3話(アリサ視点)
皇国へ来てもうすぐ二か月が経過する。
この国へ来て初めての皇帝陛下への謁見で示された要求は、婚姻式までに月に二度はベルンハルト様と婚約者としての交流をもつこと、ただ一つであった。無理難題を押し付けられるかと思ったが、あまりにも私にとって都合のいい要求に拍子抜けしてしまった。
皇帝陛下はある程度の自由を許してくださるらしい。私の容姿についても何のお咎めもなかった。
ただ、ベルンハルト様を裏切るようなことがあればその限りではないとはっきりと釘を刺されてしまった。ベルンハルト様も皇帝陛下も私のことをどんな悪女だと思っているのだろうか…
最初のひと月で語学習得に重きを置いた教育を受けたおかげで、通訳なしでも周囲と意思疎通が取れるようになってきた。その後は国の作法や地理、歴史など基本的な教育を受けている。
最近の私の悩みと言えばベルンハルト様の奇行である。
私が屋敷内を移動するときは必ずと言っていいほど、遠くからベルンハルト様に監視されている。何事かと近づけば、すっと逃げられてしまう。侯爵家当主であり騎士団総長なのだからお忙しいだろうに、いったい何が目的なのだろうか…
月に二度設けられている婚約者としての交流の日。
私は意を決して、最近の奇行についてベルンハルト様に質問してみることにした。
「本日もお時間をいただきありがとうございます。ベルンハルト様に会えて嬉しいです。」
「ああ。私も嬉しく思う。」
挨拶をすると、いつも通り定型文が返される。
「本日は午後から雨だそうですよ。私は部屋で刺繍でもして過ごそうかと思うのです。」
「そうか。それはいい。」
話題を出しても、決してそこから話が膨らむことはない。なんなら目も合わせてくれない。
心が折れそうになりながらも、私はベルンハルト様を見上げる。
「本日はベルンハルト様にお尋ねしたいことがございます。」
私が居住いを正すと、ベルンハルト様の肩が少し跳ねたように見えた。
「なにか、あっただろうか?」
ベルンハルト様がようやく私を見る。
「いつも私のことを見ていらっしゃいますよね?近づけば逃げてしまわれますし…私が悪事を働くのではないかと監視されているのでしょうか?」
ずっと疑問だったことを一気に吐き出した。
聞いてしまった…これでもし、そうだと言われたら泣いてしまうかもしれない。
私には皇国を裏切るつもりも、ベルンハルト様を裏切るつもりもないのだ。
むしろ、ベルンハルト様ともっと仲良くなりたいのに…
知らぬうちに目に涙がたまっていく。
「そ、そういった意味ではない!決して監視などしていない!」
ベルンハルト様が慌てた様子で言葉を続ける。
「ただ、アリサ姫が不自由をしていないか確認していただけなのだ。信じてほしい…」
そう言うと、ベルンハルト様は肩を落とした。
あらぬ疑いを掛けられていたわけではなかったと安堵したが、次の疑問がわいてくる。
「では、なぜ話しかけたら逃げてしまわれるのですか?この交流の場でもあまりお話してくださいませんし…なにか至らぬ点があれば教えていただきたいのですが…」
不安な心が抑えきれず思わず俯いてしまう。
「いや、それは…至らぬところがあるのは私の方だ。アリサ姫に落ち度など一つもない。異国の地で一人、頑張っているアリサ姫を尊敬しているし、信頼している。それだけは信じてほしい。」
その言葉に顔を上げると、ベルンハルト様の真剣な眼差しが私を射抜く。
その瞳には確かに熱があり、言っていることが本心であると伝わってくるものだった。
「では、なぜ…?」
ここで引き下がるべきと分かっていても、理由が知りたい気持ちが抑えられない。
ベルンハルト様のことは何でも知りたい。私はいつからこんな強欲な女になってしまったのだろうか。
一瞬の沈黙の後、ベルンハルト様が口を開く。
「私は見ての通り、こんな容姿をしております。それに年もアリサ姫とは離れすぎている。そんな私に嫁ぐことになってしまって…あまりにも申し訳なく…」
ベルンハルト様の言葉は聞き取れたが、これはこの国特有の婉曲表現だろうか?それにしても意味が分からない。
「ベルンハルト様は素敵です。私はベルンハルト様の容姿を好ましく思っています。年齢差も許容範囲ではないでしょうか?申し訳ないなどと言わないでください。この婚姻は私が望んで引き受けたものですから。」
どこか自信なさげなベルンハルト様に気持ちを届けたいと言葉を尽くす。
「なんと健気な…ありがとうございます。」
ベルンハルト様は表情を緩めたが、なぜか私の意図が伝わっていないように感じた。
その後の会話でも、なるべくベルンハルト様を褒めてみたが、どれもいまいち心に響いていないようであった。
ただ、ベルンハルト様が私を気遣い、尊重してくれようとしているその気持ちは痛いほどに伝わってきた。
その日から不安にさせた詫びだと言って毎日高価な贈り物が私のもとへと届けられるようになった。
そんなに必要ないと何度か言ったが、贈り物が楽しいからやめたくないと言われてしまった。
贈られた装飾品やドレスを身につけると嬉しそうにしてくださるので、私も贈られた品はなるべく身につけるように心掛けた。
最後までお読みいただきありがとうございます。




