ないらしいです」
「と言っても、どれかひとつに当てはまっているから大半のノロイにはなんともないと言う人でも、あまりにもノロイの魔力が強すぎると精神にダメージを負う事があったり、異変系相手には精神力だけでは抑えられ無かったりするので、精神系は大丈夫でも異変系はダメ、逆に異変系は大丈夫だけど精神系はちょっと…と言うように条件への当てはまり方には個人差があるみたいですけどね」
「…なるほど」
「あなたの場合がどれに当てはまるのかまでは分かりませんが、今言った中に心あたりのあるものはありましたか?今日のアイツ、結構強そうなノロイだったのに割とあっさりと倒していらしたように見えたので、魔力が多いとかですかね?だとすると凄い魔力の持ち主ってことですよね?憧れます!」
話しながら、少女は目をキラキラと輝かせている。月鹿は聖典に書いてあった魔力量を思い出す。あそこに書いてあったのが確かならば、月鹿の魔力量は…。
「そう、なのですかね…?」
月鹿は自信なさげにそう呟く。
「そうですよ!魔力量はS?あ、もしかして、1万年にひとりとか言われている、あのSSだったり?」
「……………」
「あれ?本当にそう?」
「……いや、その…」
「大丈夫ですよ。こう見えてもあたし、口は堅い方なので!」
そう言って少女は胸をはる。
「………言いづらいなら無理して言う必要は無いんですよ。気を遣いすぎないでください。あ、ちなみにあたしの魔力量はSです!……本当に、魔力だけはある筈なんですけどね…」
そう言いながら少女は落ち込んだ様子で肩を落とす。
「…………………B」
「え?今、なんて言いました?」
ボソッっと呟いた月鹿に、聞き間違えたかなと少女は聞き返す。
「B、です」
数秒間の沈黙の後、少女は口を開いた。
「なるほど。ということはやっぱり精神力…。あたしも気をしっかり持たないといけないってことですね」
「…すみません」
「なんであなたが謝るんですか!精神力だけで瘴気に打ち勝っているだなんて、とてもすごいことじゃないですか!そもそも失礼なことを聞いているのはあたしの方ですし!」
あたしも見習わないとですね!とエマはやる気に満ちた顔をして胸の前で拳を握る。
「あ、そうだ!"トーク"やってます?」
月鹿が申し訳なさそうにしていると、少女は話を切り替えてスマホを取り出した。
「一応…」
「なら、友達になりませんか?そうすれば、何かあった時に情報交換とかしやすいですし」
「そうですね」
「やったあ!あ、QRコードこれです」
「ありがとうございます」
月鹿は少女のQRコードを読み取り、友達追加のボタンを押す。
「ありがとうございます!えーと、星守…」
「月鹿です…エマさん?」
「月鹿さん!いい名前ですね。そう、あたしの名前はエマ=ロビンソンです。名前からも分かるとは思いますが、ハーフなんです。母がイギリス人で父が日本人の。見た目はこんなですけど生まれも育ちも日本なので、あたし自身は自分のことを日本人と思って過ごしているし、月鹿さんもあんまり気にしないで貰えるとありがたいです。…て、すみません、急にこんな事。言っても困るだけですよね…。とりあえず、これからよろしくお願いします!同じ退魔師同士、仲良くしてくださると嬉しいです!見た感じ年も近そうですし!」
「よろしくお願いします…13歳なんですか?」
エマの名前の下のプロフィール欄には13と書かれている。
「あ、はい。中学校2年生の、13歳です。あなたは?」
「私もです。中学2年生」
月鹿がそう言うと、エマは目を輝かせて、驚いたような顔をする。
「え、同い年!?」
「みたいですね」
月鹿は頷く。それを見たエマは、とても嬉しそうにしている。
「まさか同い年だったなんて!」
「びっくりですね」
「ねえ、貴方が嫌じゃ無かったらだけど、敬語外しませんか?その方がお互い楽だと思って」
「そうだね。よろしく」
エマの提案に月鹿が賛成すると、エマは嬉しそうに微笑む。
「よろしくね!月鹿!」
「うん、よろしく。エマ」
そう言って、ふたりの少女は握手をする。エマの手は強く、しかし優しく月鹿の手を握っていた。




