第26話 その畑も見せてください
昼食会の卓は端から端まで皿で埋まっていた。
焼いた根菜に香草をまぶした鶏。赤い豆の煮込み。薄く切った白い乾酪が花びらのように並べてある。パンは三種類あった。
隣のミリアはもう二皿目に取りかかっていた。
「こちらの豆はリュネの畑のものです」
ザリカが卓の向こうから身を乗り出した。
「秋の初めに一度だけ採れる豆で、皮が薄いので一晩水に浸けなくても煮えるんです。この街では祭りの前の週にこれを煮る家が多くて。うちの祖母は干し肉と一緒に煮ましたが、市場の南側の家は乾酪を落とすのが普通で、どちらが正しいかで毎年」
ザリカはそこで口を閉じた。
「……失礼しました。話が長くなりました」
「長くないよ。乾酪のほう、どこで食べられるの?」
ミリアが訊くと、ザリカの顔がぱっと明るくなった。クラウディアは豆を一匙すくった。皮が薄い。確かに浸けずに煮えそうだった。
卓の上座で供給局長のベリオ・ラスケンが立ち上がっていた。
五十前後の、穏やかな顔の男だった。上着は仕立てがいいが袖口が少し擦れている。客の間を回り、一人ずつに声をかけていく。
「ヨルクさん。干し杏の店、新しい棚は間に合いましたか」
「おかげさまで。局長が組合に口をきいてくださったから」
「娘さんの店も祭りの屋台を出すんでしょう」
「ええ、ええ。今年は二台です」
干し果物の店の主人は何度も頭を下げた。ベリオは笑って次の卓へ移っていった。
クラウディアはその背中を目で追った。相手が自分から話したくなることを先に訊いている。帝都の役所にも、こういうことのできる人間は何人もいない。
干し杏の主人はまだ嬉しそうに隣の客と話していた。豊穣環が入ってから仕入れが倍になったという。主人は指を折って増えた品の名前を一つずつ挙げていた。
ベリオが二人の卓へ来た。
「帝国からのお客様をお迎えできたのは、外交窓口の皆さんのおかげです。ご無理を聞いていただいた」
「こちらこそ招いていただいて」
帝国の外交部が出した許可には条件が三つついていた。灰門の件の調査は、この訪問とは別に続けること。護衛を連れて行くこと。通行と帰り道を保障させること。三つ目の書類には魔王領側の署名が二つ入っている。
「供給の様子をご覧いただきたいのです。帝国の方にこの街のやり方を知っていただきたい」
「ぜひ見せていただきたいわ。市内の設備と、それから供給元も」
「供給元、と申しますと」
「畑よ。豊穣環を使っている畑と、その調整をしている施設。数字は帳簿で見られるけれど畑は帳簿に載らないもの」
ベリオは少しだけ間を置いた。
「私も畑の近くで暮らしている人たちに会いたいです」
ミリアが匙を置いて言った。
「市場の人たちはみんな元気そうでした。畑の人たちもそうなのか知りたくて」
「もちろんです」
ベリオはすぐに頷いた。
「リュネ村がいいでしょう。市街に一番近い供給村で、この街の店の半分はどこかで村とつながっている。調整所も村の近くにあります」
「調整所の設備はどのくらいの間隔で手を入れているのかしら」
クラウディアが訊くと、ベリオは笑みを崩さずに答えた。
「年に一度、収穫が済んでからです。……そういえば今年は一部の区画で、生育が揃わないところがあると聞いています。整備の時期が来ているのでしょう。技師に見せれば原因も分かるでしょう。それも含めて見ていただけばいい」
ベリオはそう言って給仕に次の皿を運ばせた。
クラウディアは豆の皿に目を落とした。一部の区画。その言葉だけを覚えておくことにした。
ザリカが手帳を開いた。
「明日は市内の準備が整わないので、ご視察は三日目からになります。市内の設備を午前に、午後からリュネ村へ。明日は夕方の打合せまでご自由にお過ごしください」
「夕方までずっと?」
ミリアの声が少し高くなった。
* * *
昼食会がお開きになると、ミリアは廊下でクラウディアの袖を引いた。
「明日、夕方まで空いたね」
「空いたわね」
「服、見に行こう」
クラウディアは足を止めた。
「中継港で行ったでしょう」
「行ってない。中継港で行ったのは本屋だよ。あなたが続きの巻を探して二刻半いたの」
「一刻半の予定だったわ」
「予定じゃなくて、いた時間の話。出てきたら市は片づけが始まってた」
「……続きの巻はあったのよ」
「知ってる。帰りの馬車でずっと読んでたもん」
クラウディアは口を開きかけた。続きの巻は棚の一番下の段にあって、装丁が二種類あった。どちらを買うか決めるのにそれなりに時間がかかった。そう言おうとして、どれも言い訳にしかならないことに気づいた。
懐から予定表を取り出した。滞在の予定を書き写した紙だった。二日目の欄はまだ白い。
クラウディアは紙をミリアへ差し出した。
「明日の分よ」
ミリアは予定表を受け取ると、廊下の窓枠に押し当てて鉛筆を走らせた。丸い字だった。
服。今度は服が先。
その下に少し小さく書き足してある。
本屋は、そのあと。
「本屋も入れてくれるの」
「入れないと、どうせ途中で探すでしょ」
クラウディアは予定表を受け取り、畳んで懐へしまった。
廊下の先をザリカが手帳を抱えて歩いていた。クラウディアは呼び止めた。
「一つ教えて。この街で腕のいい仕立屋はどこかしら」
ザリカは足を止め、手帳を胸に抱え直した。
「それなら南の通りに一軒あります。母親の代からの店で、今は娘さんが一人で……いえ、この春から手伝いの子が一人入りました。寸法の取り方が丁寧で、生地の仕入れ先もリュネの」
隣でミリアが、クラウディアの懐のあたりをじっと見ていた。予定表に店の名前を書き足したいらしい。
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