12-2「固有魔法」
「ていうか、廃ビルってことはノロイがいっぱい居るんじゃ…」
廃ビルへと向かうまでの道中、エマはぽつりと呟いた。
エマは、月鹿が「良い場所」と言うので、それを信じて付いてきていた。
夜に活動が活発になる精神系のノロイは、人間の数など関係なく現れる。そもそも取り憑く対象が人間に限られておらず、動物や鳥、虫などから無機物にまで取り憑くことがあると言われている。
一方、昼夜を問わず活動する異変系のノロイは、必ずと言っていいほど人混みを避ける傾向にあった。それにもかかわらず、取り憑く対象は人間のみ。夜間は交通量の減少に伴って市街地へ現れることもあるが、一度に多くの人間がやって来ることが無く、人の出入りもゼロでは無い廃墟や心霊スポットのような場所には、特に多く集まることで知られている。
これから向かうのは、市街地のど真ん中にありながら、仲間で訪れることがあるのは建物の管理人やノロイを探す退魔師のみという、程よく少ない人の出入りがあると思われる廃ビルだ。これでノロイが集まっていないなんてことの方がおかしな話であった。
「前に行った時は、異変系のノロイだらけでしたね」
「じゃあ駄目じゃん!?特訓できないじゃん!」
「うーん…多分大丈夫じゃないかな」
背後から聞こえたエマの言葉に、月鹿は振り返って微笑んだ。
「多分って…。なんでそう言えるのよ…」
少しの間、エマは訝しげに月鹿を見つめていた。しかし、それ以上語る様子のない月鹿を見て、やがて諦めたようにため息をついたのだった。
やがて3人は、廃ビルへと辿り着いた。
「…マジでノロイいないし……」
遠慮なく入っていこうとする月鹿を引き止めて、安全確認のために魔力探知で周囲を確認したエマは、そう呟いた。
そのまま3人は中に入る。何もいないのをこの目で確認した乃亜は、それはそれは驚いた表情で辺りを見回していた。
エントランスのような場所を通り過ぎると、広い部屋に出た。天井は高く、吹き抜けの上部に並ぶ窓からは静かに光が差し込んでいる。
「ここまでノロイがいないんだったら、確かに訓練にはもってこいだね」
エマは腰に手を当て、キョロキョロと首を動かしながらそう口を開いた。
「前に来た時は、こんなに静かじゃなかったんですが…」
「そうなの?」
「…やっぱ変じゃない?流石に静かすぎるっていうか…」
エマと乃亜の提案により、しばらくの間3人は手分けして辺りを散策した。警戒しながらノロイがたむろしそうな場所を見回ったが、ノロイの姿はおろか気配すらも一向に感じることができなかった。
「……少なくとも、今は問題なさそうだね。ノロイがいないのは気になるけど……」
振り返ったエマは、ふたりに向かって口を開く。
「じゃあ、始めよっか」
月鹿達3人は、部屋の中央で向き合っていた。
「とりあえず、今できることをやって見せてくれる?」
「はい」
エマの言葉に頷いた乃亜は、ポケットからスマホを取り出し、電源をつけた。
「今、充電は45%です」
エマは近づき、画面を覗き込む。画面を見たエマは小さく頷いた。
「これを…」
乃亜がそう言うと同時に、手元のスマホからフォンッと軽やかな音が鳴る。
「え?凄っ、何も繋がってないのに?」
月鹿も近づき、画面を覗き見る。初期設定のままのホーム画面。その右上にある電池マークには、白い文字で「45」と表示されていた。
白い文字は、月鹿が覗くと同時に46へと変化する。
「しかも速っ」
「一応、このスマホで今からだと……100%になるのは、大体30分後ぐらいですね」
「はっっっっや!?!?!?!?」
「すごい!」
ほとんど同時に、ふたりが声を上げた。
「てかそれ、かなり前の型じゃん……速いやつに対応してるならともかく、多分してないよね……?そ、それって大丈夫なの…?その、バッテリーとか……」
白い文字は、すでに48にまで上がっている。心配した様子で尋ねるエマの隣で、月鹿もこくこくと頷いている。
「そこは大丈夫です。昔、1度だけ発熱がひどくなってしまったことがあって…。その後色々と試した結果、電力の流し方を工夫すれば、基本的には問題なく充電できるということが分かったんです」
「"工夫"って…。凄すぎでしょ……」
「ありがとうございます。…でも、これを戦いに応用することができなくて」
乃亜は小さく笑ったあと、悲しそうに目を伏せた。
