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crescent  作者: Luna
第1章
16/18

番外編1「誕生日」【4.5話】

『○○ちゃん、月鹿ちゃん、✕✕くん、お誕生日、おめでとう』

 

 ぱちぱちぱちぱち

 

 いくつもの声が重なり合い、拍手が湧き起こる。誰もが笑顔で今日の主役達を見ていた。

 

「はい、じゃあ誕生日のみんな。大きく息を吸って……はい、フー!」

 

 大、中、小。綺麗に並んだ3人は、大きく息を吸い込んで、勢いよく吐き出した。ケーキの上で揺らめいていた三つの火は、瞬く間に消えていった。

 

 

「おめでとー!」

「ありがとう!」

 

 誕生会が終わり、自由時間になった。ほとんどの子供達は、本日の主役であった3人のもとで楽しげに話している。月鹿もまた、その中心で崩れのない笑みを浮かべていた。

 

「3人とも誕生日おめでとう!」

 

「わぁー、ありがとう!」

 月鹿の横にいた15歳の女の子がそう言って笑う。

 

「○○ちゃんもう15歳なんだね…」

「居なくなっちゃやだ!」

 

 周りの子供達は皆、悲しそうにその女の子を見る。

 

「大丈夫。完全に居なくなるわけじゃないから!絶対また会いに来る、約束だからね」

 

 やくそく!やくそく!子供達は笑顔になって女の子の周りでわちゃわちゃする。月鹿も一緒になって「約束!」と言っていた。

 

 

 星守月鹿は本日、4月1日をもって7歳となった。特別な節目というわけではない。けれど、この誕生日会は、月鹿にとって少しだけ特別なものだった。

 

 つばめの園で行われる誕生日会は、2ヶ月に1回の頻度で行われる行事だ。開催日は固定されていない。子供たちの誕生日を、年ごとに順に巡らせていくためである。

 

 こうして見ると、4月1日に誕生日会が行われるのは4年ぶりのように思える。しかし、実際はそうでない。一昨年までは、3月から4月の間に誕生日を迎える子供が、月鹿を含めて6人もいたからだ。出て行った子どもたちの分が繰り上がったとはいえ、月鹿の誕生日会が最後に開かれたのは5年前、まだ2歳の頃である。当然ながら、その頃の記憶は残っていない。


 

 だからこの日は、月鹿にとって記憶にある限り初めての「誕生日当日に開かれる誕生会」なのであった。

 

 

 

「せんせー。おれ、ミニカーほしい!パトカーのやつ!」

 

 あと1週間もしないうちに誕生日が来る少年は、そばで座っていた先生の頭の上に顎を乗せる。

 

「分かったわ。だから顎をガクガクさせるのはやめて頂戴、痛いから」

 

 先生ーー川崎知子はほんのりと眉を顰め、痛そうに上に目を向けた。

 

 

「○○ちゃんいいなー」

「園長先生に頼み込んだんでしょ?ずるいよー!」

「ふふん。これが中学生の力だよ」

 

 別の場所では、女の子達がもうひとりの主役の元に集まっていた。

 彼女は手に持ったスマホを見せびらかすように掲げ、得意気に鼻を鳴らしている。

 その周りでは、女の子達がいいないいなと羨ましそうに彼女を見ていた。

 

「あれ月鹿、どこ行くの?」

 

 新品のスマホを持った彼女は、少女達の輪をいつの間にか外れ、部屋を出ようとしていた月鹿に気づいて声をかけた。

 

「トイレ!」


 月鹿がそう言うと少女達が次々と振り向き、口々に「いってらっしゃい」と声をかけた。

 

 

 

 みんなの居た大部屋を出ると、月鹿は左右の廊下を見渡した。そして見覚えのある背中を見つけると、息をつき、小さく口を結び、彼女の元へ軽く駆けて行った。

 

「せんせ--」

 

 角を曲がった彼女の後を追い、月鹿も歩を進めた。そして声をかけようと顔を上げた瞬間、月鹿は言葉を切ってしまった。

 

 

「どうしたの?」

 

 川崎知子は少しだけ腰を屈めて月鹿を見る。

 

「あ…えっと、その……」

 

 

「それで、川崎先生。今週末の買い出しの件の続きなのですが」

 

 月鹿に向いた川崎を見下ろして、遠藤芳子は口を開く。

 顔を上げた月鹿と、遠藤の目が合う。どこまでも冷たく、忌々しそうな瞳を向けてくる彼女に、月鹿は目を逸らすことしかできなかった。

 

 

