第6話『溶け合う想い』
変人たちです。ティクグは決して悪いやつや犯罪者じゃないです笑
一応王家直属ギルドですから、元犯罪者や政治的に危ない思想を持った奴は入れません。
ファッション変態だと思って多めに見てやってください笑
地下室から出たエレンは、深く息を吐いた。肺の奥の方まで埃が詰まっている気がする。
結局、二時間近くあの地下室に軟禁された。おかげで外の空気が新鮮に感じるし、目がチカチカする。全身に圧し掛かっていた重厚感から解放され、体が軽くなった気さえした。
見れば、リイシャンも同じようにぐったりしている。いや、質問攻めにされた分、リイシャンの方が疲弊しているのかもしれない。加入から僅か数日でこんな目に遭うとは思ってもみなかったのだろう、その表情は疲れ切っていた。
「リイシャン、大丈夫?」
「……はい、何とか。まさかこんなに長くかかるとは思いませんでした……」
リイシャンの言い分ももっともだった。
あの質問――SかMかの質問のことだ――から、ティクグは自身の変態的思考を曝け出し始めた。
『SとMの違い? 簡単に言えば女王様か雌豚かってことだよ。鞭を持って男どもを尻に敷くのか、それとも男どもに縛られて興奮するのか。極端かもしれないけど、世の中の女ってのはSかMかの二種類しかいないし、男の趣向も大いに分かれる。俺? 俺はどっちも好きだぜ? つか、俺は幼女派だからな。幼女なら、SでもMでもいい』
目を爛々と輝かせていたティクグのことを思い出し、エレンは軽くえずいた。
彼の話をオブラートに包んだ上で要約すると、攻撃に徹するか支援に徹するかを聞きたかったのだろう(少なくともエレンはそうであると信じている。むしろ、そうであってほしい)が、あそこまで見事に脱線されると最早何も言い返せない。仕舞いには「お前も幼女好きだよな?」などとあらぬ同意を求められ、返答に困った。
そして、二時間だ。二時間に渡って幼女の素晴らしさと自己思想の壮大さを語られ、危うく洗脳されかけた。第一、魔工学技師が幼児体型の黄金比率を知っていること自体、謎でしかない。
部屋から逃げるように出るとき、ティクグがなぜここにいるのかわかったような気がした。
「でも、腕は確かですよね」
「うん。一生分くらい幼女って単語を聞いた気がするけど」
エレンが引き攣った笑みを浮かべると、リイシャンもそれに合わせて苦笑した。
結果的に、リイシャンの魔具は細杖という形でまとまった。リイシャンが体力的に不安があり、また法獣に突っ込んでいくことに対しての躊躇いがあったことが大きな原因である。
『明日までには仕上げるからよ。そしたらまた幼女について語り合おう』
去り際、ティクグはそんなことを言った。前半部分はいいとして、後半部分は全くもってどうでもいい。語り合ったつもりなど毛頭ない。一方的に聞かされただけだ。さながら、拷問である。
「とりあえず、戻ろうか。レイドット先輩の方も多分、終わってると思うし」
終わってなければ逆に困る。二時間近くもあの二人の間に立って舌戦を繰り広げていたことになるからだ。レイドットのやつれた顔が、何故か鮮明に想像できた。
▽▼▽▼
エレンの不安は杞憂に終わり、舌戦は帰結していたようだ。
彼の服がやや乱れているが、気のせいだろう。
対極の胸板を持つ二人の女性が、お互いに背を向け合い、不満げな顔をしていた。
「よう。どうだった、ティクグは」
開口一番、レイドットはガハハと大口で笑った。
「少し、変わった人でした」
「幼女について、熱い方でした」
リイシャンがやんわりと、エレンがズバリ芯を突く。
レイドットの後ろで、申し訳なさそうな顔をしていたルイが、フンと鼻を鳴らした。
「あいつは変態だ。私は初めて会ったとき、いきなり脱げと言われたからな」
「私は胸のサイズを聞かれた。まな板のルイとは違ってね」
「胸のサイズでしか人の大きさを量れないとは、実に狭い了見をお持ちのようだな」
ご満悦そうに笑みを浮かべるマリーナを、ルイは再度睨みつける。一触即発の空気を察したレイドットが、慌てて話題を逸らしに入った。
「と、とりあえず、魔具の方は何とかなるんだな?」
「あ、はい……細杖ということになりました」
「細杖、ねぇ。属性は?」
「炎、だそうです」
「俺と同じか。こりゃ気が合いそうだ」
レイドットはティクグとは違い、含みのない笑みを浮かべる。心なしか、リイシャンが安心した表情を見せた気がした。知り合ったばかりとはいえ、自分に共感してくれる人間の存在はありがたい。
