8−1「授与式」
退魔使になって二度目の授与式。エマは、この日が来るのをそれはそれは楽しみにしていた。新たな魔法が使えるようになるからではない。理由は勿論、月鹿に会えるから。
自分も案外できるということを月鹿に見せることができれば、そのうち頼ってくれることもあるかもしれない。退魔使として以外にも、普通の友達として一緒に話したり、遊びにでかけたりできるかもしれない。
そんな事を考えながら、エマは浮かれた気持ちで式に参加した。月鹿と出会う前までの自分がどんな状態だったかも忘れ。ただ純粋に、退魔使である事を喜び。他のみんなと同じように、テンシと、主であるデウスという神を崇め、感謝していた。
…感謝していたのだ。"彼女"と出会った、あの時までは。
傷ひとつない真っ白な壁、等間隔に並び立つ柱。その間をアーチ状に連なる天井に、大量に並べられた長椅子。日本時間は深夜のはずだが、昼間かと錯覚するほどに明るく光りを放つ、カラフルなステンドガラス。--そして、長椅子に座っている、普段着と呼ぶにはあまりに派手な格好をした少年少女達。
言うまでもなく、月鹿もそのうちの一人である。
変身した姿のまま、月鹿はあたりを見渡した。この場にいるものは皆、退魔使なのだろう。現に、ノロイと戦っている姿を見たことのある者が何人もいる。数は大体30人程度。見た感じの年齢はまちまちで、中学生くらいの者から20代半ばくらいに見える者までいる。
皆今日が来るのを楽しみしていたのか、どこかそわそわしながらも期待に満ち溢れた表情をしている。
「月鹿!」
名前を呼ばれて振り返ると、エマが駆け寄ってくるのが見えた。
「久しぶり!」
「久しぶりだね、エマ」
月鹿の隣に座ったエマは、とても嬉しそうだ。前に会った時とは違い、その表情は生き生きとしている。
「嬉しそうだね」
「そりゃあ、新しい魔法が使えるようになるんだから、嬉しくもなるでしょ」
エマも無事、ノルマを達成できたらしい。その上、魔法の分の魔石まで集めることができていたとは。どうやら月鹿は、彼女のことを少し甘く見ていたようだ。
「そうだね」
「月鹿はどんな魔法を貰うか決めた?あたしは、候補を何個かに絞ったとこまではいったんだけど、そっからどれにするか迷ってて」
そう言ってエマは小さく肩をすくめる。
「私は…。うーん…私もひとつは決めているけど…もうひとつは、まだ迷っているかな」
「ふーん…え?ふたつ?黄色なの???」
エマは目を丸くして月鹿を見ている。
「そうだよ」
「…あれ?1ヶ月前になったばかりって言ってなかった?嘘っ、そんな短期間でそんな大量の魔石を集めたってこと?あれ?ふたつだから、180を3つ分…え、540!?」
「しー!!!」
驚きで声が大きくなるエマを、月鹿は人差し指を口の前で立てて見つめる。
「あ、ごめん…」
「ううん、そこまで気にしなくても良いんだけど……知られたからと言って特にどうかする訳でもないし…でも一応、ね。もうひとつの魔法も、"授与の儀"が始まるまでにはきちんと決めておくつもりだよ」
気まずそうに小さくなるエマに、月鹿は明るく話を続ける。
「候補はあるの?」
「うん、いくつか魔法でやってみたいことがあるから、その中から選ぼうかと」
「じゃああたしと似たような感じか」
「そうかもね」
エマの言葉に、月鹿は頷く。
「そっか、楽しみだね!月鹿は初めてだし、あたし以上にワクワクしてるんじゃない?」
「うん、とっても楽しみ。やりたいことがいっぱいあって、迷っちゃうよ」
分かる!とエマは頭を大きく縦に振る。
「あー、早く始まらないかな~。あ、そう言えば。言い忘れていたんだけど、式の流れとかの部分はちゃんと読んできたよね?」
聖典には色々な事が書いてあり、授与式の手順などついても、詳しく書いてあるページがあった。実を言うと、月鹿がその事に気がついたのは2週間程前のことであった。
特に意味もなく、適当にパラパラとページをめくっていたら、偶然発見したのだ。よく見ると目次にも書かれていたが、それまでは冒頭の魔力に関する記述以外、目を通したことすらなかった。
そのページを発見した時、月鹿は目を通しておいてよかったと感じた。
授与式は、月鹿が思っていた以上に厳かな儀式で、聖典にはひとつひとつの手順が事細かに記されてあった。
聖堂での振る舞いだけを見れば、知らずともある程度は取り繕えそうだったが、授与の儀はひとりで受けるものらしい。
すなわち、"テンシ様"とやらとほとんど一対一の状況になる。そんな儀式に、あの煩雑な手順を知らぬまま挑んでいたなら--どうなっていたことか。
「うん、バッチリだよ」
「なら良かった」
「でも式って、いつから始まるんだろう」
6月30日、0時丁度。聖典から光が放たれ、気づけば月鹿はここに居た。
授与式は、招かれたらすぐに始まるものだと思っていたのだが、それは違ったらしい。
この場に時計はなく、正確な時間は分からない。だが、少なくとも5分は経っているはずだった。
聖典にも詳しい時間配分についての記述はなく、これが正しい流れなのかどうかも判然としない。
この場ではただ、退魔使と思しき者達が楽しげに過ごしているだけだった。
テンシが姿を現す気配もなければ、何かが起こる様子もない。
