第20話 声は私
斜路の上の広場には松明が輪になって立てられていた。
毛布を積んだ荷車が二台。添え木と包帯の箱。湯を沸かす鍋。救護所の見習いと街の救護員がそれぞれの持ち場についている。ミリアが走ってきたときにはもう半分は並んでいた。訓練の日に決めておいた場所だった。
最初の二艘が桟橋に着いたという声が、斜路の下から上がってきた。後の二艘はまだ内水路の途中にいた。
まもなく、松明の列の中を人が上がってきた。介助の要る二人が両脇を支えられて先に来る。毛布の上に下ろされた二人の前にミリアは膝をついた。
一人目は脛が腫れている。折れてはいない。添え木を当てるように見習いに言って、次へ移る。二人目は膝だった。
診ているあいだに後の二艘の人たちが斜路を上がってきた。下で係員が数える声が、二十で止まった。
「受けた!」
ミリアは振り返らずに叫び返した。
新しく下ろされた二人のうち、一人は肩から背中にかけての打ち身。もう一人の若い作業員は足首を押さえたまま歯を鳴らしていた。濡れた服が体に張りついている。
「寒い?」
「……平気です」
「平気じゃない顔だよ」
ミリアは毛布を一枚引き寄せて若い作業員の肩に掛けた。
* * *
広場の外側がざわつき始めた。
作業区に家族のいる人たちが坂の下から集まってきていた。誰かの名前を呼ぶ声がいくつも重なる。毛布の荷車を押しのけるようにして、女が一人、輪の中へ入ってきた。
「うちの人は! ハンスは上がってきたの!」
ミリアは女の前に立った。
「ハンスさんね。あなたのお名前は?」
「……グレタ」
「グレタさん。ここで待ってて。見つけたら、こっちから呼ぶから」
「でも」
「中に入ると、手当ての邪魔になるの。ここで待って。必ず呼ぶ」
女は輪の縁で足を止めた。その後ろにも人が詰めかけている。ミリアは一人ずつ顔を見た。この全部の名前を自分一人で覚えることはできない。
人だかりの中に見覚えのある大きな体があった。洗濯籠の女の亭主だ。隣に女房もいる。
「世話役さん」
ミリアが呼ぶと洗濯籠の女はすぐに人を掻き分けて出てきた。
「待ってる人の名前と、探してる人の名前を聞いて、紙に書いて。上がってきた人の名前は、救護員さんが書く。二つを突き合わせて、見つかったら呼んであげて」
「任せとき」
女はミリアの手から紙と鉛筆をひったくるように受け取った。亭主のほうは何も言われないうちに輪の縁に立ち、詰めかける人を腕で押し留め始めた。
歩ける十六人は、濡れて震えたまま広場の真ん中に固まっていた。
「歩ける人は、隣の人の手を引いて! 救護所の前の火のところまで!」
ミリアが叫ぶと、作業員の一人が隣の男の腕を取った。二人で火のほうへ歩いていく。その後ろの二人も同じように腕を組んだ。
「ハンス!」
輪の縁で女が叫んだ。火のほうへ歩いていた男の一人が振り返った。洗濯籠の女が紙を見て、男の名前の横に印をつけた。
* * *
若い作業員が毛布を肩に掛けたまま立ち上がろうとしていた。
「まだ八人、向こうに」
「知ってる」
「俺、班長が向こうに残ってて。俺が先に乗れって言われて、それで」
若い作業員の声が上ずっていく。足首の腫れた足で斜路のほうへ一歩踏み出しかけた。
ミリアは肩を押さえて座らせた。
「あなたの足は、今、私たちが診てる。班長さんは舟が迎えに行く。あなたの仕事は、ここで座ってること」
若い作業員は口を開けたままミリアを見ていた。
「救護員さん、この人の足首。冷やして、固定。それから話を聞いてあげて」
救護員が若い作業員の隣に膝をついた。ミリアは次の人へ移った。
操作室の方角から、伝令が駆け下りてきた。
舟が出てから何度も往復している若い兵だった。今度は顔色が違っていた。
「保持の連結部を壊されました! トビアスさんが下で見ています」
広場の何人かが顔を上げた。洗濯籠の女が紙から目を離してこちらを見た。
ミリアは手を止めなかった。目の前の男の肩に包帯を巻き終え、結び目を作る。
「それで、どうなるの」
「まだ分かりません。補給官が、受入は続けてくれと」
伝令は来た道を駆け戻っていった。
ミリアは包帯の端を切った。斜路の下の桟橋に空いた舟が二艘、繋がれている。その向こうの作業区の乗降場に、松明が一つ灯っていた。八人が待っている。救護所から送った二人も、そこにいた。
ミリアは次の人の前に膝をついた。
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