12-1「固有魔法」
光が治まると、辺りを包んでいた瘴気は跡形もなく消えていた。
エマによる必死の声掛けと空気が浄化されたことで、乃亜も正気を取り戻せてきていた
「落ち着いた?」
「…はい」
うずくまった乃亜の背に手を置いたまま、エマは優しく語りかける。
その言葉に、乃亜は小さく頷いた。顔色はまだよくないが、先程よりはわずかに持ち直している。
「はい」
ふたりの元へ歩み寄った月鹿は、乃亜に向けて手を差し出す。差し出された手のひらの上では、朱殷色の魔石が鈍い輝きを放っていた。
「ぇ…」
茫然と魔石を見つめる乃亜の手を取った月鹿は、その拳に魔石をしっかりと握らせる。
「ちょ、ちょっと!乃亜ひとりで倒した魔石しかカウントされないんだから、あんたが倒したそれは渡さない方がいいんじゃ…」
その様子を見たエマは、焦ったように止めに入る。彼女に手を掴まれた月鹿は、顔だけを彼女の方へと向け、小さく頷いた。
「うん、それは分かってる。だからこれは、次の授与式までに集めないといけない分」
そこまで言うと、月鹿は乃亜に視線を戻す。
「言いがかりをつけられると面倒だから、しばらくは聖典に納めないで持っててね」
茶目っ気のある笑みを浮かべて片目を閉じる月鹿に、乃亜は小さく頷いた。
「それなら、いいのかな……てか、やっぱり精神系……」
乃亜の手元にある魔石へと視線を落としたエマは、そう言って額を片手で軽く押さえた。
「…ごめんなさい」
目を伏せたまま、乃亜は呟く。
「乃亜が謝る必要なんかないって。流石に今のは運が無さすぎた。回復してすぐにあれと出会うとか、普通に考えて無理だもん」
…あたしも一瞬ヤバかったし、とエマはモゴモゴと付け足す。
「初めはできるだけ異変系…それも念が弱いのと戦いたいよね…」
「そもそも、手伝うのが駄目とか、あの司祭ほんとふざけてるよね。しかも、こんな時に限って弱い異変系が全然居ないし…」
ぐるぐると歩き回りながら、エマはぶつぶつと呟いている。
「あーもう!チームを組んで戦ってる人も沢山いるんだし、ちょっとくらい手伝ってもいいじゃん!」
一通り気持ちを発散させたエマは、落ち着いたのか、近くにあった柵に腰を下ろした。
「…ごめんなさい」
下を向いたまま、乃亜は両手の指を胸の前で絡ませる。眉は下がり、まるで何かに怯えているようだった。
「だから、あんたが謝る必要なんて--」
「ごめんなさいごめんなさい戦えなくてごめんなさい、方法がなくてごめんなさい、弱くてごめんなさい、出来損ないでごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ムッとして放ったエマの言葉を遮って、乃亜は壊れたように繰り返し唱え始める。
「ちょ、ちょっと!?」
その様子を見たエマが、狼狽える。--が、今度はすぐに彼の肩を掴み、辺りに響かない程度の声量で怒鳴った。
「だから、謝るなっつってんの!!!」
「---!ごめ」
「本当に申し訳ないと思ってるんなら、言葉じゃなくて成果で答えて欲しいんだけど。戦いには参加できなくても、一緒にいるなとは言われてないんだし」
ゆっくりと顔をあげた乃亜の瞳を正面から見据えながら、エマは語り続ける。
「あたし達もできる限りの協力はするからさ、頑張ろうよ。分かった?」
あまりにもまっすぐなその瞳に、乃亜は顔を逸らそうとするが、エマがそれを許さない。逸らした方向に顔を持ってきて、乃亜の目を見つめ続けた。
「…ぁ、でも……ご………その---」
「戦えないって、どういうこと?」
モゴモゴと話す乃亜の言葉を遮るように、月鹿の声が響いた。エマと乃亜のふたりともが月鹿へと視線を移す。
月鹿を見たエマは、すぐに視線を乃亜へと移した。ふたりに見つめられた乃亜は、困ったように顔を背けたのだった。
沈黙が落ちる。
少しして、それを破ったのはエマだった。
