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crescent  作者: Luna
第1章
6/19

3-1「日常」

「…ふぁ。」


 午前の授業が終わり、昼休みに入った。月鹿(るか)は欠伸をしながら体を軽く伸ばす。退魔師になったあの日から数日が経ち、月鹿はすっかり深夜に外に出ることが習慣になってしまっていた。つばめの園の仕事や学校の用意などに当てる時間は削ることができないため、一日の睡眠時間は1時間取れれば良い方という生活になっていたが、今までも夜更かしをすることはよくあったので、全体の睡眠時間自体は今までと対して変わらない筈であった。当たり前と言えばそうなのだが、部屋の中でじっと絵を描くのと、外でノロイを倒すために動き回るのとでは体力の消耗が桁違いらしい。今のところは、なんとか授業中に寝ないですんでいるが、正直言って授業の内容はあまり頭に入ってきていない。

 

「瑞稀はまあいいとしてさ、なんでか最近、月鹿までずっと眠そうにしてるよな?どした、何かあった?」


「まあいい?」


 月鹿達4人はいつものように瑞稀の席の周辺の椅子を借り、昼食をとっていた。食べながら、ゆかりはふと思い出したように月鹿にそう尋ねる。ゆかりの言葉に瑞稀が反応するが、ゆかりは気にせず月鹿の方を見ている。


「あはは…実は最近中々眠れなくって…」


「えぇ?なにそれ。まさか月鹿まで、"連続殺人が怖くて眠れなぁい"とか言わないよね?」

「ねぇもしかしてそれってわたしの真似のつもり?馬鹿にしてる???」


 両手を顔の横で丸め、誇張して瑞希の真似をして見せる奈子を、瑞稀は不機嫌そうな顔で睨みつける。


「してないしてない、怖いよね〜そうだよね〜」

「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!!」

「あはは…」


 むー!と瑞稀は頬を膨らませて怒るが、瑞稀の可愛らしい顔と声でそんなことをしたところで、怖くもなければ迫力なんて微塵もない。ふたりの応酬を、月鹿は微笑ましく眺めながらも苦い笑みを浮かべている。


「それで、何があったんだ?うちらにできる事なんて限られてるとは思うけどさ、相談してくれたらできる限り全力で力を貸すよ?」


 心配そうな顔でゆかりは月鹿を見ている。


「ありがとう、ゆかり。でも、悩みとかは本当になくて…」

「何も無いわけがないでしょ。知り合ってまだ1ヶ月と少ししか経ってない私でさえも、ここ数日くらいのあんたの様子がおかしいことくらい。言いたくないことなら無理には聞かないけど、少しくらいなら力になれるかもしれないわよ」

「そうそう。みんな心配してるんだよ」


 奈子と瑞希も言い合いを止めて月鹿を見る。


「うーん、そう言われてもなあ……本当に特に無いんだけど…。最近ちょっと夜更かし気味ってだけ。本当にそれだけだよ」


 月鹿はお手上げ、とばかりに手を軽く上げる。


「…本当に?」


 奈子は訝しんだ目で月鹿を見ている。


「あはは…本当だよ。夜になると目が覚めちゃって…学校もあるから、早く寝なくちゃいけないのはわかってるんだけどね…つい」


「ついって…まあそういう事なら良いけどさ…、いやあんま良くないか。そうだとしても、睡眠時間はちゃんととらないと。うちらは今、成長期の真っ只中にいるんだから。」


 ゆかりの言葉に、月鹿ははいと返事をする。


「…ママだ」

「おい」


 ゆかりは顔をしかめてぼそっと呟いた瑞希を見る。


「何で睨むのーゆかりママ怖ぁーい」

「ママじゃないから」

「ママ酷ぉーい、産んだ子供に対してそんな事言うなんて!」

「いや産んでないから!」

「産んでないだってぇ!?みんな聞いた?わたし、ゆかりママがこんなに酷い人だと思わなかったー!」


 瑞希は棒読みでそう言いながら、満面の笑みで腕を胸の前で交差させてぷるぷると震えている。


「なにそれ、ねぇちょっと、奈子もなんか言ってやってよ!」


 奈子はゆかりと瑞稀を交互に見つめねがら数秒間沈黙したと思うと、口を開く。



「ゆかりママ怖ぁーい」


「お前もかよ!!!」


 ゆかりは思いもよらなかった裏切りに、キレの良いツッコミを返す。2人の娘(?)に囲まれて、こんな娘とか絶対嫌だ…と呟いているが、楽しそうな表情をしている。


「…ぷっ」

「「「「あはははは!」」」」


 漫才のような3人のやり取りを見ていた月鹿が吹き出すと、3人もこらえきれずに笑いだした。


 4人の笑い声が騒がしい教室の中に溶けていく。賑やかで楽しげな昼休みは、もうすぐ終わる。

 


