13-2「成功」
ふたりが揃って首を傾げていると、不意にエントランスへと続く扉が開いた。
「やっと帰ってきた」
姿を現した月鹿に、エマはじとりとした視線を向ける。
「ごめんね。待っててくれたの?」
月鹿は申し訳なさそうに笑いながら、小走りでふたりの元へとやって来た。
「別に、あんたを待ってて特訓再開してなかったわけじゃないけど…何してたの?」
「あはは…ちょっとお腹が痛くって…」
「ごめんね」
月鹿は困ったように頭を掻きながら小さく笑った。
「にしても長くない?」
「それは本っ当にごめん!ビル内のトイレは流石にやめておいた方がいいかなと思って…それで外に出てみたんだけど、思ったよりも近くにいい店がなくて…」
「えぇ……」
手を合わせて謝る月鹿を、エマはと呆れた顔で見つめている。やがて、まだ納得してなさそうな顔のまま、腰を上げた。
「はぁ……まあいいや。とにかく、特訓の続きしよ」
パイプ椅子を邪魔にならない場所までどかして、エマは乃亜の正面に立つ。足を広げ、腰に手を当てた彼女は、意識を切り替えるかのように口を開いた。
「というわけで。さっきは基本の制御ばっかだったから、次はその応用を考えていこうか」
「はい」
エマの言葉に、乃亜は頷く。
「さっきやった、遠くのものを焦がした感覚。あれは覚えてるね?」
「はい」
乃亜は頷く。しかし、すぐに月鹿の方を見た。
「そのことでひとつ、月鹿さんに尋ねたいことがあるんです」
乃亜の言葉に、月鹿は目を丸くして首を傾げる。
「私に?」
「はい。ノロイと戦っていた時、何かナイフみたいなものを持ってましたよね?」
その言葉を受け、月鹿は軽く片手を持ち上げる。
空いた掌の中へ無数の黒いかけらが収束し、見慣れた短剣の形を成していく。月鹿は完成したそれを自然な動作で握り込み、静かに視線を乃亜へと戻した。
「これのこと?」
「はい」
握った短剣を差し出し、月鹿は軽く首を傾げる。短剣を見た乃亜は頷くと、ぐいっと身を乗り出した。
「それって、どうやって出していますか?」
「どう?」
「あ、それあたしもちょっと聞きたいかも」
乃亜だけでなくエマからも期待のこもった視線を向けられ、月鹿は少し考えるように斜め上方向に視線を向けた。
「うーん……短剣の形を思い浮かべて、手元に魔力を集める感じ…かな?」
聞かれた手前そう答えたが、戦闘時にそこまで細かく意識しているわけではない。いつも、気がつけば握っているのだから。
眼前で目を輝かせてコツを聞き出そうとしているふたりに、それを言うのは何となく気が引けた。だから月鹿は、あえて口にはしなかった。
「姿をイメージ……」
月鹿の言葉を参考に、乃亜は頭の中で武器の形を思い描く。
可能な限り、全ての魔力を手元へ集める。そこから、思い描いた形へと変化させていって--
「………あれ?」
目を開けた乃亜の目に映り込んだのは、到底実戦には仕えなさそうな、よく分からない鉄の塊だった。
「これって………じゅ、銃?」
エマも困惑した表情で、彼の手元にあるそれを見つめる。
四角い持ち手と、横へ突き出した円筒状の塊。輪郭だけ見れば、銃とも言えなくもない鉛色の鉄の塊が、情けない乃亜の顔面をぼんやりと映し出していた。
「も、もう一回します」
冷たい鉄の塊を両手で包んで、乃亜は先程よりも鮮明なイメージを意識しながら魔力を練り直す。
そうして何度か試した結果、少しだけ銃らしい形を生み出せるようにはなったものの、実戦に使えるようなものを生み出すことはできなかった。
「もっとはっきりと、だね。形だけじゃなくて、自分がそれを使って戦っている所も想像してみて」
(僕が戦っている所………)
月鹿の助言に従って、乃亜は銃を手にノロイと戦う自分を思い浮かべる。目を閉じて、瞼の裏に焼き付けるようにその場面を妄想していく。
数十分後。幾度かの挑戦の末、ようやく乃亜の手元に銃らしい見た目と言える武器が姿を現した。
「……銃だ」
エマの呟きを聞き、乃亜は小さく息を呑んだ。
大きく深呼吸した彼は、期待と不安を胸に、そっと目を開く。
乃亜の手元では、刑事物のドラマなんかに出てきそうな典型的な黒い拳銃が、窓から差し込む月の光を受けて、淡く輝いていた。
険しかった乃亜の表情に、瞳に、少しずつ光が灯っていく。
「-----」
無意識に、安堵の息が漏れる。全身から張り詰めていた力が急速に抜けていき、乃亜はその場に座り込んだ。
「……やった、の?」