 結局、その後も月鹿は川崎とまともに話す事ができなかった。タイミングが悪かったり、遠藤に邪魔をされたりで。

 

 

 

「本っ当に気持ち悪いわぁ。しかもよぉ。ただでさえもこっちは気持ちが悪いのを我慢して育ててやってるってのに、それ以上を望むだなんてぇ」

 

 夜、遠藤は厨房でそう愚痴る。

 

「仕方ないわ。それにあの子が悪いわけでは無いもの」

 

 厨房の端にある椅子に腰掛け、川崎は遠藤を宥める。

 

「貴方はよく普通に話せるわよねぇ。私は無理だわぁ。あれの事を考えただけで寒気がしてくるものぉ。体だけでは無いわよぉ?あれ、時折虫とかを変な目でじーっと見つめてる事があるじゃない。絶対いつか何かやらかすわよぉ」

 

 あー怖い怖い、と遠藤は片付けの手は休めずに、ぐちぐちと文句を言っている。

 

「今日だって。あれ絶対、何かねだろうとしてたのよぉ?いやらしいわぁ。一体何を欲しがってたのやら…。あんなの、聞かなくて正解よぉ」

 

「それにあの顔。話聞いてくれないからって落ち込んで何処か行ってしまったけれど、何で聞いてもらえると思ってたのかしらぁ?あれを見てちょっとだけ心が晴れたわぁ。ざまあみろってねぇ」

 

「……………」

 

 遠藤が弾丸のように捲し立てる。そんな彼女を見ていた川崎は目を伏せて、黙ってしまった。

 

 

 言い返せることは、何も無かった。

 

 

 

 それ以来、月鹿は誕生日に何かを望むことはしなくなった。元より、それ以前にも望んだことなどなかった。あれが、最初で最後の挑戦だった。

 

 

 中学生になり、遠藤との関係が少しずつ変わっていってからは、「誕生日だから少し豪華にしてみたわぁ」--そんな言葉とともに、普段よりも値の張る紅茶や菓子を、彼女と囲むようになった。もっとも、それは月鹿が望んだことではないのだが。

 

 誕生日など、月鹿にとってはただの春休みの1日にすぎなかった。特別な意味を持つ日でもない。

 

 そもそも、4月1日に生まれたわけではない。生まれた日が分からないため、ここへ来たその日を誕生日として、歳を重ねているだけだ。

 

 誕生会もまた、他の誰かを祝うための行事に過ぎなかった。

 

 

 今更、このことについて何かを思うこともない。そういうものだと、慣れているから。

 

 だから---

 

 

 

「--誕生日おめでとう!」

 

 黒い髪の「繝ヲ繧ヲ」は、笑顔で手に持っていた包みを差し出した。 --誰に?

 

「ありがとう」

 

 そう言って、"自分"は笑う。

 

 

 「繝ヲ繧ヲ」は--誰?

  

 知らないはずなのに。彼のことを考えるだけで、胸が熱くなる。

 

 悲しくて、苦しくて、辛くて--何よりも、愛おしくて。

 

 彼に微笑みかけられる資格なんて、自分には無いと分かっているのに。

 それでも、1秒でも長く一緒に居たい。彼の笑みを、1番近くで見ていたい。

 

 そんな事を願ってしまう"自分"が、そこにいて---

  

 

 ーーー"自分"は、誰?

  

 

 

「--どうしたの?」

 

 夜の公園。月鹿の眼前で、エマは不思議そうに首を傾げている。

 

「なんでもないよ」


 そう言って月鹿は、彼女が持っている財布に目を落とす。

 

「その刺繍って、百合の花だよね。とっても綺麗だね」

 

 月鹿が言うと、エマはありがとうと嬉しそうに笑った。

 

「あたしの家族さ、大昔に百合の花が好きって軽く言った事をいつまでも覚えてるんだよね…。そりゃあ嫌いになったわけでは無いよ?綺麗だとは思うし。でも、他の花と比べて百合が特別好きってわけでもないんだけど…」

 

 エマはやれやれと肩をすくめるが、本気で嫌がっているわけではないらしい。文句を言いながらも、大事そうに財布を眺めている。

 なんでもこの財布は、去年の誕生日に家族から貰ったものだという。

 

「いい家族だね」

 

「月鹿は?」

 

 エマは財布から目線を上げ、月鹿を見る。

 

「私?」

 

「そう。よく考えたらあたしの話ばっかりだったからさ。月鹿のことも知りたいなーって」

 

 エマは期待に満ちた瞳で月鹿をみている。

 

「私は…」

 

「プレゼントとかで印象に残ってるものとか、愛用してるものとか」

 

