第9話 誰が渡すか
「救護所の入口の横に、配給の机を出す。診察の列とは分ける」
ミリアは紙の端を押さえたまま言った。
「名簿に載っていない人は、そこで仮に登録する。名前と家族の数と、今どこにいるか。登録した人には札を渡して、その日の分だけ先に配る。正式に名簿へ載ったら札を回収する」
クラウディアはペンを持ったまま、ミリアの指の先を見ていた。
「入口の横は空き地になっているの。荷車も置ける。粉挽き小屋の中には入らなくていい」
「札は誰が作るの」
「救護所の木札がある。患者の順番に使ってるの。色を変えれば分かる」
「渡した分は」
「札の裏に印をつける。同じ札で二度は受け取れない」
クラウディアは紙に書き足した。救護所横に仮登録の受付。木札。札の裏に受取印。
評議員の何人かが、こちらの話に耳を傾けているのが分かった。
「場所と札はいいわ」
クラウディアが顔を上げた。
「でも、その机に誰が座るの。救護所の人手は今でも足りていない」
「私が座る。最初は顔を知ってる人が多いから」
「あなたは診察もするのよ」
「診察の合間に」
「合間に机へ座れば、その間は診察が止まるわ」
「じゃあ訊くけど」
ミリアはクラウディアの紙を指で叩いた。
「正式の登録を待ってる人は、今日の夕方どうするの。あなたの手続きで明日には載るとして、今夜の分は?」
「救護所の予備から出せる量には限りがあるわね」
「だから札が要るの。昨日の三人、脈が細かった。あと一日待たせたら、下の子は粥も飲み込めなくなってたかもしれない」
「札で配って、受け取りが崩れたら?」
クラウディアのペンが止まった。
「一人が二度受け取る。家族の分だと言って三度受け取る。誰が何を持っていったか分からなくなったら、八日分は六日でなくなるわ。そのとき列に並んでいるのは、あなたが今日助けた人たちよ」
「分かってるよ、そんなこと」
言ってから、ミリアは自分の声が尖っていたのに気づいた。
クラウディアはすぐには返さなかった。ペンの先を紙に置いたまま、少し間を置く。
「……ええ。知ってる」
ミリアは紙から指を離した。評議員の誰かが椅子を軋ませた。
「札は要る」
クラウディアが先に言った。
「でも札を扱う人も要る。あなたを机に座らせたら、今度は診察の列が止まる」
「……うん」
「受付は市がやるわ。配給所の係から二人回す。誰を出すかは今日のうちに決める。札の扱いは、あなたが教えて」
「最初の日だけは私も机にいる。顔を見ればどこから来た人か分かるから」
「最初の日だけよ」
「最初の日だけ」
クラウディアは対案の紙に最後の一行を書いた。受付は市の係が担当。
* * *
昼の鐘の後、会合が再開された。
議長が対案を読み上げた。名簿にない者には救護所の横で先に配り、引き渡しまで市の係が行う。魔王側の係官は立ち会うだけとする案だった。
イゼラは最後まで黙って聞いていた。
「よく考えられた案です。救護所で先に配るのは、とても良い」
視線がミリアに向いた。褒められているのに、少しも嬉しくなかった。
「ですが、登録の承認と引き渡しは私どもの係官が行います。最初に申し上げたとおりです」
「なぜそこだけ譲らない」
ローゼルが訊いた。
「誰が配ったかを、人は覚えるものだからです」
イゼラはそれだけ言って、茶碗に手を伸ばした。
ミリアは卓の下で手を握った。隣でクラウディアが姿勢を正した。
「なら答えは一つね。誰に渡すかを決めるのは、この街よ」
「それでは麦はお渡しできません」
イゼラの声は最後まで穏やかだった。
* * *
評議員の一人が、卓に手をついて腰を浮かせた。
「五日分だぞ。門の外にあるんだ。それをみすみす」
「分かっとる」
議長が遮った。白髪の頭を一度だけ振る。
「分かっとるが、この街で誰に食わせるかを他所の係官任せにはできん。対案はこのままとする」
腰を浮かせた評議員は、しばらく立ったままでいた。それから黙って座った。
イゼラが立ち上がった。随員が書類をまとめる。
「残念です。麦は境界まで持ち帰ります」
戸口で、イゼラは一度振り返った。
「境界の検問所の手前に、受入所を開きます。ここから街道で半日ほど。そこで私どもの名簿に登録していただければ、どなたにでも麦をお渡しします」
「安全通行は今日の日没までだ。帰りは守備隊が送る」
ローゼルが言った。
「ご親切に」
イゼラは軽く頭を下げて出ていった。
* * *
南門の外で、荷車が一台ずつ向きを変えていった。
ミリアは門の内側からそれを見送った。麦袋を積んだ荷車が街道へ戻っていく。門の内側に集まった人々は、さっきより静かだった。
「受付の二人、今夜のうちに決めておくわ」
隣に立ったクラウディアが、前を向いたまま言った。
「明日の朝、救護所の横に机を出す。あなたは木札を用意して」
「今日の夕方の分は?」
「救護所の予備から出して。足りない分は配給所から回す。倉庫番にはもう言ってあるわ」
ミリアは横を向いた。クラウディアは門の外を見たままだった。
「いつ言ったの」
「休憩の間に」
ミリアは何か言おうとして、門の向こうに目を留めた。
荷車の列とは逆の方角から、守備隊の兵が二人、若い男を両脇から支えて歩いてくる。男は片足を引きずっていた。服の裾が黒く汚れている。
「怪我人です! 外周の見回りで見つけました。荷運びの列から逃げてきたらしい」
兵の一人が叫んだ。
「魔王領の者です。拘束します。ですが、まず手当てを」
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