第29話 説明は昼食のあとで
選別倉の中は外より少し涼しかった。
天井の高い建物で、端から端まで長い台が並んでいる。台の上を籠が滑っていき、両側に立った人たちが中身を分けていく。大きい芋は右の箱、小さい芋は左の箱、傷のあるものは手前の桶。手が止まらないのに誰も慌てていなかった。
「市内に入る作物はほとんどここを通ります」
案内してくれたのは倉の監督をしている男だった。四十くらいで、腕まくりした前腕に古い火傷の痕がある。ザリカが紹介すると、監督は帽子を取って頭を下げ、すぐにかぶり直した。
「畑ごとに着く日をずらしてありますので、台が空く日がありません。昔は収穫の時期だけ人を集めて冬は倉を閉めていました」
「冬に閉めなくなったのはいつから」
「豊穣環が入って三年目です」
クラウディアは台の端に立って籠の流れを見た。籠には木の札が下がっていて、札の色が畑を示しているらしい。同じ色の籠が続けて来ることはなかった。
「札の色の順番は誰が決めているの」
「毎朝、私が。前の日に入った量を見て」
「着く荷車の順番も?」
「それは荷車組合と相談して……ああ、市場の入口で道が分けてあったでしょう。あれも同じ相談で決めました」
初日に馬車から見た荷車の列だった。入る車と出る車が別の道を使っていた。
「あれはあなただったのね」
「私だけではありませんが」
監督は照れたように火傷の痕を掻いた。
クラウディアは台の反対側へ回った。芋を分けている女が一人、こちらを見て会釈した。六十に近いだろうか。指の節が太い。
「冬もここで働いているの」
「ええ。前は冬になると孫を連れて、親戚の家を回っていました。今は孫も学び舎に通っています」
女はそう言いながら傷のある芋を一つ桶へ落とした。手元を見ないで落としていた。
ミリアが女の隣にしゃがみ込んで桶の中を覗いていた。
「傷のあるのはどうするんですか」
「煮込み用に食堂へ安く回すんですよ。捨てるものはほとんどありません」
「じゃあ歓迎の席の豆の煮込みも」
「あれは豆ですから、別の倉です」
女が笑った。ミリアも笑った。
* * *
倉の奥に帳場があった。
壁一面に棚があり、帳簿が日付順に並んでいる。監督が一冊を抜いて開いてみせた。入った量、出た量、残った量。字は小さいが、行が揃っていた。
クラウディアは帳簿をめくった。一年前の同じ月と見比べる。入る量は倍近い。出ていく量も、ほとんど同じだけ増えている。残る量は増えていなかった。
「倉に溜めずに全部外へ出しているのね」
「溜めると傷みますので」
クラウディアは帳簿を閉じて監督に返した。
「次は荷車組合の詰所も見たいわ。それから選別の札の色の一覧と」
「クラウディア」
袖を引かれた。
ミリアが帳場の入口に立っていた。
「お昼」
「まだ途中よ」
「監督さん、朝からずっと案内してくれてるんだよ。お昼食べてないって」
クラウディアは監督を見た。監督は慌てて手を振った。
「いえ、私は」
「さっき、お腹鳴ってましたよね」
ミリアが言うと監督は口を閉じた。ザリカが手帳で顔を隠していた。
「……昼食を取りましょう」
クラウディアが言うと監督の肩がわずかに下がった。
* * *
倉の脇の食堂は働く人たちでいっぱいだった。
長い卓の端に詰めて座ると煮込みの皿が出てきた。芋が入っている。どれも少しずつ形が悪かった。
「さっきの桶の芋だ」
ミリアがうれしそうに匙を入れた。
クラウディアは煮込みを一口食べてから隣の監督に向き直った。
「荷車組合と相談するとき、どちらが先に案を出すの」
「説明は昼食のあとで」
ミリアが言った。クラウディアの皿の横にパンを一切れ置く。
「食べ終わったらいくらでも聞いていいから」
「食べながらでも聞けるわ」
「聞けるけど、監督さんが食べられないでしょ」
監督が笑いをこらえて煮込みを口に運んだ。
クラウディアはパンを取った。それからしばらく黙って食べた。芋は柔らかく、よく味が染みていた。
ミリアが匙を止めてこちらを見た。
「さっきの、すごかったね」
「何が」
「荷車の道。初日に見ただけなのに、あの監督さんが決めたって分かったでしょ。あの人、今日いちばん嬉しそうだった」
クラウディアはパンをちぎった。ちぎってから、何を言うつもりだったのか分からなくなった。
「……分かったわけではないわ。訊いたらそうだっただけ」
「訊こうと思うのがすごいんだよ」
ミリアはそう言って自分の煮込みに戻った。クラウディアはちぎったパンを皿に置いたまま、しばらく手をつけなかった。
* * *
食後、クラウディアは監督に二つだけ質問をして、荷車組合の詰所は帰ってから見ることにした。宿へ戻ると、荷物が玄関に揃えてあった。
ダリオが部下の二人に指示を出し、荷車に積んでいく。宿の主人が奥から紙の包みを抱えてきた。紐のかかったテッサの包みだった。
「お預かりしていたお品です」
「ありがとう」
クラウディアは受け取って包みの角を確かめた。潰れていない。自分の鞄を開け、書類の束の上にそっと載せた。
「そこに入れるの?」
ミリアが覗き込んだ。
「荷車の荷は途中で下ろすこともあるでしょう。手元にあれば失くさないわ」
「書類より上なんだ」
「書類の上なら包みが潰れないでしょう」
ダリオが荷車の脇から声をかけた。
「出られます。リュネまでは半日です。日が落ちる前には着きます」
案内役の青年が先頭の馬に乗り、荷車と馬車が続いた。市場の通りを抜けると道の両側に畑が広がり始めた。
どこまでも青かった。
ミリアが窓から身を乗り出した。
「全部、畑だ」
「頭を引っ込めなさい」
クラウディアは膝の鞄に手を置いた。中の包みが、馬車の揺れに合わせて小さく動いていた。
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