「あー、多分もうすぐ始まると思うよ。前はここに来て5分後くらいに始まったから…うん、もう始まるね」
エマが話していると、不意に祭壇の横にある扉が開き、司祭のような装いのひとりの男が姿を現した。
見た目の年齢は20代前半あたり。金の刺繍が施されたの豪勢なミトラを戴き、肩の下まで伸びた金色の横髪の下からは、先の尖った長い耳が覗いている。
右手に分厚い本を携え、左手には見覚えのある首飾り--聖典の表紙にあるものと同じ意匠のものが、重たげに垂れ下がっていた。
彼が足を踏み入れた瞬間、それまで交わされていた声はぴたりと止み、全ての退魔使達は一斉に前を向く。
祭壇の前に立った男は、威厳ある態度で、ゆっくりと口を開いた。
「親愛なる退魔使の諸君、本日のこの授与式で再び集まれたこと、とても嬉しく思う。これまでに式に来たことがある者も、新たに加わった者も、皆の者一人一人を心の底から歓迎する」
男の話が終わると、皆は聖典を掲げ、深く頭を下げた。月鹿もまた、それに倣う。数秒間の静寂の後、頭を上げた彼らは静かに聖典を開き、「感謝のことば」を唱え始めた。
「「「「「親愛なる神よ、今日この時、この場に導いてくださったことを感謝します。あなたの恵みに感謝し、あなたの為に働けることを、誇りに思い、日々精進していきます…」」」」」
5ページに渡る「感謝のことば」を唱え終わると、いよいよ「授与の儀」が始まる。
扉の傍らに控えている、シスターのような装いの女性が退魔使達の名前を順番に呼びあげていく。呼ばれた者は、先ほど司教と思しき男が現れた、祭壇脇の扉を抜け、テンシの待つ「儀式の間」へと入っていく。
名前は居住区ごと、中心部から外側へ向かう順に呼ばれているらしく、このまま行くと、月鹿の住んでいる乃木区の住民が呼ばれるのはまだまだ先だろう。
「いよいよもうすぐだね!楽しみだなぁ。」
次々と呼ばれていく彼らを見ながら、エマは楽しげに拳を握る。
「そうだね。皆どういう魔法を貰うんだろう」
「さあ…。あ、でも『ディテクション』とか、属性系の魔法とかは使っている人をよく見かけるから、貰う人が多いのかも」
「ディテクションって魔力を感知する魔法だよね?」
「そうそう。かくいうあたしも、前貰った二つのうちの一つがそれだしね。この辺りはノロイ退治には必須の魔法って感じがする。月鹿も決まっているひとつって、この魔法のことだよね?」
エマの問いに、月鹿は頷く。
「やっぱりそうだよね〜!まだ魔法が貰えていない初心者以外でこの魔法を使っていない人とか、見たことないもん」
聖典には、魔法でできることがいくつか参考として書かれている。その最上段に記されていたのが、この魔法だった。
それを見て月鹿も決めたのだが、やはり考えることは皆同じであるらしい。
「属性系の魔法って、火とか水とかを操るやつだよね?」
「そうそう。五行説に陰と陽を属性として加えたみたいなやつ。聖典にもいくつか参考魔法が載っていたけど、他にも色々なものがあるらしいんだ。例えば水属性だと、聖典にあった『ウォーター』以外にも、氷を操る『アイス』とか、お湯を出す『ウォーター・ホット』なんかもあるんだって!」
夢があるよね!とエマは楽しげに語っている。
『ぇ、えぇエマ=ロビンソン…様』
ふたりが話していると、数十分後にエマの名前が呼ばれた。
「じゃあ、あたし行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
「また後でー!」
エマは「儀式の間」に入っていった。ひとりになった月鹿は、する事も無いので辺りを見回す。
もう既に何人かが授与の儀を終えて戻ってきており、席を移動したり、柱の傍にもたれかかったりと、思い思いに過ごしていた。
月鹿がふと視線を感じて振り向くと、聖堂の後方に、黒いマントの集団が座っているのが見えた。
先程から、時々黒いマントを羽織った人物が後方から歩いてきては、儀式の間へと入っていくのを目にしていたため、そうした集団の存在自体は月鹿も予想していた。
その一角に集まる9人は、全員が似たような黒いマントを羽織っている。彼らも月鹿と同じ退魔使ではあることは分かるのだが、あまりにも怪しすぎる格好なので、関わりたくもなければ、できるだけ離れていたいとさえ思ってしまう程だった。
しかし、残念な事に。月鹿が感じた視線の主は、その中のひとりだった。
他の者に比べてひときわ小柄なその人物は、月鹿と目が合うや否や、フードをいっそう深く被り、さっと背を向けた。そして隣に座る人物へと顔を寄せ、何やら言葉を交わし始めた。
距離があるため、声は届かない。ふたりともフードで顔を隠しており、隣に座る人物に至っては、初めからフードを深く被っていた為、その表情すら伺えなかった。黒いフードの後頭部しか見えないため、何を話しているのかは分からない。しかし、見られていたことは事実だ。もしかしたら月鹿の事を話しているのかもしれないが、見知らぬ人に話題にされるようなことなど、何もないはずだ。
フードの人物に見られていたことは気にかかるが、わざわざ関わって厄介事に巻き込まれるのは避けたい。
そう考えた月鹿は、ひとまず彼らのことは気にしないことにした。




