4−1「瘴気」
退魔師は、邪悪なノロイから人々を守る正義の味方だ。たとえノロイに襲われた人がどんなに酷い人であっても、それは変わらない。本物の正義の味方は、助ける相手を選んだりなどしないのだ。正義のためにノロイを殺す。そのために退魔師は、あたしは今、ここにいる。それだけがあたしの、生きる意味だから。
『ノロイはもう消えました。これはあなたが戦っていたノロイの核です。私の分はいらないので持って行って下さい。では』
ノロイが…消えた…。でも、あたしはまだ…そんな…それじゃあ、あたしは……………………………………………………
今夜もまた、月鹿は下北区にいた。3日前に出会ったあの少女が気になったからという訳ではない。勿論、気になるかならないかでいうならばなっている。だが、もし彼女に会うために下北区に向かうのならば、昨日か一昨日の内にとっくに行っている。では何故、月鹿は今この場所にいるのか。その理由は、少女とは全く関係のないものだった。
『ユカイ!コッケイ!タノシイアワレ!キャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』
キィンッ、カキンッ
月鹿が飛ばす鎖の全てが、ノロイを囲むように浮いている風船に弾かれる。風船もだが、目の前のノロイは、ピエロのようなふざけた格好からは想像もつかないほどに、頭から足先まで身に纏うもの全てがダイアモンド並、いやそれ以上の硬さで、いくら攻撃しても傷ひとつつかない。その上このノロイ、やけに動きが速く、硬いはずなのに無駄に柔軟性が高い。
何を言っているのか分からないと思うから、月鹿が実際に試した例を挙げよう。例えば、硬すぎて攻撃が通らないから鎖で縛り上げようとする。すると奴はスライムのようにぬるっと抜け出してくる。だから鎖を球体の形にして包み込もうとした。しかしどんなに隙間なく閉じ込めたと思っても、鎖を何重にも重ねて巻いているだけの為どうしても隙間ができてしまうのか、溶けるように形を変えてあっさり抜け出してくるのだ。当初の月鹿の予定では、今日はあまり遠くに行くつもりも無かったのだが、このノロイを追いかけるうちにいつの間にか乃木区を離れて下北区まで来てしまっていた。最も、月鹿自身はノロイを捕らえる事に集中しすぎるがあまり、まだその事には気づいていないが。
普段の月鹿なら、ここまで一体のノロイに執着する事はない。そもそもの問題、戦っていたノロイに逃げられた事自体がまず無いのだが、仮にこのノロイと出会った時に、その場でただ普通に逃げられただけであったのならば、すぐに切り替えて他のノロイを倒しに向かったのだろう。ならばなぜ、月鹿はこんなにもこのノロイに固執して追いかけ続けるのか。それにはれっきとした理由があった。
『バカアホマヌケ!カワイソウゥ!?』
「…つかまえた」
グニャリ
月鹿はノロイを抱き抱え、自分ごと鎖でぐるぐるに巻き上げる。そして手に持ったナイフを、魔石があると思しき場所ーーノロイの胸に、力いっぱい押し当てる。
『ウソツキアキタツマラナイアホラシ』
「浄化」
パリン。
白い光が溢れ、石が砕け散る音とともに、ピエロ姿のノロイは姿を消していった。その場に残るのは疲れきった様子の月鹿と、ベトベトになった聖典だけ。
「…はぁ」