 

「特に無いかな」

 

 期待に添えなくてごめんね、と月鹿は困ったように笑いかける。

 

「ご、ごめん。ずけずけと……その、嫌な気持ちにさせたいわけじゃなくて………ごめん」

 

 そう言ってエマは気まずそうに目を逸らす。 

 

「気にしなくていいよ。私、施設で暮らしてて。個人用のプレゼントとかは貰った事がないんだ。でも、憐れむとかはしなくていいよ。毎年みんなでケーキを食べてるし、何年かに一回は、好きなケーキを選ぶ事だってできるから」

 

 だから顔をあげて?と月鹿はエマに笑いかける。

 

「……月鹿の誕生日って、いつ?」

 

 突然、エマが聞いてきた。

 

「え?一応、4月1日って事になってるけど…」

 

 質問の意図は分からないが、とりあえず月鹿は正直に答える。

 

「好きなケーキは?」

「えーっと、ケーキだと苺が乗っているやつとかかな」 

 

「…ケーキ、好き?」

「え?うーん…正直に言うと、あんまり…あ、でもスポンジのケーキよりはタルトとかの方が好きかも」

 

 それがどうしたの…?と月鹿はエマを見る。

 

「じゃあお菓子。お菓子で好きなものは何?」

「お菓子?…お菓子で好きなのは…和菓子とかかな。いちご大福とか。時々こっそりと買うんだよね」

 

 山田から貰ったお釣りが溜まった際、ごく稀にお菓子類を買う事がある。前に、コンビニでいちご大福を買った事があった。その時、月鹿はこれほどまでに美味しいものがこんなに近くにあったのかと、とても驚いたのだった。それ以来、他の和菓子類も含めて時々食べるようになった。

 たかだか数百円と言っても、月鹿にとってはそれなりに大金だ。だから頻繁に食べるわけにもいかず、いちご大福は極々稀に食べることのできるスイーツのひとつ、くらいの感覚だった。

 

 

 月鹿の返答を受けたエマは、少しだけ考える素振りをした後、何かを決心したようにすくっと立ち上がった。そして一言、ちょっと待っててと言い残して、何処かへ走り去って行ってしまった。

 

 

 数分後、エマが戻ってきた。手には、先程は無かったビニール袋が握られている。


「ごめん、待たせたよね」

 

 エマはそう言うと、ベンチの上に袋を置き、中から小さな何かを取り出した。

 

 エマは取り出したそれをーー今し方コンビニで買ってきたのであろういちご大福を月鹿の横に置いた。そして何故か蝋燭ーーコンビニに売ってる、神仏用のものーーを取り出し、一本を手に持った。

 

「何、してるの…?」

 

 月鹿はそう尋ねる。エマはにこりと笑いかけ、呪文を唱えた。

 

「プリズム」

 

 エマがそう唱えると、指先から細い光が伸び、蝋燭の芯へと収束した。やがて芯は赤く染まり、小さな火が灯る。

 

「ちょっと遅いけど」

 

 エマは蝋燭を片手に持ち、月鹿に向き直る。

 

「ハッピーバースデー、月鹿。助けてくれて本当にありがとう。これからよろしくね」

 

 エマは照れくさそうに微笑む。

 

「これって…」

 

「知り合ったばかりでどうかとも思ったんだけどさ、やっぱりちゃんとお礼はしたいし。だからこれは誕生日プレゼント兼お礼!受け取ってくれると嬉しいな」

 

「蝋燭は…こんなのしか無かったけど、普通のよりも大きいし…14本分ってことで、勘弁してよ」  

 

 ごめんね…とエマは困ったように笑いかけた。

 

 

 月鹿は目を丸くして、目の前の大福と蝋燭を見つめていたが、すぐに笑って、エマに向き直る。

 

 そして笑顔で一言、こう言った。

 

 

「ありがとう」

 

 そう言って笑う月鹿の笑顔は、いつものそれとはどこか違っていた。

 

 

 

 あの記憶の残滓が、胸の奥に色濃く残っていた。

 こちら、エイプリルフール回になります。と言っても、別世界線の話などというわけではなく、ガッツリ本編の補完話ですね。時系列としては4話の後、エマと月鹿の雑談の最中に月鹿が思い出した回想から始まるお話です。この話の出来事が本編に直接関係してくることはありませんが、そんなこともあったんだと心の片隅にでも置いておいて貰えるととても光栄であります。次回投稿はX(旧twitter)でも告知した通り第2日曜日、つまり4月12日になります。これからも「crescent」をよろしくお願い致します!

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