「電子機器の充電という一点に絞れば便利ですけど……魔物を倒せずに資格を失いかけてたのは、この魔法がこういうことにしか使えなかったからで……」
そう言って、乃亜は肩を落とす。エマは何か言おうと手を上げかけるが、すぐに止まった。
かける言葉を失ったまま、彼女はそっと目を伏せた。
「ねぇ」
静まり返った部屋に、月鹿の声が響く。
ふたりが視線を上げると、月鹿はにこやかに笑って、小さく首を傾げた。
「スマホを充電するのは、どうやってるの?」
「それは…スマホに電気が通るのをイメージしたら、自然と……」
「なるほどね。それって、他のものにも応用できないかな?ノロイとか」
月鹿の提案に、乃亜は顎に手を当てて考える。
「…電気を通してショックを与えるというのは考えた事があります。ですがノロイ相手だと…どうしても命中率と威力が足りなくて……」
そう言った乃亜の隣で、エマは「なるほどね…」と呟きながら周りを見渡した。
そして真っ直ぐ歩いて行くと、落ちていた鉄筋の切れ端を掴んだ。
「これに電気を流すことってできる?」
ふたりの元へ戻ってきたエマは、右手につかんだ鉄筋を差し出した。彼女から鉄筋を受け取った乃亜は、真剣な表情でそれを見つめた。
少しして、鉄筋から小さな火花が飛び散り始めた。
パチパチと音を立てて弾けるそれは、まるで小さな花火のようだった。
その様子に、エマは思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らす。
「これでいいんでしょうか?」
「良き!」
元気よく親指を立てるエマの横で、月鹿も頷いている。
「それをさ、操る事とかってできないの?」
「操る…」
「ほら、漫画みたいに、鉄をびゅーん!と飛ばしたり」
エマは大きく手を振りながら乃亜を見た。
「これを、飛ばす……」
乃亜は小さく呟きながら、鉄筋に電磁波を送り続ける。
少しして、鉄筋がほんの少し、宙に浮いた。しかし、エマが嬉しそうに口を開きかけると同時に、それは力なく落ちていった。
「…すみません」
「だ、大丈夫だよ!電気流すことはできるって分かったし、それも充分すごい事だって!」
肩を落とす乃亜を、エマが必死に励ましている。その横で、月鹿は鉄筋を見つめて何かを考えていた。
「…生き物に電気を流す事って、できるのかな」
「…生き物?」
月鹿の言葉に、エマは首を傾げる。
「ノロイに、ということですか?」
乃亜が問うも、月鹿は小さく首を横に振った。
「それもだけど、まずはもっと身近な……例えば、人間とか」
「人間?」
首を傾げる乃亜に、月鹿は「そう」と頷くと、左腕の袖を捲り上げた。
肌に張り付いた黒い生地を、ナイフでそっと切り裂く。避けた布の隙間から、白い肌が姿を現した。
「な、何をして…」
「はい」
戸惑う乃亜に、月鹿は腕を差し出す。
「えぇ…」
「さっきの感じでいいよ。遠慮しないで」
「痛いと思いますよ」
「死ななかったら大丈夫だよ」
「えぇぇ……」
詰め寄る月鹿に、乃亜は引きながらも近づいていく。変わらぬ笑顔で見つめてくる月鹿から軽く目を逸らしながら、覚悟を決めた乃亜は腕に触れた指から魔法を放った。
パチッ
「おぉー」
静電気のようなピリッとした感覚が走り、月鹿は感心したように声を漏らす。
「ぁ、あたしも、あたしも!」
エマも気になったのか、ぐいっと左腕を差し出した。乃亜は困ったように眉尻を下げながらも、言われた通りエマの腕に手を伸ばした。
パチッ
「--ッ。お、おおぉ〜〜」
電気が流れた瞬間、エマの肩が小さく震えた。その後、彼女は乃亜が触れていた肌を見つめながら、何とも言えない声を発していた。
「できるだけ痛くないようにはしたつもりなんですが……大丈夫でしたか?」
興味深そうに腕を見つめていた月鹿とエマに、乃亜はそう尋ねる。
「大丈夫!」「うん」
顔を上げ、エマと月鹿のふたりは頷いた。
そのまま月鹿は、近くに落ちていたコンクリート片を拾い上げる。そのままもう一度乃亜の前へ歩み出だと思うと、コンクリートを持っている右手を彼に差し出した。
「こういうのにもできるの?」
乃亜を見つめたまま、月鹿は小さく首を傾げる。そんな月鹿の手元にあるコンクリートを目にしたエマは、不思議そうに口を開いた。
「コンクリートって電流とか通るの?」
「うーん、分かんない」
月鹿はエマの問いに小さく首を傾げながらそう返す。
「じゃあなんで聞いたし」
エマは呆れたようにそう言うが、乃亜は真剣な表情で、目の前のそれを見つめていた。
