ある平民女性の場合
サラは途方に暮れていた。
目の前で突然、両親と許嫁であったヨハン、神女見習いの少女、そしてサラの親友であったカーラとその恋人までもが、首を極限まで長くしてつま先立ちという、奇妙に全身伸びあがった状態で苦しそうに呻き始めたのだ。なんの真似なのか、さっきまで話をしていただけだというのに。
まるでこの一瞬のうちに天井から何かに吊り上げられているような。
(そんな馬鹿なこと)
気持ちを落ち着かせるように、エプロンのポケットの上からそっと手を添える。
ポケットの中には数日前、聖女様から直々に貰った聖獣が描かれたお守りの絵が入っていた。
この国の第二王女様。朗らかな陽だまりのような笑顔が眩しい清らかな心を持つ天真爛漫なお人柄の聖女様。
噂通りサラのようなただの平民にも優しく接し、サラの抱える苦悩を少しでも取り除けるようにと話を親身に聞いてくれた。
そして別れ際に祈りを込めたお守りをくれた。
“もし、どうしようもない苦難の瞬間が来たら、この絵を思い出して”
そんな優しい言葉と共に。
女神様の眷属である三柱獣の一角、聖獣ヨルムンガルト。玉虫色の鱗を持つ恐ろしくもどこか艶美な佇まいの大蛇が悪虐を尽くす化け物をその長い尾で絞め上げている。
目の前の彼等とどこか重なる構図に少しだけだが気の抜ける思いだった。しかし、
(一体どうしてこんなことに……)
サラはこの数年の間に起きた、目まぐるしい日々の出来事を思い返していた。
§尾尾尾尾尾尾尾尾尾§
サラが生まれ育った故郷は王国の中でも最東端に位置する。
創世神話でも登場する霊峰・カブイア高山の広大な裾野、その大部分が深い森林地帯となり、その先に開墾された住民数百人程度の田舎の集落である。
しかしひとつだけ、どの地方にもない特色がある。
宝剣・ディラキエフがこの地には眠っているのだ。
カブイア高山の中腹には普段からドゴルという草食で大人しい三つ目の偶蹄類が生息しているのだが、数十年に一度の周期で凶暴化・巨大化する突然変異が起こる。昔からこの現象を魔獣化と呼んだ。
この魔獣化したドゴルは普段の生息地を離れ人里を襲うため討伐が必須となるのだが、魔獣化の影響で皮膚が鋼より頑丈となり普通の武器では倒すことが不可能、また高位魔術師の扱う攻撃魔法でも効果は軽微だった。
そこで大昔女神様の力をお借りして造られたという宝剣・ディラキエフでのみ討伐が出来ると言われている。
普段、宝剣はカブイア高山の山頂にある祠に祀られているのだが、ひとたびドゴルが魔獣化すると宝剣の持ち主を定める儀式が行われる。
宝剣・ディラキエフが自ら持ち主を選び、選ばれた者は“カブイアの勇者”という称号を手にし、ドゴル討伐の任を得る。この地方に生まれた子供なら誰もが一度は夢見る憧れの英雄だ。
数年前ドゴルの魔獣化が確認され、宝剣の持ち主を選ぶ儀式が執り行われることとなった。
近隣の村や街から我こそはと腕に自信のある若者たちが集まり、選定の儀が始まった。
サラの幼馴染で許嫁でもあるヨハンもまた『どうせ選ばれる訳ないだろうけど』なんてぼやきつつ儀式に挑んだ。そして、まさかまさか選ばれてしまったのだ。
“カブイアの勇者”に。
ヨハンの家族はもちろん、小さい頃からお隣さん同士で家族同然に過ごしてきたサラの両親も大いに喜んだ。
けれどサラはヨハンが心配でならなかった。
ヨハンはもともと荒事が苦手な温和な性格で、街の自警団に所属しているが日頃は事務仕事などを主に引き受けており、前線には滅多に出ないのだとか。
“どんな悪者でも誰かを傷つけるような真似はしたくない”
臆病者、偽善者、そんな風にヨハンを嘲る者もいるが、サラはそんなヨハンのことが大好きだった。
その心優しいヨハンが“カブイアの勇者”に選ばれるなんて。
ヨハンの同僚である自警団の仲間が数人“勇者一行”に加わると志願した。
