第4話 止まった港
五台の馬車がすべてこちらの岸へ渡りきると、避難民たちは道の端で荷を積み直し始めた。
クラウディアは御者頭から積荷の記録を借り、たもとの石に腰かけて読んでいた。降ろした荷を五台へ積み分け直すには、どの馬車に何がどれだけ積まれていたかを知る必要がある。そう言って借りた。嘘ではない。
「お嬢さん、本当に助かりました」
顔を上げると、子ども三人の母親が深々と頭を下げていた。後ろには御者頭と、例の老人もいる。
「私は荷を置く場所を決めただけよ。礼なら聖女に」
「聖女様にはさっき言いました。そしたら、あの人に言ってって」
母親が指さした先で、ミリアが腕を腫らした男の布を巻き直していた。目が合うと手を振ってくる。
押し付けられた。
「荷を軽くする順番を決めてくれたから、馬車が動いたって。聖女様がそう言ってました」
「わしらは持ち上げることしか考えとらんかったからのう」
御者頭が頷いた。
こういうとき、どういう顔をすればいいのか分からない。予算を削ったときに向けられる顔なら慣れている。礼を言われるときの顔には慣れていなかった。
「……そう」
ミリアがこちらへ歩いてきた。
「ちゃんとお礼言われた?」
「あなたが押し付けたんでしょう」
「押し付けてないよ。本当のことを言っただけ」
得意げな顔だった。クラウディアは老人に向き直った。
「なら半分はあの子に返して。子どもを歩かせるなと言ったのも、腕を痛めた人を外したのも、あの子よ」
老人は目を丸くして、それから笑った。
「なら半分ずつじゃな。聖女様、ありがとう」
「え、あ、はい」
ミリアの耳の先が赤くなった。クラウディアは記録の束を持ち直した。少し気が済んだ。
* * *
母親たちが馬車へ戻っていくと、クラウディアは改めて記録を開いた。
紙の束は三種類あった。家財の覚え書き、宿場の通行証、そして港の積荷証。最後の一枚に灰門港務所の印が押されている。
「これは港の書類ね」
訊くと、御者頭は頷いた。
「わしらは灰門の手前の村の者で。冬越しの粉を港に頼んでおったんですが、その受取証です。粉は来なかった」
「来なかった?」
「船が一隻も入らんのです。もう十日近く」
クラウディアは積荷証の日付を確かめた。発行が十二日前。受取予定日は九日前。その欄に赤い字で「入港見合わせ」とある。
手元の報告では、灰門行きの便は三日遅れていることになっていた。報告を出したのは上流の中継港だ。向こうで船が待たされている日数しか書いていない。
「港の人は、理由を何と?」
「水門が動かんと。直るまで船は通れんと。それで村の衆は、親戚のいる神殿領まで行くことにしたんです。粉がなけりゃ冬が越せん」
積荷証を握る指に力が入っていた。クラウディアは紙を膝の上で平らに伸ばした。
「ミリア」
「うん?」
「予定を変えるわ。今日は宿まで行く。そこは変えない。でも明日の朝は休憩なしで灰門に入る。着いたら私はまず港と倉庫へ。あなたは救護所へ。昼までに互いの見たものを持ち寄る」
「分かった」
ミリアは迷わず頷いた。
「栗の餅は?」
クラウディアは一瞬だけ目を閉じた。
「……峠の茶屋の前は通るわ。休憩はなし。買うだけなら」
「買うだけでいい!」
「ダリオ。さっきの車輪の泥、少し取っておいて。素手で触らないように」
「もう瓶に入れてあります」
ダリオは小さな薬瓶を掲げた。中の泥は瓶の内側に張りついたまま、まだ乾いていない。
「灰門に着いたら、詳しい人に見せます」
「お願い」
クラウディアは積荷証を書類箱にしまった。恋愛小説の上に重ねることになったが、気にしている余裕はなかった。
避難民の列を見送ってから、一行は橋を渡った。さっき車輪が落ちた割れ目を、馬が一頭ずつ慎重に越えていく。
灰門には、避難してきた人も含めて三千人がいる。その街の港に、十日間、外から一粒の粉も入っていない。倉庫にあと何日分残っているのか、クラウディアはまだ知らなかった。
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