月鹿があのノロイを追いかけ続けた理由、それはノロイに奪われた聖典を取り戻すためであった。何故そんなことになったのかというと、遡ること30分程前のこと。月鹿はいつも通りノロイを倒し、魔石を聖典に吸収させようとしていた。手に持った魔石を聖典に触れさせようとしたその瞬間、どこからともなく現れたこのノロイがさっと月鹿の手にあった聖典を奪って逃げていったのだ。ノロイを倒して取り返そうと攻撃するも、あのノロイは無駄に防御力が高く、鎖を思いっきりぶつけるだけでは一向にダメージが入る様子がなかった。その上とんでもないスピードで逃げていくため、追いつけないことはないがそう簡単に倒すこともできず、月鹿にしては珍しく手こずっていたというわけだった。
少しだけ休憩しようとスマホを出して時間を見ると、ちょうど午前3時に差し掛かろうとしているところだった。聖典を盗まれる前、最後に時計を見たのが午前2時半頃だったので、約30分もの間、月鹿は車よりも速い速度で逃げる敵を見失わずに追いかけ続けたことになる。月鹿は昔から運動神経がそれなりにいい方ではあったが、流石に人間離れした運動能力を持っているわけではなかった。恐らくよくある魔法少女ものみたいに、退魔師に変身する時に運動神経がぐんと良くなっているのであろう。そういえば変身すると身体が軽くなった気がするな、と月鹿は今更ながらぼんやりと考えていた。
「ねぇ君、今暇?良かったら俺らと一緒に遊ばない?」
下北区から少し歩くと大都区にでる。ここまでくると辺りにはビルが立ち並び、乃木区と同じ市内とは思えない景色が広がっている。度重なる殺人事件のせいでひと気は少ない。都市部だというのに、時々誰かとすれ違う程度だ。
「俺らに付いてきてくれたら、楽しいこといっぱいできるよ?」
「てかお姉さん、超美形だねー!俺、お姉さんみたいな綺麗可愛い子、超タイプなんだよねー。だからさ、仲良くできたら嬉しいなーって…お姉さーん。おーい、聞こえてるよねー?」
「無視されると俺らさ、傷ついちゃうんだけどー」
「…よく見ると君、結構若いよね。いくつ?こんな時間に出歩いているくらいだし、流石に中学生とかではないよね?」
「それだったら声かけた俺ら犯罪になっちゃうじゃんw」
「いや流石にないっしょw」
月鹿の横で20代前半くらいの3人組の男がなにやら騒いでいるが、月鹿は無視して歩き続ける。
「…ちょっと?君、聞いてる?」
「そろそろなんか言って欲しいんだけど」
「お姉さん?」
男達は月鹿を囲むように立つ。月鹿が無理矢理横を通り過ぎようとすると、正面に立った男が月鹿の肩を掴もうとしてきた。その手を月鹿はするっと避け、早足でこの場を去ろうとした。男達は顔を見合わせたあと、今度はそれぞれで月鹿を抑えにかかった。
「やめてください」
腕を掴まれた月鹿は迷惑そうにそう言う。
「君さ、態度がなってないよね?やっぱ中学生っしょ。それが年上に対する態度なわけ?」
「迷惑です」
「ねえ君、親は?見た感じ、勝手に家抜け出して夜遊びしてたってことだよね?今ここで警察呼んだらさ、どうなると思う?君は不良で、俺らは夜遊びを止めた善良な一般市民。…分かるよね?」
男のひとりが手に持ったスマホを振りながら月鹿に話しかける。
「いい加減に…………………」
「…ん?何だ?」
突然1点を見つめたまま黙った月鹿の顔を、男達は不思議そうに覗き込もうとして…
ポンッ
「ぐぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