「……実はあたしさ、自分の固有魔法が何をする魔法なのか、未だによく分かってないんだよね」
エマが静かに口を開く。
その声に、乃亜はかすかに視線を上げた。
「今でこそなんとか戦えてるけど、初めはそうじゃなかった」
語りながらエマは、昔を懐かしむように目を細める。
「あの頃は本当に、ちょっとした怪我を治すくらいしかできなくて……。自分のは治せても、他人の怪我まで治せるわけじゃなかったし」
話を聞きながら、乃亜は口を開きかける。
だが、それが声になることはなかった。そんな彼の様子を、エマは気付かないまま話し続けた。
「それに、治すって言っても、すぐ完璧に元通りにできるわけでもなくてさ。流れてる血を止めるくらいが限界だった」
「あとはまあ…毎日直そうと魔法を使っていると、自然治癒よりは早く治せるようになったくらいかな。だから、ノロイと戦うなんてできるわけがなくて…」
他人を治癒できるわけでもなかったエマは、誰かとチームを組んで戦うことも困難だった。
当然だ。戦力にならないどころか、治せる傷は自分のものだけ。そんな存在を、他の退魔使達が仲間に加えたいと思うはずもない。一緒に戦ったところで、不利益しか生まないのだから。
「そりゃあ、武器を出すことはできたよ?剣とか、斧とか、杖とか、銃とか。……どれも、使いこなすことはできなかったんだけどね」
身振り手振りを交えながら、エマは語る。
長い年月をかけて修練を積めば、いつかは使いこなせるようになったのかもしれない。だが、それでは遅すぎた。
だからこそエマは、もっと早く自分に合った戦い方を見つけるため、試行錯誤を繰り返したのだという。
話が長くなることを察した月鹿は、近くにあった柵へもたれかかる。乃亜はその場に正座し、エマは彼の正面で片膝を立てて座っていた。
「そんな自分が悔しくて。一ヶ月くらいの間、ノロイ退治もせずに、戦う方法を探すだけの日々を過ごしてたんだ」
エマは、それはそれは様々な方法を試してみた。治癒ができるのが自分限定というところに、普通の治癒魔法ではないのかと考え、何とか戦う方法を、固有魔法を応用させる方法を探し続けた。
「そしたらある日、ひとつの小さな魔力の弾を作ることに成功した。初めは、本当に作って浮かせるぐらいしかできなかったんだけど、そっから練習するうちに勢いよく飛ばしたり、同時にいくつかの魔力弾を作ることができるようになっていった」
「これが案外強くてさ。おかげで、ノロイもあたしひとりで退治することができるようになったんだよね」
そう言ってエマは手元に白い弾を作り出し、横へと放つ。線を描いて飛び去る白い光は、そのまま隣の建物にぶつかる--その寸前、エマが指を上へ向けると同時に、弾けるように消えていった。
乃亜は何も言わず、真剣な表情でその様子を見ていた。
「だからその…、何が言いたいかって言うと。今は戦えなくても、頑張って探せば何か方法が見つかるかもしれないってこと。勿論、探すのはあたしも手伝うし。だからさ、一緒に頑張ろ?」
真っ直ぐに乃亜を見つめ、エマは手を差し出した。乃亜はわずかに躊躇い、その手を取りかけて止めるが、やがてそっと握り返す。
エマは嬉しそうに微笑み、そのまま強く引き上げた。エマに支えられながら、乃亜は立ち上がる。
にこりと笑うエマを見て、乃亜も小さく笑みを返した。
それは--乃亜が久しく忘れていた、心からの笑みだった。
「ところでさ。あんたの固有魔法って、今はどんなことができるの?」
ふと思い出したように、エマが尋ねる。
「先輩方と話した時は、電磁波を操れるのではないかと。……本当にそうなのかは、まだ分かりませんが…」
「電磁波?何それ?」
モゴモゴと口ごもる乃亜を見ながら、エマは首を傾げる。
「僕も詳しく知っているわけではないですが…」
そう断った上で、乃亜は説明を始めた。