サラはあまり面識がない人たちだったが、自警団でも指折りの精鋭らしく実家も村の権力者の家ということで頼もしいとヨハンは嬉しそうだった。
そして、村の神殿から治癒魔法の使い手という神女見習いが派遣された。
田舎では珍しい透き通るような銀髪の美しい少女、ヨハンと同い年の19歳で名前はミア。
彼女は隣町出身の平民とのことだったが、親友のカーラが入手した噂によると、とある貴族様のご落胤だとか。
かくしてヨハンを中心として集いしメンバー“カブイアの勇者一行”はドゴル討伐の旅に出た。
魔獣化したドゴルは千を超え、観測史上類を見ない規模の大繁殖。また出現範囲も今までになく広大なようで“カブイアの勇者一行”は例を見ない苦戦を余儀なくされた。
既に深刻な人的被害も報告されているため“カブイアの勇者一行”の活躍は人々の最大ごとの関心となり、その活躍は逐一村に伝わり誰もが我がことのように歓喜した。
なかでもヨハンと神女見習いミアの話題がよく上った。
勇者と彼の傷を治す献身的な治癒魔法の使い手、どんな危機も二人で支え合い乗り越えていく……それはどこかお伽話のように人々の脳裏に思い描かれたのだろう。
段々と人々は、ヨハンとミアの、勇者の旅を通じて紡がれていく恋物語を夢想するようになった。
旅に同行した自警団のメンバーたちからもそうした話題が提供されたのが大きかった。
彼らは口々にミアを褒めたたえた。屈強な男でも震え上がるような危険な旅に必死で同行し、傷つく者がいれば自分が倒れそうになっても治癒を施す、まるで聖女のような娘だと。
また、勇者ヨハンがミアの事を誰より優先して守っていることも。
旅のメンバーがどこか自虐を交えてヨハンとミアがいかにお似合いの関係であるかを切々と語っていた、と言いにくそうに教えてくれたのは自警団内に恋人がいるカーラだった。
“この旅が無事終われば、2人はいずれ結ばれるのでは?”
そんな噂が広がるようになってから、徐々にサラは周囲の人たちから距離を置かれるようになっていった。
鉱石細工職人の見習いとして勤めている工房の卸先である商会の人々や、顔なじみの近所の人たちもよそよそしくなり、家族ぐるみの付き合いであったはずのヨハンの家族からも交流が極端に途絶え、遂にはサラの両親に“二人の許嫁の話はただの口約束だったよな?”などと冗談交じりで言われたという。
確かに正式な取り決めも婚約の誓いもしていない、単なる口約束といえばそれまでかもしれない。
けれど、小さな頃から互いに将来夫婦になると認識していたし、ヨハンの両親からも将来の嫁の扱いを受けて、親族の集まりや祝い事の際にはいつもヨハンの家の者として呼ばれた。ヨハン本人とも恋人同士として過ごしてきたというのに。
(毎日お昼のお弁当だって私が作ってた。二人で暮らす家だって……お互いの家族もみんなでどこにするかって話してたじゃない)
ほんの少し前まで当たり前にあった日常が、まるで夢か幻のように崩れ落ちていく気がする。
そんな中、ヨハンがミアを庇って大怪我を負ったという衝撃的なニュースがもたらされた。
ミアの十日以上に渡る必死の献身の甲斐あって、なんとか一命は取り留めたとも。
サラの周囲の誰も、ヨハンの容態を教えてくれることはなかった。危篤状態であったという許嫁の情報を、故意にサラには伏せていたのだ。というより、その頃には完全にサラとその家族は村から孤立した存在として無きもののように扱われていたのだろう。
全ては“カブイアの勇者”となったヨハンと、彼に健気に寄り添う神女見習いミアが結ばれる事を願い。
いつの間にか、サラはヨハンに纏わりつく性悪な許嫁として二人の仲を邪魔する悪役のような立ち位置にされているらしい。
“ウチもね、本当は親からサラとはもう付き合うなって言われてるんだけどね”
