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crescent  作者: Luna
第1章
12/19

6-1「偶然」

 孤児院「つばめの園」に住む月鹿(るか)の朝は早い。毎朝5時に起床し、着替えなどの準備を済ませたら厨房で先生達と一緒に朝食の準備を始める。7時に子供達を起こし回って、月鹿を含む子供達13人全員が食卓に着いたら朝食を食べ始める。

 平日は8時につばめの園を出発、約5分後に中学校到着。16時に帰宅し、すぐに夕飯の支度の手伝いに取り掛かる。

 18時に夕食、19時からは夕食の後片付けや明日の仕込みをし、それが終わるのが大体いつも21時過ぎ。他の子達はみんな小学生以下ということもあり、21時を過ぎたあたりから月鹿もみんなと一緒に歯を磨いたり、子供達の寝る準備を手伝ったりする。

 月鹿の部屋には風呂が別についており、月鹿はいつもそこで身体を洗っているため、その場では月鹿自身は歯を磨くだけで、後は幼い子供達の着替えの手伝いや寝る前の絵本読みなどをして過ごしている。

 21時半から学校の宿題を始め、22時に風呂に入る。月鹿はあまり湯船にゆったりと浸かるのが得意ではないので、大抵は30分もしないうちに風呂から上がり、髪を乾かした後はようやく自由時間がやって来る。

 

 他の子供達は3人で1つの部屋を使っているのだが、月鹿は1人で一部屋を使わせてもらっている。しかもその部屋には風呂や洗面台も付いており、食事以外は一切部屋から出なくてもある程度生活できるようになっている。髪を乾かしたあとは大抵絵を描いたりちょっとした工作をして過ごし、大体1時間半後、作ったものをベットの下に入れてから就寝する。これが退魔師になる前の月鹿の1日だった。退魔師になってからは夜に出歩くとはいえ、睡眠時間は今までと大して変わっていない。毎日たった3時間しか寝ていないことになるが、慣れれば案外どうってことない。筈なのだが…


 

「そして…お姫様は…王子様と…末永く……………」

 

「ねーたん?」

「るかねぇ?」

「あー」


 ぺしぺし


「…!?ごめんね、えっと、王子様が口を近づけると、お姫様は『くさい!』と目を覚まし…」

「そこもうよんだよー」

「ぅえ!?本当に?えーっと」

「おしろまでよんだー」

「ありがとう、こほん。では気を取り直して、そしてお姫様は王子様に別れを告げ、空に浮かぶお城の中で7人の巨人達と共に、ひつじは王子様と共にかまくらを作りながら、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 月鹿は絵本を閉じて子供達を見る。


「どうだったかな?面白かった?」

「つまんなかったー」

「よくわかんなかったー」

「おちゃほしいー」

「うー!」

「はい」

「ありがとー」


 子供達は好き勝手に喋っている。この本は、彼らが月鹿に読んでほしいと持ってきた絵本なのだが、その内容は彼らにとって面白いものではなかったらしい。月鹿はそうだね、と微笑みながら手に持った絵本を見る。表紙の中央には『おひめさまとそらとぶおしろ』と書かれており、文字の後ろには大きな空を飛ぶ城が、そして地上には城を見上げる姫とひつじ、こちらを見てしたり顔を浮かべるやたらキラキラとした王子(ホログラム仕様)と七色の毛のアヒルが描かれている。正直に言うと月鹿自身、音読しながら眠りかける程度には、この物語が面白さが理解できないでいた。


「ねえ、この本って、この前みんなで本屋に行った時に買ったやつ?」

「しらなーい」

「そーなの?」

「前みんなが本屋さんいった日はね、ぼくがびょーきしてた日だよ!」


 どうやら、この本をいつどこで誰が買ったのかを知っている者は、今この場にはいないらしい。月鹿はそっか、と言いながら絵本を本棚に返そうと立ち上がる。


「ふぁぁ…」


 月鹿が立ち上がるのと同時に、大きな欠伸が零れ出る。


「ねーたんねむい?」


 それを見ていた男の子が月鹿に聞く。


「え?あ、ううん。大丈夫だよ。ごめんね、心配してくれてありがとう」


 月鹿はそう言って男の子の頭を優しく撫でる。


「ほんとに?」

「本当本当。ほら、元気いっぱいだよ!」


 月鹿が体を大きく揺らして元気なことをアピールすると、男の子はぱっと目を輝かせて月鹿を見る。


「じゃあさ、おにごっこしよ!ねーたんが鬼ね!」

 

 

 …………………………。


「………え!?」

 バサッ


 布団の上から飛び起きた月鹿はベッドの横に置いてある時計を見る。時計の針は21時に差し掛かろうとしているところだった。絵本を棚に戻した後、数時間子供達の相手をし、夕飯の支度を始める前に少し仮眠を取ろうと部屋に戻って来たのが15時過ぎ頃。30分くらい昼寝をして夕飯の支度に取り掛かるつもりが、どうやら5時間以上も寝過ごしてしまったらしい。月鹿は急いで部屋を出ようとドアの前まで歩いて行く。


「………………。」


 月鹿は、ドアノブに手をかけそうとした体制で数秒の間固まっていたが、何事も無かったかのように扉を開けた。

 


