第28話 一回だけのはずでした
屋台通りの入口でミリアが足を止めた。少し後ろを歩いていたダリオと部下の一人も、人の流れをよけて立ち止まった。
輪投げの屋台だった。斜めに立てた板に木の杭が何本も打ってあり、杭の根元に景品が並んでいる。小さな人形、色の付いた硝子玉、木彫りの独楽。いちばん奥の高い杭に、布で作った鳥が一羽ぶら下がっていた。
黄色い胴に短すぎる緑の羽。目は左右で大きさが違っていて、嘴が少し曲がっている。
「あれ、欲しい」
「あれを?」
クラウディアは思わず聞き返した。
「かわいいでしょ」
「目の大きさが違うわ」
「だからかわいいの」
ミリアはもう屋台の主人に銅貨を渡していた。輪を三つ受け取り、狙いを定めて投げる。
一つ目は手前の杭に当たって跳ねた。二つ目は板を越えて後ろの幕に落ちた。三つ目は鳥の杭の根元まで届いたが、輪が杭にかからずに転がった。
「惜しい!」
「惜しくないわ。輪の向きが毎回違うのよ。手首で投げているから輪が回りながら飛んでいく」
「じゃあどう投げるの」
「肘から押し出すの。輪を水平にしたまま」
ミリアは銅貨をもう一枚出した。言われたとおりに肘から押し出す。一つ目と二つ目は杭の間に落ちたが、三つ目は水平に飛んで、鳥の杭の二本手前にきれいにかかった。景品は木の独楽だった。
「……当たった」
「狙ったところには当たっていないわね」
ミリアは主人から独楽を受け取ると、そのままクラウディアの手に載せた。
「じゃあお手本見せて」
ミリアが空になった両手をこちらへ向けていた。屋台の主人も輪を三つ揃えて待っている。
クラウディアは自分の銅貨を一枚出して輪を受け取った。肘から押し出せばいい。理屈は分かっている。
輪は水平に飛び、鳥の杭を大きく越えて屋台の幕を揺らした。
「……風よ」
「吹いてないよ」
二つ目は手前の杭に当たった。三つ目は自分でもどこへ飛んだのか分からなかった。主人が幕の裏へ拾いに行った。
「もう一回」
クラウディアは自分の財布を開いていた。ミリアが袖を押さえた。
「待って。いくらまでにする?」
「いくら、とは」
「決めとかないと二人ともずっと投げるよ」
そのとおりだった。クラウディアは財布の中を見て銅貨を数えた。
「あと六枚。二人で」
「三枚ずつね」
クラウディアの三枚は、独楽をもう一つと硝子玉を一つ取って終わった。鳥の杭には一度もかからなかった。
ミリアは二枚を使い切っても鳥に届かなかった。最後の一枚を握ったまま、じっと板を睨んでいる。
屋台の主人が口ひげを撫でながら声をかけた。
「お嬢さん。あの鳥は輪の手前の縁を、杭に当てるつもりで投げるんだ。真上から落とそうとすると羽に引っかかって跳ねる」
「手前の縁」
「そう。奥じゃなくて手前」
ミリアは銅貨を渡して輪を三つ受け取った。一つ目は羽に当たって跳ねた。二つ目は杭の手前に落ちた。
三つ目を構えたまま、ミリアは少し長く息を吸った。肘から押し出す。輪は水平に飛び、手前の縁が杭に当たって、くるりと回ってから根元へ落ちた。
主人が鐘を鳴らした。
「取ったあ!」
ミリアが両手を上げて跳ねた。主人が杭から鳥を外して手渡すと、ミリアはそれを顔の前に掲げた。目の大きさの違う鳥が間近で見るとますます間抜けな顔をしていた。
「見て。クラウディアの助言のおかげ」
「助言したのは店主よ」
「肘から押し出すのは、クラウディアが言った」
クラウディアは上着の物入れに入れた独楽を指で転がした。二つあった。どちらも欲しくはなかった。けれど捨てる気にもなれなかった。
* * *
屋台通りの奥は食べ物の店が並んでいた。
ミリアは揚げ菓子の店の前で止まり、焼いた腸詰めの店の前で止まり、蜜をかけた果物の店の前でも止まった。全部の店で何かを買い、全部の店で半分をクラウディアに渡した。
「自分で食べなさい」
「一人で食べると次の店に入れないの」
「計画的ね」
「でしょ」
クラウディアは渡された揚げ菓子を齧りながら、通りの店を眺めていた。その中の一軒で足が止まった。
小さな屋台だった。台の上に硝子の壺がいくつも並んでいる。壺の中には乾いた茶葉が詰まっていた。黒に近い葉、緑の細い葉、花びらの混じった葉。立て札には、祭りの間だけの先行売りと書いてある。
屋台の女主人が湯の入った小さな杯を差し出した。
「南の斜面の秋摘みです。お試しにどうぞ」
クラウディアは杯を受け取った。香りを確かめ、一口含む。渋みの奥に焼いた栗のような甘さがあった。
「これ、どこの農園の」
気がつくと壺の前に屈み込んでいた。
「クラウディア」
後ろからミリアの声がした。
「蜜の果物、もう一本買ってくるね。これ持ってて」
手の中に布の鳥が押し込まれた。ミリアはもう果物の店の列に並んでいた。
クラウディアは片手に杯、片手に鳥を持ったまま、茶葉の壺の前に立っていた。女主人が鳥を見て、それからクラウディアの顔を見た。
「かわいい鳥ですね」
「……私のではないわ」
「そうですか」
女主人は笑って次の壺の蓋を開けた。
* * *
通りの真ん中の広場で楽隊が鳴り始めた。
昨日の歓迎で聞いたのとは違う、速い曲だった。若い男女が輪になって踊り始め、子どもたちがその周りを走り回っている。
ミリアが果物の串を二本持って戻ってきた。一本をクラウディアに渡し、代わりに鳥を受け取る。
「茶葉、買った?」
「最終日にまた来るわ。今日は見ただけ」
「見ただけであんな顔するんだ」
「どんな顔」
「本屋にいるときの顔」
クラウディアは答えずに懐から懐中時計を出した。夕方の視察打合せまで、まだ一刻半ある。宿までは歩いて四半刻。
時計の蓋を閉じた。
「もう少し歩きましょう」
ミリアが目を丸くした。
「クラウディアから言うの、初めてじゃない?」
「打合せまで時間があるからよ。余った時間を宿で座って過ごすのはもったいないでしょう」
「うん! まだ行ってない店あるし」
ミリアは鳥を胸に抱え、串の果物を齧りながら楽隊のほうへ歩き出した。クラウディアはその後ろについていった。踊りの輪の手前でミリアが振り返って手招きした。
お読みいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク・評価・リアクションをいただけると嬉しいです。
Xでも更新情報などを発信しています。
よろしければこちらもフォローいただけると嬉しいです!
https://x.com/st_shosetsu




