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聖女様がくれたお守り  作者: 中々凡°


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4/4

ある記者の恐怖体験



男は家を飛び出した。

背後を振り返らずただひたすらに走り続け、予め取ってあった宿の自室に転がるようにして駆け込んだ。


バタンッ!

けたたましく音を立てて閉じた扉に寄りかかり、蹲りながらようやく大きく息を吐く。


「な、なんなんだ、なんなんだよアレッ」


“カブイアの勇者”の元許嫁、サラという娘の自宅で見た光景を思い出す。


一瞬の出来事だった。

どこからともなく出現した大きな蛇と思われる無数の尻尾。それらがたちどころにその場にいた人間の体に巻き付き首を締め上げゆるゆると吊るし上げていったのだ。家主であるサラ以外を。


新聞記者である男はあくまで第三者として彼らとは距離を取って話を聞いていたので、いち早く異常を察知し逃げ遂せたわけだが。


「聞いてねぇぞあんな……ただの、ただの無力な平民女じゃなかったのかよっ」


勇者の元許嫁であった娘サラは、どこにでもいる平凡でなんの取り柄も力もない女だった。


“カブイアの勇者”の許嫁であったばかりに排除された、自らを取り巻く現実も思惑も気づく術を持たない、哀れで無力で良い様に利用し奪われるだけのちっぽけな存在。確かにそうだったはずなのに。



全ては魔獣化したドゴルに紛れ乱獲したドゴルの存在を隠すための策略だった。

首謀者はかの地を治める男爵家と地元の神殿長。記者の男もまた男爵に買収された側の人間である。


王国が管理する霊峰・カブイア高山に生息するドゴルは、本来無用な狩猟を禁じられた動物であり、人間に害を及ぼす魔獣化の時のみ討伐対象としての許可が下りる。

魔獣化したドゴルの強化された皮膚が古くから高位武器の素材として高値で取引されることは有名であるが、平常時のドゴルの毛皮もまた一部界隈の人間にとっては古くから垂涎の高級素材であることを知る者は限られている。


平常時のドゴルの毛皮には強い抗魔効果と浄化能力があり、治癒魔法や浄化魔法を行使する聖職者にとってはどんな宝よりも貴重な品物。

数年前に彼の地の神殿に派遣された神殿長は元々中央での権力闘争に敗れ都落ちした男であり、今回のドゴルの毛皮を手土産に返り咲きを目論んでいた。

金と権力の匂いに飛びついた野心家の男爵家当主は神殿長の企みに乗って共謀、メイドに産ませた庶子であるミアを神女(みこ)見習いに仕立て上げ“カブイアの勇者一行”へ紛れ込ませた。


本来ミアに治癒魔法の才はない。神殿長配下の奴隷の少女をミア付きの下女に仕立て、ミアが治癒魔法をしているように見せかけていたに過ぎない。


ミアの本来の目的はシンプルだ。

カブイアの勇者に選ばれたヨハンを篭絡し、()()()()に引き込む事にあった。


勇者一行のメンバーは男爵家の息のかかった家の子息たちであり、魔獣化したドゴルに紛れて平常時のドゴルを間引く役目は叶うが、勇者にそのことが露見すればたちまち計画は破綻する。


当初、金で解決する方法も考えられたがヨハンをよく知る者たちは逆効果であると判断した。

善良を絵に描いたような男。そのため美人局(ハニートラップ)による囲い込みに変更した。


男爵たちの策略はあっけないほど順調に進んだ。


当初危惧していたより勇者に選ばれたヨハンが鈍感であったのも幸いだった。

魔獣化したドゴルの他に平常時のドゴルが討伐されている事に気づいたのも、随分後半になってからのことだ。

ヨハンはカブイアの勇者に選ばれた事で手一杯で、他の事を気を掛ける余裕もなかった。


唯一の障害といえばヨハンの許嫁であるサラだったが、こちらも容易な事だった。


カブイアの勇者ヨハンと彼に寄り添う健気な神女(みこ)見習いのミアの話に村の人間は食いついた。

新聞でも殊更に二人のエピソードを載せ、男爵の息のかかった者たちの噂話によりヨハンとミアの仲を応援する声が大きくなっていくと同時に、ヨハンの許嫁であるサラを邪魔者と感じる空気が肥大化していった。


男爵側として利益を享受する者達が少なからずいたのも要因だろう。

ヨハンの家族にはミアの本当の出自を明かし、二人が結ばれればヨハンは男爵家の一員になることを仄めかせば簡単にサラを切り捨てた。


サラの親友であったカーラは、勇者一行のメンバーの一人と恋人関係にあり、恋人の要請に従ってサラを窮地へ追いやる役目を嬉々として担った。元々サラのことを下に見ており、見下していた相手の恋人が勇者に選ばれたことが気に食わなかったらしい。


サラの両親にしても、ヨハンの両親と内通し事情を理解するとサラ個人を見限ることを早々に決めた。誰もが利己的な都合でサラを見捨てたのだ。


当のヨハンであったが、彼はそもそも旅に出てからほとんど許嫁のサラの事を気にかける事はなかった。

勇者に選ばれた非日常性による高揚に加え、常に献身的で好意を寄せる美しいミアに早々に傾倒していった。サラがヨハンに宛てた手紙は届く前に処分されていたことも一因ではあるだろう。