声に出すと、更に実感が湧いてきた。冷たい鉄の感触。ようやく、乃亜も戦えるのだ。
もう、足手纏いにならなくていいのだ。
(--やった、やった。僕にも、作れた。やった、やった、やったやったやったやった-----)
「--やったぁ」
騒ぎ立てる心の声とは裏腹に、たった一言だけが、静かに乃亜の口からこぼれ落ちる。
「………はっ。凄い、凄いよ乃亜!大成功じゃない?これ。やったね!よっっっっしゃぁぁぁああ!!!!!」
その呟きを聞いたエマは、我に帰ったのち、まるで自分ごとのように心から喜んだのだった。
ひとしきり喜びあってから、3人はようやく平静を取り戻した。
そして、改めて具現化された銃について話し始めた。
「--それってさ、魔力を込めて撃つ感じ?」
「一応、そのつもりです」
乃亜は自信なさげに頷いた。銃の詳しい構造なんて乃亜は知らない。あくまで銃は電磁波を飛ばす際のイメージの補強に使うための道具にすぎないのだ。
「確かに、銃なら飛ばしやすそうだよね」
「ありがとうございます。……僕でも使えそうな武器というと、これくらいしか浮かばなくて」
昔、一度だけ祭りの屋台で射的をしたことがある。二発外して、最後の一回が狙っていた菓子の箱に当たって取ることができた。乃亜の射撃経験といえば、たったそれだけ。正直まともに使えるようになるのがいつになるかは分からないが、武器さえ生み出すことができなかった以前と比べるとかなり進展したと言っていいだろう。
「ねぇ、ちょっとやってみてよ」
「はい」
エマの言葉に、乃亜は頷く。
体の向きを変え、銃口を真っ直ぐ正面--1、2時間程前に焦がすことに成功した、パイプ椅子が積み上げられている方向へと向ける。
数秒後、乃亜の周囲でビリビリと火花が散り、銃口から白い光が溢れ出してきた。
その光景を目に、エマは目を見張りながら呟いた。
「す、凄い。魔力が集まって……」
バチィンッ!!!
直後、何かが弾けるような、凄まじい爆音が響き渡った。
土煙が舞い、荒れ狂う暴風が巻き起こる。あたりに散らばっていた瓦礫達が勢いよく壁に、ガラスに、見境なく打ち付けられていく。
年季こそ入っているものの目立った傷傷の無かった壁が、みるみるうちに陥没し、無数の亀裂を生み出していく。
そのあまりの威力に、乃亜の体が宙に浮いた。そのまま飛んでいきそうな彼の背後に回った月鹿は、間一髪のところでその身体を受け止めた。そして月鹿は荒れ狂う部屋を背後に、彼を爆風から守るように抱き抱えながら、勢いよく何本もの鎖を立ち上げた。
「………や、止んだ?」
爆風が止み、エマが自身の周囲を囲っていた銀色の鎖の隙間から顔を出す。
「ありがとう」
エマは振り返り、月鹿に笑いかける。爆風が起こった後、すぐに目の前に現れた鎖達。これらのおかげで、エマに目立った傷はない。
「……っ。ごめんなさいっ、あの、そ、そんなつもりじゃ--」
「まずいね」
我に帰った乃亜は、真っ青な顔で動き出す。そんな彼の言葉に、冷静な月鹿の声が重なった。
外が、騒がしい。
そりゃあそうだ。あんな爆音、近くにいた人々が気づかないわけがない。ここに来た時、隣のビルのファーストフード店はまだ営業中だったのだ。
「なんだなんだ......」
「今の、こっちからじゃね?」
「……ヤバ」
声のした方--エントランスのある方向を見ながら、エマは後ずさる。
「おーい、誰かいるのかー?」
ボロボロになった部屋の中に、誰かの叫び声が響き渡る。同時に、乃亜の肩がびくりと跳ねた。
「け、警察!」「110番!?」「お、俺交番行ってくる!!」
いくつもの声が響く。その場に残った声に重なって、バタバタと慌てた足音が遠ざかっていった。
「--行こ」
月鹿は短くそう言うと、すぐに割れた窓の間から隣の建物へ鎖を伸ばした。
鎖の先が窓枠へと引っ掛かり、月鹿に掴まったふたりごと縛り上げるように鎖を巻きつける。ふたりが固定されたのを確認すると、鎖の長さを一気に縮めた。
3人が隣のビルの敷地に足を下ろしたのと同時に、エントランスに繋がる扉が開く。警察と見られる人々が中へ入っていく様子を、3人は植物が生い茂るフェンスの隙間からこっそりと覗いていた。
やがて、人々が更に奥の部屋へと姿を消していったのを見届けた3人は、物音を立てないように慎重に動き出した。その後、何とかしてビルの裏にある路地へと抜けることに成功した3人は、暗い夜道を足音を殺して駆け出していった。