 

 夜につばめの園を抜け出した後、いつもの月鹿なら真っ先に商店街へと向かうのだが、珍しく今日はつばめの園からバスで5分くらいの隣町、下北区にいた。乃木区と同じ水無子市内ではあるものの、市内とは思えないほどに廃れきっている乃木区とは違い、この辺りの建物は、綺麗で大きなものが大半を占めている。 今日の月鹿が何故、乃木区を離れて他の街に向かったのかというと、たまには違う場所に行ってみるのも良いかと思ったからという事もあるが、乃木区以外の地域にはどのようなノロイがいるのか知りたかったからである。この町に来てから既に何体かのノロイと戦っているが、全体的な雰囲気は乃木区とあまり変わらない。



 歩き回ってノロイを見つけると、他の退魔師が居ないことが確認でき次第倒す。そんなことを続けて約2時間が経った頃。月鹿は一体のノロイと、それと戦うひとりの退魔師を見つけた。月鹿が他の退魔師と遭遇した時は、無駄なトラブルが起きないようにそっとその場を離れていた。月鹿ぎ今まで同様にそっとその場を離れようと踵を返しかけたその時、視界の隅に映った退魔師の様子がどこかおかしい事に気がついた。

 


「アハハハハハハハハハハハハハハハ」


 少女は狂ったように笑いながら、ノロイに向かって魔法を放つ。


「ハハハハハハハぅ、グッ、ゥ、フフ、アッハハハハハハハハハハ」


 攻撃されて、吹き飛ばされて、大量の血を吐き出してもなお、少女は魔法を放つ手を緩めずに笑い続ける。明らかに異様なその光景を目にし、月鹿は思わず足を止めた。


 月鹿が見ている事にも気付かず、狂ったように少女は魔法を撃ち続ける。明るい茶色の髪はボサボサに乱れており、長かったのであろうスカートは破け、剥き出しになった白い太ももからは紅い血が流れている。月鹿と同じくらいの年齢に見えるその少女は、誰がどう見てももう限界だった。なのに少女は笑い続ける。逃げようともせずに、形の変わらない白い魔法を、同じ場所に、止まることなく、ただ撃ち続ける。


 少女が戦っているノロイは、植物から生まれたものなのだろうか。大量のツタや枝やらが物凄い速度で少女に襲いかかっている。少女に襲いかかる大半の攻撃は、彼女の体に当たる直前に、飛んできた白く光る球のようなものによって切り落とされている。見たところ、少女の攻撃である程度はノロイにダメージを与えられてはいるみたいだが、倒せるほどの威力ではないらしい。戦いは誰がどう見ても少女の方が劣勢だった。無数の鋭いツタが少女の背後で伸びる。少女は目の前の敵に夢中で気づく様子もない。伸びたツタはそのまま少女を串刺しに…

 

 キィンッ

 

 しなかった。間一髪のところで月鹿の出した鎖がツタを弾き、ツタを絡め取って引きちぎる。月鹿はそのまま本体と思われる少女の前にいるノロイの元に走り、その間に出した鎖でノロイの表面を抉る。姿を表した緋い石の周りを、石を壊さないように気をつけながら、素早く短剣で突き刺す。


「浄化」


 月鹿がそう唱えると、白い光が溢れてノロイを包み込む。光が消えるとそこにノロイは姿はなく、朱殷色の宝石が転がっていた。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハ」


 少女は、ノロイが消えた事にも気づかず、同じ場所に、何も無い地面に魔法を打ち続けている。


「…あの」

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 放たれた魔法は地面に当たり、段々と穴を大きくしていく。