直後、泡が弾けるような音と同時に、刃物のように鋭い無数の氷が月鹿達4人を目掛けて飛んできた。月鹿は咄嗟に変身して男達を守るように鎖を出して防御するも、ギリギリ間に合わなかったらしく、破片が男達のひとりの肩に突き刺さった。汚い断末魔が辺りに響く。約100m先には白いもやのようなものが立っており、周りには先程飛んできたものと似たような形の氷がいくつも浮いている。
「お、おい、なんだよ、なんなんだよこれはよぉ!?」
「夢か?夢だよな!?こんなの、夢に決まってる!!!」
男達はパニックになって騒いでいる。月鹿が伸ばした鎖は届きはするものの、距離があるためか大した手応えはない。その上鎖はノロイに当たる一歩手前で凍らされているらしく、ノロイに当たる頃には更に威力が落ちて全くダメージを与えられていない。
「ヒィッ。い、嫌だ、死にたくない。死にたくないぃぃぃ」
月鹿が降り続ける氷を弾きながら打開策を探っていると、怪我をしてない男うちのひとりが叫びながら後ろに逃げていった。男の頭上に現れた氷が落ちる。月鹿は鎖を飛ばすが、間に合わない。そのまま男を貫くかと思いきや、ギリギリのところで白い魔法が弾丸のように飛んできて、氷を砕いた。
「あ、ああ、あああ………」
男は泡を吹いて意識を失っている。
「なんだよ、本当に、何なんだよ…」
3人の中で唯一無事な男は、腰が抜けたのか座り込んだまま呟いている。
「…ないと」
男を守った魔法が放たれたであろう方へ月鹿が振り向くと、昨日の少女が生気の抜けたような顔で立っていた。
「倒さないと…悪い…みんな…正義…」
少女はもごもごと何かを呟いている。
「あの」
月鹿が少女に向かって話しかけるが、反応はない。月鹿は力いっぱい鎖を出して、男達を包み込んだ。
「うわっ何これ!?」
「やめてくれー!俺は美味しくなんかねーよー!!!!!」
「出してくれーー!!!」
鎖の中で叫ぶ男達を無視して、月鹿は本体と思しきノロイの元に駆けていく。そして、温存していた魔力を思いっきり込めた鎖をモヤの中に飛ばし入れた。魔石に触れた手応えがあり、月鹿は鎖を思いっきり引っ張った。ブチッという音がして、ノロイは消えていく。ノロイに近づきすぎたのか、肌が痛い。紅色の魔石も周囲が白くなるほどの冷気を放っており、素手で触れてはいけないということが見ただけで分かる。月鹿は鎖で器用に核を持ち上げた。
「浄化」
浄化したことによりノロイの体は光に包まれて消えたが、魔石から漏れ出る冷気は未だ健在であるようだ。近くにいるだけで肌がピリピリと痛む。
「ひ…」
「く、くるな!」
「うわああああああああああああああ」
月鹿は振り向いて男たちを囲んでいた鎖を消し、彼らと少女のいる所へ歩いていく。すると男達は悲鳴をあげながら走り去っていった。
「…もっと…沢山…」
少女は立ったまま、動かずにボソボソと何かを呟いている。
「あの」
相変わらず少女は答えない。
「ねえ」
「大丈夫ですか?…!?」
月鹿が少女の顔を覗こうとした瞬間、何かが月鹿目掛けて飛んできた。
「………………。」
右頬が熱い。月鹿は気づいた瞬間に後ろに下がって避けられたからよかったものの、気付くのがあと少し遅かったら、確実に頭を撃ち抜かれていただろう。
「ノロイ…倒さないと…あたしが…!」
ダンダンダンダンダンダン!!!
