第18話 白い灯
鐘は鳴り続けていた。
クラウディアは荷揚げ場からの坂を駆け上がり、高台の操作室へ飛び込んだ。窓の外はもう暗い。水門の向こう、作業区へ渡る橋のあたりに松明の火が乱れていた。
「上流の岸から舟で来た。二十人はいる」
ローゼルが窓際で言った。振り返りもしない。守備兵が次々に戸口へ来ては報告し、また走って出ていく。
「狙いは橋だ。橋脚に何か仕掛けている」
言い終わる前に、窓の外で重い音がした。
松明の火がいくつも傾き、水面へ落ちた。橋の真ん中が沈んでいく。木の裂ける音が、遅れて操作室まで届いた。
しばらく誰も口を開かなかった。
トビアスは計器の前にいた。作業区で若い技師たちに仕上げを割り振ったあと、針を見に一人で操作室へ上がってきたところで、鐘が鳴ったのだという。
「作業区に何人いるの」
クラウディアが訊くと、トビアスの助手が作業の割り当て表を広げた。指で名前を辿っていく。
「技師長を除いて、技師と作業員が二十。警備が六。救護所の方が二人。……二十八人です」
ミリアが送り出した救護員の二人だった。
トビアスは計器の前から離れなかった。針の一本が、目に見える速さで上がっていく。
「主操作部をやられとる。上流の水が上がり始めた」
トビアスは針から目を離さずに言った。
「まもなく主操作部を切り離して、補助の保持に切り替える。そうすれば放水扉はしばらく閉じておける。だが補助は長くは持たん」
「どれくらい」
「切り替えてから十八分。それまでに放水を終える。それより短くなることはあっても、長くはならん」
放水すれば、水は作業区と内水路を呑む。それまでに二十八人を出さなければならない。
* * *
戸口に伝令が駆け込んできた。内水路の桟橋から来たらしく、膝まで濡れている。
「ルイザさんからです。内水路は静か。舟は四艘とも出せる。船頭も揃っています」
続けてもう一人。
「ダリオさんから。乗降場の両岸は守れる。射手を置いて、上流側からの射線を塞ぐ」
クラウディアは二人の報告を聞き終えると、ローゼルの前へ出た。
「訓練どおりの案で行けます。舟四艘で二十人。介助の要る人を先に。戻った二艘で残る八人。放水の合図は、守備長が」
ローゼルは窓の外を見たまま聞いていた。
「条件は」
「岸の援護が途切れたら、舟は引き返す。放水までに戻れない舟は出さない。船頭の判断で戻ってもいい。その三つは、船頭たちとも確かめてあります」
「受入は」
「聖女が。高台の連絡と灯は私が持ちます」
ローゼルはようやく振り返った。トビアスを見て、それからクラウディアを見た。
「承認する。放水を決めるのは私だ。それまでに戻らせろ」
「はい」
階段を駆け上がってくる足音がした。
ミリアだった。袖をまくり、救護鞄を肩に掛けている。救護所から走ってきたのだろう、息が上がっていた。
「作業区に、救護所の二人がいる」
「知ってる。二十八人。今から舟を出すわ」
「受入、私がやる。斜路の上に場所を作る」
「お願い。灯は私が見てる」
ミリアは頷きかけて、戸口で一度振り返った。
「声は私だからね」
「灯は私よ」
ミリアはもう階段を下りていた。
* * *
操作室の窓から、内水路が見下ろせた。
石壁に囲まれた細い水路が、松明の明かりに黒く光っている。手前の安全側の桟橋に舟が四艘、向こうの作業区の乗降場には人影が集まり始めていた。作業区の誰かが、こちらへ向けて灯を振っている。人数が揃ったという合図だった。
クラウディアは窓際の台に、白と赤の灯を並べた。指先が少し震えていた。灯の把手を握ると、震えは止まった。
「切り替えるぞ」
トビアスが言った。若い技師が二人、補助保持の把手に取りつく。
クラウディアはローゼルを見た。ローゼルが頷いた。
トビアスが把手を引いた。床の下で何かが噛み合い、低い唸りが操作室の壁を伝った。トビアスは懐中時計の蓋を開け、針を読んだ。
「今だ」
クラウディアは白い灯を一度、高く上げた。
桟橋の舟が四艘、揃って竿を突いた。舳先が水を割る。松明の明かりの中を、最初の舟が岸を離れていった。
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