「あの!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 ダンダンダンダンッ


「!?」


 少女は月鹿の方を振り返ったかと思うと、狂った様に笑う声はそのまま、先程までノロイに撃ちこんでいた魔法をあろうことか月鹿に向けて撃ち始めた。


「私はノロイじゃないです!よく見てください!貴方と同じ退魔師です!」


 絶え間なく迫る攻撃を避けながら月鹿は大きな声でそう訴えかけるが、彼女の攻撃は止む気配がない。


「…すみません」


 こうしていても埒が明かないので、月鹿は一言そう謝ってから鎖を使って暴れる少女を拘束した。月鹿は動けなくなってもなお笑い続ける少女の傍に行き、手のひらを振って彼女の頬を叩いた。バチンと大きな音が辺りに響く。


「…は?」


 少女は笑うことを止め、魂が抜けたような表情になった。 


「…大丈夫ですか?」


「………」


 月鹿が聞いても少女は答えない。沈黙が流れる。


「…ないと」

「え?」


「倒さ…ないと。悪を…倒して…あたしは…正義の…」


「………ぁ。えと、あの?」


 少女は何やらブツブツと呟きながら動き出そうとするが、鎖に縛られているのでモゾモゾと体を動かすことしかできていない。

 頬を叩いた時に彼女の変身が解け、水色のセーラー服が姿を現した。この服は確か、この地区の公立中学校の制服だったはずだ。普段乃木区からあまり出ずに生活している月鹿だが、稀につばめの園のみんなで街まで買い物に行ったりする事がある。月鹿によく懐いてくれている子達の中のひとりに、街で制服を見かける度、その制服がどこの学校のものなのか尋ねてくる子がいる。すぐに忘れてしまうのか、前に聞いた事がある制服まで毎回尋ねてくるのだ。先生の返答を何回も聞いているうちに、横にいる月鹿の方が、どれがどこのものなのか、ある程度分かるようになってきてしまった。だから月鹿は、街でよく見かける制服の大半がどこのものなのか、1目で見抜く事ができるという、正直言って全く役にたたない特技を身につけていた。



 月鹿は手に持ったノロイの魔石を見る。魔石は朱殷色ー人間の血液に似た色をしている。真歩と共に倒したノロイから出た魔石は、これよりももう少し明るく、紅色と呼べる様な色をしていたので、今回のノロイは精神系と呼ばれるものだったのであろう。少女の様子がおかしいのは取り憑かれていた影響だとは思うが、月鹿にはどうすれば元に戻ってくれるのかは分からない。


「こんばんは!!!」

「…ぇ?」


 月鹿は少女に顔を近づけて近所迷惑にならない程度に大きな声で挨拶をする。ようやく月鹿の存在に気がついた少女は、顔を上げ、ぼんやりと月鹿の立つ方を見る。


「大丈夫ですか?」


「あなたは…」


「ノロイはもう消えました。これはあなたが戦っていたノロイの核です。私の分はいらないので持って行って下さい。では」


「…え、消えた…?そんな、あたしは…ぁぁ…」


 少女の前に核を置いて、月鹿は去っていく。少女はその場に座りこんだまま、ずっと頭を抱えていた。

 


 

 月鹿が魔石を譲った理由はいくつかある。1つ目は、あのノロイは元々少女が戦っていたもので、あのまま魔石を持って帰るとそれを月鹿が横取りしたような構図になるためだ。流石にそれは気が引ける。

 2つ目は、そもそも月鹿はそこまで魔石を必要としていないからだ。いつの間にか退魔師になってたはいいものの、月鹿は魔法にはあまり興味がない。街を歩いているとそれなりに高い頻度でノロイと遭遇するので、前まではその度に魔石を壊さないよう慎重に戦っていたが、聖典の宝石の色が赤から桃色に変わった時点でそれも面倒臭くなり、倒す時に浄化はするが魔石の安否は気にせず、適当に倒すようになっていた。

 特別魔石を壊そうとするわけでもないが、守ろうとしているわけでもないので、拾えたらラッキー、という程度である。今現在の宝石の色は黄色。佐藤真歩の話が正しければ、約1か月後には魔法を2個貰えるということになる。これ以上は貰ったところで持て余すだけだと月鹿は確信していた。

 3つ目の理由は、正義のために戦う少女の姿が眩しく見えたからだ。彼女の言葉はノロイに取り憑かれ、精神状態がおかしくなった故の妄言だったのかもしれないが、それでも月鹿の目には眩しく映った。理由は分からない。交渉なんてする余裕もない程に、1秒でも早くあの場を離れたいという気持ちが強かった。あの少女を見ているとただ眩しくて、苦しかった。

2026/4/6

細かい表現を修正しました。

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