サラとの訣別を決心させたのは、ヨハンが討伐の最中で大怪我を負った時。

サラの送ったとされる銀瑪瑙のブレスレットが露悪な偽物であり、却ってブレスレットの存在によって危険な目にあった、という周囲の無茶な言い分を鵜呑みにした。その頃、既に完全にミアに気持ちが移っていたヨハンにとっても都合のいい免罪符だったのだろう。サラに詳細を尋ねることすらせず、そのままサラは村を去り姿を消した。


こうして全てはうまく収まったはずだったが、思わぬ人物が動いた。王都で暮らしている前男爵夫人である。


質素倹約こそ美徳とする前男爵夫人と浪費癖のある現当主の不仲は有名な話である。そもそも長年子宝に恵まれなかった男爵夫妻、現当主は親戚から選ばれた血の繋がりのない養子であった。


前男爵夫人は“カブイアの勇者”に元々許嫁がいた事をどこからともなく聞きつけた。許嫁が自分の財産の大半を注ぎ込んで入手した銀瑪瑙をお守りとしてブレスレットにして手渡した事も含めて。


密告したのがサラの働いていた工房主であったのが判明したのは、既に彼ら夫婦が村を出て王都近郊で新たに工房を開いた後の事だった。王国でも一二を争う大商会の手厚い保護を受けて。その為、事実を捻じ曲げようにも工房主に直接接触することは不可能な状況だった。


前男爵夫人は王宮へ今回の“カブイアの勇者”の成果が正当なものであったか調査を求め、どのような手を使ったのか王家は特命を出して査察団を出す事態にまで発展したのだ。


それからの男爵と神殿長は査察団の買収に躍起になった。

王家の命を受けているとはいえ、古来から魔獣化したドゴルの後始末は全て男爵家に一任され、その際の不正は取りこぼしと黙認されてきた慣習がある。そうでなければ保護対象であるはずの平常時のドゴルの毛皮が聖職者に密やかに愛用されていた歴史などあるはずもない。


今回は()()乱獲の数が多すぎた事実はあるものの、査察団側とて神殿との関係性を重視し落としどころを模索している節があった。

誤って平常時のドゴルが少数討伐された、との報告内容に落ち着くよう仕向けることは骨が折れたが可能だった。


あとは前男爵夫人だけである。

彼女一人が声を上げているだけならばいいが、前男爵夫人は社交界の淑女達を味方につけた。


元々許嫁であった女性を捨て、男爵家庶子と結ばれた“カブイアの勇者”


しかも、許嫁が自分の財産を投げ打って勇者の無事を祈り銀瑪瑙のブレスレットを渡していた、というエピソードは大々的に取り上げられ捨てられた元許嫁の同情を買った。対して勇者と男爵家庶子を非難する声が大きくなった。村の者たちすら噂を聞きつけると現金にも過去の自分たちの言動を棚に上げてヨハンやサラの両親たちを糾弾し始める始末。


付随するようにミアの治癒魔法の才能が偽りであったこともどこからか漏れ出てしまい、男爵家は窮地に追い込まれた。この状況を打開するためにはサラを懐柔する他ない、と彼らはここまでやって来たのだ。


サラをよく知る者たちも、ミアや記者の男も彼女の事を簡単に利用出来ると考えていた。


誰にどんなに酷い態度を取られても不平不満を言う勇気もなく、他人を傷つけることすら躊躇って、全てを我慢して甘んじて追放されたなんの力も持たない女。


きっとみんなで会いにいけば泣いて喜ぶ。謝ればすぐ許してくれる。自分たちの思惑通りに()()動いてくれるだろうと。誰もが疑いもしなかったというのに。


「どんな魔術だ、聞いたこともない……あんな、あんな悍ましい」


男はふらふらと立ち上がり、窓際に歩いて行った。

辺りはすでに宵闇に包まれており、うっすらと灯る室内の灯りを背景に、男の青白い顔がぼんやり浮かび上がって見える。


あれからどれだけの時間が経ったのか。()()から彼らは解放されたのか、知る術はない。


「もう、少ししたら、様子見に行くか?」


しばらく時間を置けば、サラの怒りも少しは落ち着いているかもしれない。

このまま手ぶらで帰る訳にもいかない男だったが、あんな得体のしれない仕打ちに巻き込まれるのだけは嫌だった。


「ほんと、間一髪で助かったが、あんな」


ーーホントニ?


「は?」


自分一人しかいない室内を見回す。誰もいない。当たり前だ。

ありえないはずの声が聞こえた気がして、男は何かを振り払うように激しく頭を掻きむしった。


「なんだよっそんなはず!」


首元にスルリ、と玉虫色の鱗が這った。男は目を見開いて窓を見た。先ほどと同じく、確かに男一人しか映っていない窓。

なのにぎりぎりと丸太のように太い尾が首を締め上げていくのを感じる。男は絶叫した。


「やめてくれ!!そんなはずっ」


気が狂ったように腕を振り回したが窓に映ることのない尻尾はそのまま男の抵抗を嘲笑うかのように身体を締め付け吊り上げていった。サラの家で見たもの達のように。



ーー報イハ等シク、皆二ジャナキャ



鈴を転がしたような少女の声が聞こえた。



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