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悪女と聖女は、世界を救う方法で喧嘩する  作者: 白川 透


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第27話 似合うかどうかを聞いています

 テッサの店は南の通りの角にあった。


 間口は狭いが奥に長い。壁の棚に巻いた生地が並び、天井から吊るした針金に仕立て上がった服が何着も掛かっていた。窓際の作業台では、十五、六の娘が裾の糸を抜いている。春から入った手伝いの子だろう。


「いらっしゃいませ。ザリカさんから聞いています」


 出てきたのは三十前くらいの女だった。袖を肘までまくり、首から巻尺を下げている。テッサと名乗ると、ミリアの肩から足元までを一度だけ見た。視線は聖女の服の飾りには止まらず、肩の線と袖口のところで一度ずつ止まった。


「普段着ですね」

「はい。聖女の服じゃないやつ」

「なら動きやすいほうがいいでしょう。こちらへ」


 ミリアは吊るされた服の間を歩いた。生成りの上着、若草色の胴着、裾に小さな刺繍の入った青いスカート。触ってみるとどれも柔らかい。


 一着を体に当てて振り返った。


「これ、どう?」


 クラウディアは服の裾を指でつまんでいた。


「縫い代が広いわね。あとで出せるようにしてある」

「似合う?」

「この糸、撚りが強いわ。洗っても縫い目がほつれにくい」

「似合うかどうかを聞いてるの」

「生地は良いと言っているのよ」


 ミリアは服を戻し、次の一着を当てた。クラウディアは襟の裏を返して縫い目の始末を確かめた。三着目ではボタンの付け方を褒めた。


 テッサが作業台の向こうで巻尺をくるくる巻き直していた。


「お連れの方。服じゃなくて着ている人を見てあげてください」


 クラウディアの手が止まった。


「……見ているわよ」

「縫い目しか見ていませんでした」


 クラウディアは襟から手を離し、ミリアの前に立った。


 今度は本当にこちらを見ていた。顔、肩、手。それから吊るされた服の列へ目を移し、迷わずに一着を抜き出した。


 くすんだ赤の上着だった。丈が短く袖口が少し広がっている。合わせるように生成りのスカートも取ってきた。


「これを着てみて」


 奥の仕切りで着替えて出てくると、テッサが「あら」と小さく言った。手伝いの娘も糸を抜く手を止めてこちらを見ている。


 ミリアは姿見の前に立った。赤が思っていたより明るく見えた。顔色まで良くなったようだった。


 クラウディアは腕を組んで少し離れたところから見ていた。


「……似合うわ」


 それだけだった。


「それだけ?」

「似合うと言ったでしょう」

「どこが似合うとか、ないの」

「色よ。白い服だと服のほうが先に目に入るの。赤だと顔が先に見える」


 ミリアは姿見の中の自分をもう一度見た。顔が先に見える。そういう褒め方をされたのは初めてだった。


「……もう一回言って」

「言わないわ」

「顔が先に見えるってところ」

「言わない」


 ミリアは姿見の前で一回転した。スカートの裾がふわりと広がった。


「じゃあ次はクラウディアの番」

「私は見に来ただけよ」

「私だけ着るのはずるいよ」


 テッサがもう吊るしの列から一着を外していた。深い緑の上着で、仕立ては細身だった。


「この方ならこちらだと思います。肩が真っすぐなので、線のきれいな形が合います」

「二人がかりは卑怯よ」


 クラウディアはそう言いながら上着を受け取った。


 仕切りから出てきたクラウディアは姿見の前に立たなかった。裾を引っ張り、袖の長さを確かめ、それから鏡ではなくミリアを見た。


 ミリアは手を叩いた。


「格好いい!」


 クラウディアの眉が動いた。


「肩のところ、すごくきれい。緑もいつもの紺よりずっと似合う。いつもより三つくらい若く見える」

「……三つ若く見えるのは褒めているのかしら」

「褒めてる。全部褒めてる」


 クラウディアは何か言い返そうとして口を閉じた。袖口のボタンを一つ留め直した。もう留まっていたボタンだった。


「袖、少し詰めますね」


 テッサが巻尺を手に寄ってきた。クラウディアは黙って腕を伸ばした。


 二人とも自分の分は自分で払った。


 直しには一刻かかるという。テッサは待つ間にと、奥から茶を出してくれた。手伝いの娘が二人の服の裾を台に広げ、テッサが袖に印をつけていく。


「明日からご視察だそうですね」


 針を動かしながらテッサが言った。


「リュネ村へ行くの」

「リュネ」


 テッサの手が止まった。


「母がリュネにいるんです。この店も、もとは母の店で。私が継いでから、母は向こうで畑をやっている兄の家に戻りました」

「お母さん、祭りには来るの?」

「来てほしいと手紙を出しました。返事はまだです」


 テッサは作業台の下から包みを一つ取り出した。紙に包んで紐をかけてある。


「母に仕立てた服なんです。去年も一着送ったんですけど、もったいないって言って一度も着てくれなくて。箪笥にしまったままだって、兄が」


 ミリアはクラウディアを見た。クラウディアも茶碗を置いて包みを見ていた。


「それ、届けようか」

「え」

「明日、村へ行くから。渡して、ちゃんと着てもらう」

「着てもらうところまでは約束できないでしょう」


 クラウディアが言った。


「でも、渡すことはできるわ。祭りへの招待も口で伝える」


 テッサは包みを抱えたまま二人を交互に見た。それから深く頭を下げた。


「お願いします。……着たら似合うって言ってあげてください」

「言うよ」

「言うわ」


 二人の声が揃った。手伝いの娘が糸を抜きながら笑いを噛み殺していた。


* * *


 昼前にザリカが店へ迎えに来た。


 ミリアが包みのことを話すと、ザリカは手帳を開いて一行書き込んだ。


「村の方への届け物ですね。案内の者にも伝えておきます。荷物は宿で預かっておきましょう」


 直し終えた服を受け取ると、二人とも店の奥で着替えた。


 通りへ出ると日が高くなっていた。屋台の準備をする人たちが木槌の音を響かせている。ミリアは赤い上着の袖を一度撫でた。隣を歩くクラウディアは、緑の上着の裾を何度も引っ張っていた。


「似合ってるってば」

「知っているわ」

「じゃあ引っ張るのやめなよ」


 クラウディアは裾から手を離した。それから少しして、また引っ張った。

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