そんな言葉と共にカーラが教えてくれた。
これまでも、いつだってヨハンの動向を逐一詳細に教えてくれていたのは親友のカーラだった。
ヨハンと同じくらい幼い頃からの幼馴染で親友だと思っていたが。
サラは胸が詰まりそうになりながら、
“もう、無理しなくていいよ。いままでありがとう”
なんとかそれだけを伝えて、カーラとは別れた。それ以来交流は途切れた。
サラの両親も、当初は周囲の人たちの変わりように憤っていたが、最近ではサラがいなければこんな扱いを強いられなくて済むんじゃないか、そんな話を夜中にこっそりしているのを聞いた。
(私がいなくなれば)
ふと考えが頭を過る。しかし、全ては周囲の人たちからの話で肝心のヨハン本人の気持ちを聞くことは出来ていない。
どれほど理不尽な態度を周囲に取られても、親友や両親にすら見放されていても。否、だからこそ、サラだけはヨハン本人の気持ちが知りたかった。
(こんな状況で……真実を何も確かめないままヨハンを諦めていいの?)
本当にミアの事が好きになったのか?サラとの許嫁の関係を、将来夫婦になる約束を忘れたのか?
藁にも縋る思いだったのかもしれない。でも、サラにとってヨハンという存在は簡単に諦めきれるものではなかった。
大人しくて、争いごとが苦手なヨハン。
小さい頃は村のいじめっ子たちからサラが庇ってあげていた。
男らしくないことをコンプレックスに感じていた。けれどサラはそんなありのままのヨハンが好きで、それを伝えると嬉しそうに微笑んでくれた。ネガティブな言動が減り、前向きな性格になっていった。
“いつかサラを守れる男になりたいんだ”
そう言って、周囲の反対を押し切り自警団にまで入った。回された部署は事務仕事が主な裏方だったけれど、応援したくてお昼のお弁当を作ってあげたいと申し出たらこちらがびっくりするぐらい喜んでくれた。
いつもきれいに完食したお弁当箱に一輪の花を添えてくれた。路傍に咲く野花ではあったが、サラは嬉しくてそれらを押し花にしたりドライフラワーにしたりポプリにしたり、今でも全て大切にとってある。
二人の過ごした歳月の中に取り立てて派手な出来事はないかもしれないけれど、そうして日々小さな喜びを積み重ね、信頼を構築して誰よりもかけがえのない存在となっていったのだ。
確かにヨハンが“カブイアの勇者”に選ばれてから、サラは安全な場所からヨハンの無事を祈ることしか出来ていない。
金銭的な支援が出来る程の経済的余裕はなく自作のお守りを手渡した程度だし、何度か自警団経由でヨハンに宛てた手紙も出してはいるが返事はない。もしかしたら煩わしいと思われているのかもしれない。
(ただ無事を祈るだけの許嫁なんて……確かに勇者となったヨハンには釣り合わないかもしれない、けど)
それでもサラはただ一心にヨハンの無事の帰還を願い待ち続けた。両親をはじめ村のほとんどの人間が言外にサラがこの村から姿を消すことを望んでいたとしても。針の筵のような日々に惨めだろうと必死でしがみついていた。
そんなサラを唯一見放さなかったのは職場の工房主である親方夫妻だけだった。
“お前の作ったお守りを付けてるんだから、絶対にヨハンは帰ってくる”
旅に出発する直前、サラがヨハンの無事を祈り作成した瑪瑙のブレスレット。
悪しきものから守ってくれ“破邪”の特性を持つと言われる銀瑪瑙。二人の結婚のためにとサラが貯めていたお金の大半を使って譲ってもらった大変希少な鉱石であったが、ヨハンの無事には替えられないと無茶をした。
幾度か親方の手も借りつつ初めてサラの手で作り上げられたブレスレットに託した思いを、親方夫妻だけは正しく理解してくれていたのだと思う。
かくしてヨハン率いる“カブイアの勇者一行”は魔獣化したドゴルを全て殲滅し、無事故郷の村へと帰ってきた。