「すみません。寝過ごしてしまって…。それと部屋の前に夕食を置いて下さってありがとうございました。美味しかったです」


 月鹿は厨房にいる先生に感謝の言葉を言いながら、自分が食べた夕食の皿を洗う。


「どういたしまして。でもお礼を言うべきなのは私達の方よぉ。いつも沢山手伝ってくれてありがとうねぇ。とっても助かってるわぁ」


 40代くらいの女性の先生が、洗い終わった食器類を片付けながら月鹿に言う。


「いえ、こちらこそ、いつも有難うございます。遠藤先生の料理はとても美味しいです」


 月鹿は先生に微笑みながら礼を言う。


「もう、月鹿ちゃん、いつも言ってるわよねぇ?ふたりきりの時は、私のこと」

「有難うございます。芳子(かおるこ)さん」


 月鹿の言葉に、遠藤芳子はにっこりと微笑む。


 

 片付けが終わり、遠藤は機嫌良く微笑みながら紅茶の茶葉を取り出す。


「ねぇ月鹿ちゃん、良かったら少しお茶していかない?いい茶葉が手に入ったのよぉ」


 そう言って彼女は沸かしてあったお湯をポットに注ぎ、2人分のカップと菓子を机に置く。


「すみません、今日はもう…」

「このお菓子、前に月鹿ちゃん美味しいって言っていたでしょ?わたし、少し高いけど頑張っちゃったのよぉ」

「………ありがとうございます。頂きます」


 うふふ、と遠藤は椅子を二つ近づけて片方の椅子に座り、横の椅子をぽんぽんと叩く。月鹿が座ると、彼女は満足気に体を寄せて様々なことを話し始める。

 

 


 ぼふん

 彼女の長話は24時を回った頃にようやく終わった。明日も早いから早く寝なさいよぉ、と言う呑気な言葉と共に。月鹿は部屋に戻った瞬間、ベッドに飛び込んだ。今日はもう疲れたから、早く寝よう。そう思って目を閉じているのに…




 眠れない。変な時間に寝てしまったから?それとも、ついさっきまで飲んでいた紅茶のせい?月鹿は、数時間前まで感じていた眠気がすっかりどこかへ行ってしまっていることに気がついた。目を閉じ続けるのすら苦痛に感じてしまうほどに、月鹿の目は覚めてしまっていた。

 

 


 このままではいけない事くらい、月鹿だって分かっている。昼間は忙しいのだから、夜にしっかりとした睡眠を取らないと、体がもたない。もうとっくに慣れているとはいえ、ただでさえも、万年睡眠不足であることに苦しめられて来たのだ。こんな生活を続けて体が持つ筈が無い。月鹿だって頭では分かっていたのだ。分かっていた、つもりだったのだが…

 

 

 バタッ


「月鹿!?月鹿大丈夫!?!?」

「大変だ、星守さんが倒れた!」

「誰か先生を呼んで!!!」

 


 

「……………。」


 ピンク色のカーテンに囲まれた、真っ白な天井が月鹿の視界に映る。月鹿は首だけを動かして辺りを見渡す。どうやら月鹿は、長いカーテンに囲まれたベッドの中で横になっているようだった。

 

「おや、目が覚めたかい?」


 カーテンの向こうから無駄にいい声をした男性が語りかける。


「ここは…」


「ここは、勉学に励む生徒達の苦しみを癒す憩いの場。そう、保健室さ」


 ファサッと、カーテンの向こうにいるチャラいジジ…50代中頃くらいの中年男性が、赤みがかった茶色に染めた髪の毛を振り払う音が聞こえる。


「保健室…」

「君は、2時間目が終わった後の休み時間に突然倒れたんだよ。それで君の友人方が先生達と共にここまで運んできたのさっ」


 サッ。


 姿こそ見えないが、月鹿は、右手でこめかみを抑えて斜め上を向きながら語っている彼の姿が容易に想像ができた。


「目を覚ましてくれて安心したよ。ところでカーテンを開けてもいいかい?カーテン越しだと話しづらいからねっ」


 トンッ。クルクルクル。


「はい。大丈夫です」


 月鹿がそういうと、ピシャッと音を立ててカーテンが開かれる。右手でカーテンを開いた男性は、月鹿の想像通り、少しのけぞった体制で足をクロスし、額に左手を当てて、右手をカーテンがまとめられた方向に差し出しているという、音も無いのに五月蠅さがひしひしと伝わってくる体制で固まっていた。


「ありがとう、そして大丈夫かい?痛むところがあれば、遠慮なく教えておくれッ」


 バッ。サッ。


 このやたらと動きのうるさい男性は一応、この学校でただひとりの保健室で働く先生だ。彼は、いつもこんな調子で大変喧しいが、生徒からの人気は意外に高い。生徒から本名で呼ばれているところは見たことがなく、ナルシのおっさん、ナルちゃん先生、ナルジジイ等の愛称(?)で呼ばれ、沢山の生徒から慕われている。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ほら、この通り、元気です!」


 月鹿は上半身だけ起き上がらせて腕を振る。


「そうかッ、それなら良かった!君にはふたつの選択肢がある。ここに残るか、教室に戻るか。君が選んでくれて構わないが、無理だけはするな。間違っても、長居するのは良く無いなどという馬鹿げた遠慮だけはしないでくれたまえ」


 彼は月鹿のいるベッドの傍で膝を付いて手を差し出す。


「ありがとうございます。私、教室に戻ります。突然倒れたこと、みんなも心配しているだろうし」

「ふむ、分かったよ。またしんどくなったら遠慮なくここに来てくれたまえ。私は何時でもここに居るからね」


 バサッ


 月鹿がベッドから降りようとした時、先生は手を差し出してきた。月鹿はありがとうございますと例を言って手を取り、ベッドを下りる。彼の熱い視線(?)に見送られながら、月鹿は保健室を後にした。

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