「やめて下さい!私はノロイじゃないです!あなたと同じ退魔使です!!!」
月鹿の訴えも虚しく、全方向から降り注ぐ弾幕は休まる気配がない。
「ッ…!」
彼女の攻撃は数こそ多いがひとつひとつの弾の威力はそこまででもなく、いなすだけならそこまで難しくもなかった。問題はこれからだ。このまま、彼女の魔力が無くなるまで待つという消耗戦を続けるのもひとつの策であるが、相手がどれ程の魔力の持ち主なのかによっては、膨大な時間を弄することになるかもしれない。先に月鹿の体力が切れるなんてことがあればお終いだ。相手がノロイならばこの程度の攻撃、無理矢理駆け抜けて行って思いっきり攻撃すれば何とかなる。…今までの経験から、月鹿なら力づくでも何とかできてしまうであろうことは容易に想像がつく。しかし今回は違う。相手は人間だ。力づくで行って致命傷を与えてしまうなんてことになれば最悪だ。それだけは絶対に避けなければならない。だけど…。
やるしかない。月鹿は鎖で弾幕を防ぐ幕を作り短剣を捨て、少女の元へ走った。その間僅か3秒、少女の前に来た月鹿はそのまま少女を押し倒し、腕を後ろに回しうつ伏せの状態で地面に押さえつけた。
「聞こえますか!」
「…ないと、頑張って…」
押し倒されたからなのか、魔力が切れたのかは分からないが、月鹿が押さえつけると、それまでの事が嘘のように攻撃が止んだ。戦うことは止めたとはいえ、彼女は未だに虚ろな目をしてぶつぶつと何かを唱え続けている。
「あの!もしもし!?」
何度も大きい声で話しかけ、返事がないので服を引っ張ったり、頬を軽く叩いてみたりつねってみたりするも、特に反応はない。しかし、ここで諦めては3日前と何も変わらない。月鹿は軽く息をはき、暴れ続けようとする少女を鎖で縛り上げてそのまま路地裏へ引っ張って行った。辺りを見回して人が居ないのを確認するや否や少女を鎖で縛り、彼女の足が上になるように吊るし上げた。そして…
ぴと
「〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?」
月鹿は一本の鎖を操って、その先の部分を少女の肩に触れさせる。先程の交戦の間ずっと、氷以上に冷たい魔石を運ぶ為に使われていた鎖の先が少女の肩に触れた瞬間、月鹿は叫ぼうとする少女の口に鎖を挟みこんだ。少女はうめき声を上げながら、じたばたと体を動かしている。そして、月鹿は少女に向かってもう一度話しかけてみた。
「目、覚めた?」
暴れ続ける少女は答えない。月鹿は他の鎖の上に置いていた魔石を少女の目の前に持ってきて、もう一度聞く。
「目は覚めた?」
魔石を見た少女は、動きを止めて月鹿を数秒間見つめた後、涙目になりながらも魔石に当たらないように必死に首を小さく縦に振る。
「それなら良かったです」
月鹿は軽く微笑んで、核を離して少女の拘束を解く。少女は焦ったように月鹿から少し離れた。青ざめた顔で月鹿を見る少女には近寄らず、月鹿は昨日から少し気になっていたことを尋ねた。
「あの、だいぶ追い込まれていたみたいでしたけど、どうしたんですか?」
「…………………」
少女は目を逸らして答えない。会ったばかりの月鹿に話していいものか悩んでいるのだろうか。
「話したくないなら別にいいですけど。3日前から少し気になってたってだけなので。無理矢理聞き出そうとしてごめんなさい。さようなら」
少女を下ろし、月鹿は来た道を戻る。
「あ…………あの!」
月鹿をボーッと見ていた少女は、焦って月鹿のことを呼び止める。
「…何ですか?」
月鹿は振り返って少女を見る。次に話すことを考えていなかったのか、少女は「えっと…」と少しの間気まづそうに考えた後、話し始めた。
「まずは…その、気づかせてくれてありがとうございます。さっきまでのあたし、どうかしてたみたいで…。色々と迷惑をおかけしてすみません…差し出がましいのは重々承知しているんですが、今って時間ありますか?少しだけ話したいなって…お礼もしたいですし…」
「………」
「あ、いやー!その、迷惑なら断ってもらっても、全然…」
「分かりました」
「まあそうですよねー…突然こんなこと言われても無理ですよね、忘れてください。本当に気にしないで……て、え?」
月鹿が了承するとは想像もしていなかったのか、少女はだいぶ遅れて反応する。
「?」
月鹿は首を傾げる。
「…いいん、ですか?」
「はい」
「…本当に?」
「本当に」
今回から更新ペースが変わりました!これからは週2回、毎週木曜日と日曜日の夕方5時20分に投稿していきます!まだまだ話数は少ないですが、これからも頑張っていきますので、温かい目で見守っていてくださるととても嬉しいです。
2026/4/5
魔石の表記揺れを訂正しました。