一行の凱旋は近隣から押し寄せた人々も加わり、大地を揺らすほどの歓声に包まれた。サラも遠くからその光景を泣きながら見つめた。
そのまま出迎えた領主に報告をし、豪勢な祝賀会が行われたと聞いた翌日、ヨハンとミアの婚約が華々しく村中に伝えられた。
サラにはヨハンの両親から“これ以上ヨハンの許嫁などと言って二人の邪魔をするのはやめて欲しい”と、いくらかの金を積まれて懇願された。
同調するようにサラの両親も“このままでは居づらいだろうから遠くの地にでも引っ越したらいい”と他人事のように告げられた。
サラは何かを言い返す気力が湧かなかった。
家族と思っていた人たち。実際に血の繋がりだってあるというのに。純粋に“家族”と思っていたのはサラだけなのかもしれない。
これ以上惨めになるのがいやで、金は受け取らず慌ただしく旅立つ支度をした。
翌日には最低限の荷物を持って、職場であった工房の親方夫妻にだけ挨拶をしに行った。2人は周りの仕打ちに我が事のように怒ってくれた。
“このままじゃ済まさない”と親方が憤怒してくれた。それだけで十分だった。
けれど旅立つ直前、最後に一瞬だけでもヨハンに会いたいという思いを堪えきれず、人々の噂話に聞き耳を立てサラはヨハンの行方を追った。
彼は自宅に帰っていた。久しぶりに間近に見たヨハンはほんの数か月会ってない合間に少し精悍になった気がする。
その瞬間、それまでの我慢し続けた気持ちが弾け飛んだように衝動的にヨハンの前に出ていた。
『ヨハン……!』
しかし、ヨハンはひとりではなかった。美しい銀髪の娘と手を繋いで寄り添っていた。凱旋のとき遠くから見た。間違いない、彼女がミア。
ヨハンはサラとの再会に一瞬目を見張ったが、すぐさま嫌なものを見たように顔を歪め、
『信じられない、よくも僕の前に顔を出せたな』
嫌悪に塗れた言葉に、サラは目の前が真っ暗になった。
この地を離れると周囲の強要に逆らえず決めたとはいえ、ヨハン本人はサラの事を変わらず想ってくれている、とどこかで愚かにも期待していたのかもしれない。
直接会う事さえできれば全ての憂いは晴れると、そんな夢みたいな事を。
けれど、これが現実なのか。あの大人しく温和なヨハンから忌み嫌う人間を前にしたような目で睨みつけられるなんて。
疑問も反論も全てはうまく言葉に出来ず。それでも、サラは粉々に砕け散った心の中からただ一つだけ浮かんできた想いを口にした。
『ヨハンが無事で、よかった』
途端にくしゃりと歪んだ表情に耐えきれず、サラはその場を逃げるように立ち去った。
それが、サラの故郷での最後の出来事だった。
あれから、サラは親方の紹介を頼って訪れた土地で新たな生活を送っている。
故郷とは正反対の西方にある辺境の港町。
慣れないことは多いが、幸い仕事先は親方夫婦の遠縁にあたる工房に就くことが出来た。見習い職人も多く抱える大所帯の工房であったため職人寮があり、雇用と同時に入れてもらえた。路銀が底をつきそうだったので本当に助かった。
別れの挨拶の際、行く宛がないならここへ行けと手紙を託してくれた親方夫婦には感謝してもしきれない。
最初の一年程は故郷でのこともありうまく他人と関われず淡々と仕事をこなすだけの日々を送っていたが、故郷にはなかったこの地の大らかで陽気な風土と人々に囲まれ、徐々にだが周囲と交流を持てるようになっていった。
やがて無事一人前の職人として認められ生活も安定し、寮を離れ新たに居を構えてから半年ほどして、彼はやって来た。
“君の大事な人たちが誤解を解きたいと探している”
突然訪ねてきてそんな訳のわからない事をいう男は、故郷のあった東方地域を中心に刊行している新聞社の記者を名乗った。どうやらサラの行方を追ってここまで辿り着いたらしい。
当初、サラは今更振り返るつもりもない過去のことと取り合うつもりもなかったが、記者の男は何度もサラの元へ足を運んだ。