「電気と磁気が互いに影響し合いながら変化し、その変化が波のように空間へ広がっていく現象のことです。空気がなくても進むことができるため、宇宙のような何もない場所でも伝わるのが特徴だとか。また、その速さはとても速く、光と同じ速さで進むんだそうです」
「……な、なるほど…?」
エマは呟く。言葉ではそう言ったが、彼女の表情はどう見ても理解できたとは思えないものだった。
「あ、えと、その……。…簡単に言うと、『電気と磁気が交互に影響し合いながら進んでいく、目には見えない波』のようなものです」
エマの反応を見た乃亜は、焦ったように言い直す。
「……と言っても、僕の魔法で本当にそんな事ができるのかは定かではないんです。先輩方にはそうかもしれないと言われましたが、今できることと言えば、スマートフォンなどの電子機器が受信する電波を妨害するか、電子機器の充電をするかくらいで…」
「…な、なんか凄そうだけど……」
どこか腑に落ちないまま、エマは月鹿へと視線を向ける。
彼女と目が合った月鹿は、困ったように微笑むと、ゆっくりと首を横に振る。
そんなふたりの様子に、乃亜はわずかに眉を下げて苦笑し、小さく肩をすくめた。
「かくいう僕も、よく分かっているわけではないんです。かなり前…先輩が教えてくれてから、自分なりにネットで調べてみただけなので……」
そう言って、乃亜は肩を含める。しかしすぐ、顎に手を当てて何か考えるような素振りを見せた。
「……ぁ。1ヶ月前くらいに、1回習ったかもしれないですが…………駄目ですね、全然思い出せないです」
「『習った』てそれ、絶対中1の…しかも一学期に習う内容じゃないでしょ。あたしそんなのやってないんだけど」
そう言って眉を顰めるエマの後方--月鹿は、フェンスにもたれかかったまま繰り返し頷いた。
「…てかそうだよ。中1!中1だよね!?」
突然、エマがなにかに気づいたように乃亜へと詰め寄った。
「え?あ、はい…この春から中学生なので…」
「そうだよね!?入学おめでとうだよね!!今更でごめん!おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
彼は眉を八の字にしてそう言うが、その様子はどこか嬉しそうだ。
「中1でその…でんじは?を習ったの?」
「はい。学校ではなく、塾で習ったものなので」
乃亜は月鹿の問いに頷きながら、そう答えた。
「あたしのとも……クラスメイトにも中1から塾通ってる人はいたけど、そんなに難しそうなことはしてなかったよ…?」
「それにあたしも…ついこの前、夏ぐらいから夏期講習行くかー、みたいな話を家族でしたばっかだけど…。1年からそんな難しそうなのやってる人たちの中に入れられたら、正直ついていける気がしないというか…」
少しの間、沈黙が流れる。乃亜と月鹿は、エマを見つめていた。
「ま、まぁまずは、乃亜が固有魔法を使いこなせるようにならないとだし。ノロイ退治は明日からにして、今日はその特訓でもしない?」
エマは人差し指を立ててそう言った。その提案に、月鹿も「そうだね」と頷く。
「乃亜もそれでいい?」
「はい」
乃亜が頷く。
「よし、じゃあそういうことで…………特訓ってどこですればいいんだろ」
元気よく歩き出そうとしたエマだったが、ふと足を止めてそう言った。
「あ、えと…」
「いい場所を知ってるよ。上町区中央駅付近にあるビル街の奥、ミクドミニクのある建物の横。数年前までは、有名な不動産屋とか塾とかがあった建物。そこはどうかな?」
唐突に声量を大きくして語った月鹿の声が、真っ暗な街中へと溶けていく。
「ちょ、あんた、声でか--」
「あ、あそこは…」
「じゃあ行こっか。焦る必要はないんだし、ゆっくり歩いていこ」
乃亜とエマの言葉を掻き消しながら、月鹿はやけに透き通る声でそう言った。
月鹿の声が、夜の街に響いていく。
少しして、月鹿は静かに変身を解いた。そして抗議するふたりに背を向けると、そのまま歩いて行ってしまったのだった。