「コンクリートでも……これは乾いてるから殆ど効果は期待できないですが、一応やってみます」
コンクリートを受け取った乃亜は、手元に魔力を集めていく。何度か試してみるも、電流が流れる様子も無ければ、魔力が通る気配すらない。
「…やっぱ、無理じゃない?」
エマが呟く。だが、その声が乃亜に届くことはなかった。
本当に電磁波が操れるのなら、電流を流す以外にもできるはずだ。今まで、乃亜は"流す"ことばかり考えていた。
電気は、必ずしも形ある物質を通さなくてはいけないわけじゃない。魔法を使う時も、細かい事をひとつひとつ丁寧にイメージしなくてはいけないわけではない。
スマホを充電した時だって、ケーブルの中で起きていることを正確に理解していたわけじゃない。ただ、"電気が流れていく"イメージを掴んだだけで、結果はついてきた。
ならば、同じように。"流れないもの"に対しても、イメージ次第では別の形で干渉できるのではないか。
例えば、触れる事なくエネルギーだけを与えるような……そう、熱。電流が通らないなら、無理に通す必要はない。当てるだけでいいのだ。
そう考えた乃亜は、再び指先に魔力を集中させる。電気を"流す"のではなく、"外へ放つ"ことを意識して。
目には見えない何かが真っ直ぐ伸び、固いコンクリートを焦がしていく。そんな光景を想像していく。
やがて、ジリジリという音と共に、何が焦げるような、香ばしい香りが漂ってきた。
………焦げるような?
そういえば、冷たいコンクリートに触れているはずの指先が熱い。まるで、火にかけた石を直接触るかのような--
「熱ッッッ!!!」
ゴンッ
思わず、持っていたコンクリートから手を離す。硬く重いそれは、鈍い音を立てて地面に落ちた。
「あ、あぁああ、どうしよう、床が!」
コンクリートが落ちた先の床には、大きな傷が残っていた。監視カメラは止まり、管理会社すらろくに出入りしていないとはいえ、ここも誰かの所有物だ。あまり痕跡を残すのは良くないに決まっている。
「…ま、まあ?どうせ取り壊す予定なんだろうし、そこまで気にしなくても…」
そう言うエマも声が震えており、動揺が隠せていない。
焦るふたりを横目に、月鹿は落ちたコンクリート片を手に取った。乃亜が触れていた箇所は黒く焦げ、中央は未だ赤熱している。赤い火花を散らすそこからは、パチパチと心地いい音が聞こえてきた。
「……そ、それってさ、離れててもできんの?」
動揺する気持ちを押し殺しながら、エマはそう尋ねる。
「離れて…?」
「そう。たとえば……あそこの椅子を焦がすとか」
頷いて、エマは部屋の隅に乱雑に積まれたパイプ椅子を指差した。よく見ると、それらはどれも脚が折れていたり、変色していたりと、とても使い物になりそうとは言えない見た目をしている。
「…やってみます」
乃亜はそう言って、パイプ椅子に向かって手を伸ばす。そうして数秒、月鹿とエマのふたりはパイプ椅子を見つめていたが、何も変わった様子はない。離れているためなのか、実際に何も起こってないのか、ここからでは判断ができなかった。
「乃亜はそのまま、動かずに魔法を使い続けてて」
エマはそう言うと、小走りでパイプ椅子の元へと向かう。
その途中、月鹿は積まれた椅子の一つから、うっすらと煙が立ち上り始めているのを見つけた。
椅子の元へ辿り着いたエマは、火元を確認しようと覗き見る。……もくもくと立ち上る煙の中に、思いきり頭を突っ込みながら。
案の定煙を吸い込んだ彼女は、苦しそうに咳き込みながら手で煙を払うようにして数歩後ずさった。
そして両手を上げ、頭上で大きな丸を作る。そのまま、彼女は大きな声で叫んだのだった。
「焦げてるーーー!!!」
目を開けた乃亜は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その後すぐに戻ってきたエマは、嬉しそうにこう言った。
「とりあえずは、これの練習しよ」
そこから約1時間ほど、電磁波を飛ばして焦がしたり、スマホの充電などの細かい制御の練習を続けた。
「じゃあ一回休憩しよっか」
スマホに表示された時間を見たエマの提案に、月鹿と乃亜も首を縦に降ったのだった。
3人で軽く話し合った結果、15分の休憩を取ることになった。その後エマと乃亜は、エマが見つけてきた壊れていない椅子に腰を下ろす。
廃ビルの静かな空間に、彼女達の物音だけが響いていた。