“君の怒りもわかる。けれど、どうか彼らが今どんな状況に立たされているのかだけでも聞いて欲しい”
深刻そうに何度も懇願され、半ば折れるような形で語られたのは、サラが故郷を離れてから約2年の間に起きた出来事だ。
魔獣化したドゴル討伐を見事果たしたヨハンたち“カブイアの勇者一行”は、故郷で盛大な歓待を受け村の英雄として讃えられた。
しかし、程なく王宮から使者が訪れた。ドゴル討伐の成果と魔獣化が完全に鎮静化したのかを調査する王命を受けた査察団だ。
査察団は、ヨハンたちが討伐したドゴルの数が過去の記録と比べてあまりにも多いことを指摘した。
これは当初の観測からわかっていた事であり、事前に王宮へ報告が上がっていたことではあるが、その原因が何であるかを究明する必要があると査察団は強調した。
ここ最近の気候や天災、作物の収穫状況など様々な観点から調査が行われたがこれまでの魔獣化の時との目立った差異は見つからず。そこで次の調査対象となったのが魔獣化したドゴル討伐を指示した領主である男爵家、それと実践した“カブイアの勇者一行”だった。そして調査が進むにつれてある疑惑が浮上した。
討伐したドゴルは本当に全て魔獣化していたのか。
神女見習いのミアの治癒魔法の腕は本当に評判通りであったのか。
“勇者ヨハンが所持していたはずの銀瑪瑙のブレスレットの行方を捜して欲しい”
そんな投書が査察団に届けられたのがそもそもの発端であったという。
サラがヨハンに渡した銀瑪瑙のブレスレット。本来なら平民が持つには分不相応な高価で希少な素材である。
かつて討伐の旅の途中でヨハンが大怪我を負い、何日もミアが祈って一命を取り留めたという話であったが、その際に粉砕した銀瑪瑙のブレスレットこそがヨハンの治癒に大きく関わっていたことが判明したのだ。
“勇者は君に謝りたいと言っている、君のご両親や親友も”
いつも通り予告もなしに訪ねてきた男がそう言って連れてきたのはサラの両親、ヨハンとミア、カーラとその恋人。二度と会う事のないと思っていた人たちだった。
予想もしていなかった状況に驚きを隠せないサラが反応するより先に、まずは両親が涙ながらに言い募った。
「なんて可哀想なサラ……辛かっただろう?村のみんなに追い出されてこんなところまで逃げてきて。でももう大丈夫、私たちが迎えに来たから一緒に帰ろう」
そうして近寄って抱擁でも交わしたそうに腕を広げる両親が、ただただ不気味でサラは距離を取るように数歩後ずさった。
すかさずカーラが両親を遮るように前に出た。
「おばさんたちは勝手よ!最後まで守るべき肉親のくせによくそんな白々しいこと……ごめんね?サラ。わたし、あなたの親友なのに親や周りに強要されてサラの傍から離れちゃって。心の中ではいっつもサラの傍にいたのよ?」
寄り添う恋人であろう男も「どうかカーラと仲直りしてほしい」とサラに懇願した。無言で見返すばかりのサラに、今度はヨハンが不安げに口を開いた。
「サラ……あの、色々と互いに誤解があったみたいなんだ。僕も最近になって真実を聞かされてとっても混乱してる。でも、まずは君の境遇をどうにかしないとって、こうしてみんなで来たんだ」
「……境遇?」
気まずげなヨハンに変わるように、ミアが涙を溜めながら切々と訴えた。
「村の人たちがあなたを寄ってたかって除け者にして、こんな遠い僻地に追い出したことだよ!……たったひとりぼっちで辛かったでしょう?悲しかったでしょう?でももうこんな惨めな生活に耐えなくてもいいの!私たちが来たから」
「あなたたちは、一体なにを言ってるんですか……?」
小さくて低く掠れた声だった。けれど普段のサラからは想像もつかないような怒りを孕んだ声音に、皆の動きがピタリと止まる。
サラはずっとこの状況を理解できなかった。
顔見知りであるはずのひとたち。親友や家族ですらあった人たちだというのに、今目の前にいる彼らが得体のしれない気味の悪い存在にしか思えない。
そもそも、彼らは何を言いたいのだろう。
誰もがまるで他人事のようにサラを可哀想だとか、誤解があったとか言っているが、彼らは当事者だったはずだ。
親友であったカーラの方から、サラとの付き合いを止めたいといったのであり、村から出ていくよう促したのは他でもない両親だ。
誤解があったというヨハンだが、その誤解の内容すらサラには見当もつかないものであり、会話すら拒絶して問答無用で罵倒してきたのはヨハン自身だ。
なにより、そうしてこの地へやって来て生活しているサラの置かれた環境も心情も何も知らないくせに、まるで救済に来たというスタンスでいる彼らが本当にわからない。
確かに記者を名乗る男から色々と当時の話を聞かされて、ここ最近サラは様々なことを思い悩んでいた。
当時、何も知らずにいたサラの周囲で何が起こっていたのか。どんな思惑が錯綜していたのか。
そうした裏を仮に知っていたのなら、サラは今でも故郷で暮らしていたのだろうか。あのままヨハンと夫婦になっていたのか、なんて。
地元の神殿に慰問に訪れていた聖女様の噂を聞いたのはそんな頃だった。
数日間滞在される聖女様は、悩める者の話を聞く機会を設けてくれると。
サラは誰に相談することも出来ない蟠りを少しでも整理したくて、神殿を尋ねたのだ。
(悩んでたのが、馬鹿みたいじゃない)
サラは一度大きく息を吐いてどうにか気持ちを落ち着かせると、努めて感情的にならないように口を開いた。
「今更何を言いにきたのか知らないけど、故郷に戻る気はありません。私はここで、幸せに生活しています、あなたたちと関わる気はありません」
「サラ!」
「親になんてことっ」
「……父さん、私の親だというならあの頃、どうしてみんなから除け者にされた私に寄り添ってくれなかったの?私がいなくなればいいって話してたのはあなたたちでしょ?」
「っ、そんなつもりは」
気まずげに目を逸らす父親の姿に、サラは虚しさを覚えるが振り切るように前を向いた。
「全ては過去の話。何をどう言っても今の私とはもう関係のないことです。私のことはもう忘れてくれていいから、そっとしておいて」
「それじゃダメなんだ!」
背を向けようとしたサラを遮るようにヨハンが声を張り上げた。
どこか切実な声色にサラは驚いてヨハンを見つめる。久しぶりに再会した彼はどこか草臥れてやつれたような気もする。
「サラ……僕は正直、君のことを誤解していた。あのブレスレットだって本物だとは思ってなかった、けど違った。まさかあんな高価なものを」
「ヨハン……」
「お金を払うよ」
「……え?」
「ブレスレットのお金!作るのにいくらかかった?代金を支払うからアレは君という細工職人に注文して作らせた事にしないか?」
「何、を」
「注文主はミアにして!納品書とか、そういうの君が持ってたって事にしてくれたらいい!そしたら全てがうまくいくんだ!」
サラは力が抜けたように項垂れた。
ヨハンが何を必死に言い募っているのかわからないが、それでもサラには誰に言われずとも確信した事がある。
彼らはサラに謝罪に来たのではない。また自分達のためにサラを都合よく利用しようとしているだけなのだ。
わずかでも、彼らが本当にサラに許しを求めているのか……などと考えてしまった自分があまりにも滑稽に思えた。
(どこまで馬鹿なの?まだ期待してたなんて……)
故郷を離れる時にも感じた、抗うことの出来ない無力感。
今すぐ倒れ込みたくなるような気持ちにうんざりしてサラは顔を上げた。投げやりに見遣ったその先で、彼らが変な格好をしていたのだ。
まるで天井から吊り上げられているような無様な姿を。