「それじゃ、二人には渡しておかなくちゃね」
カウンターの棚を物色していた(というよりルイから逃げるようにそちらへ飛んで行った)マリーナが、何かを片手に振り返る。手にしたそれは、棒状の石だった。心なしか、柔和な印象を受ける。
「はい。とりあえず一人二つずつ。新しいのが必要になったらその都度言ってね」
差し出されたそれは、照明を浴びて紅く煌々とした光を放っていた。
「法晶石……」
魔法発動に際し必要な三因子の一つが、エレンの掌にあった。
エレンの視線が、受け取った石に注がれる。何の変哲もない、ただの綺麗な石だ。だがこれが、人類が手にした最後の希望なのだ。これなくして、現在に至るまでの人類の存在はあり得ない。それほどまでに、この小さな石は人類にとって大きな役目を果たすのだ。
法晶石。
文字通り、魔法発動に際し絶対に欠かすことのできない結晶鉱石である。地下深くから採掘される鉱石で、人間の体から放出される《法力》に反応する特異な性質を持ち、それらを制御・収束・調節する力を持つ。言うなれば、法力を御す力を持たない人間の力を正しい方向へと導く拘束具のようなものだ。
紅く光る、半透明の鉱石。
鉱物階級:第四位。法力の収束性に優れ、多くのギルドで重宝されるその法晶石の名は、《紅榴》。
「これが、法晶石なんですか?」
実物を見るのは初めてらしく、リイシャンがしげしげとを見つめている。その無垢な表情には、関心以外の感情は含まれていなかった。戸惑いも、恐れも、何も。
「そうだ。お前の体内の循環する粒子、法力に反応し、魔法発動を促してくれる。もっとも、無限というわけではないがな」
「……学院で一応習ったんですど、どういうことですか?」
これまた純粋さ故の、無粋な問い。ルイは、一拍置いてから言った。
「それぞれの法晶石には、耐久限度というものがある。魔法を一定回数、一定威力以上で使い続けると、法力に反応しなくなり、使い物にならなくなる。これがある以上、私達はある一定の制約を受けていることになるな」
ルイが淡々と述べた事実に、エレンは内心で頷いた。
純度によって階級分けされる法晶石は、その純度に応じて耐久力や色彩が異なる。低ければすぐに壊れ、高ければそれなりの持続力を持つ。エレンとリイシャンが受け取った法晶石―紅榴―は、比較的純度の高いものだった。
(制約の、魔法使いか……)
体内循環物質、法力。
自然界鉱石、法晶石。
人類叡智の結晶、魔具。
これらの三因子が全て揃ったときに初めて、魔法は発動する。逆を言えば、どれか一つでも欠けた場合、魔法は生まれないのだ。それが、人類に架せられた、制約。魔法使い達が負わねばならない、足枷。
不安感が、恐怖心が、急速に肥大化していく。自然、脈拍が速くなった。
これを受け取った以上、もう逃れることなどできない。戦うという選択肢しか、自分には残されていないのだ。
無機質な石が、現実を受け入れろと言っているようで、気分が悪かった。
その気分を噛み殺すように、エレンは手中の法晶石を乱雑に制服の懐へ押し込んだ。
さて、とルイが懐から小さく折りたたまれた羊皮紙を開いてカウンターに乗せ、話題を変える。
「早速で悪いが、お前達の初任務を決めてきた」
法晶石に感心しているリイシャンと、これからのことを案じるエレンに向けて、ルイは平然とそう言った。
自分の耳を疑い、エレン反射的に羊皮紙に目を落とした。黒いシルエットの下に細かい字が並んでいる。エレンにとっては見慣れた――できれば二度と見たくなかった――内容。それゆえ、辟易が嘆息となって表れる。
やはり、現実からは逃げられない。逃げても逃げても、その魔手はエレンを掴んで離さない。
自分で見た光景を否定できるはずがないのに、エレンは訊ねた。
「今……何と……?」
「初任務だ。依頼、といった方が適切かもしれんな。獣人系法獣の討伐依頼だ」
多くの――魔法に精通していない――民は、その無力さ故に多くの問題に直面する。特に多いのが、法獣による被害だ。農作物を食い荒らされ、商人達の積み荷を奪われ、あるいは人が傷害を負わされ、時には命を落とすこともある。籠の鳥である彼らに、法獣に立ち向かう術はない。
それらの問題を、彼らはギルドに押し付けることで解消した。もっとも、一方的ではない。依頼に見合う報酬を支払い、依頼人と請負人という立場が生まれる。双方が得をする関係の完成だ。
だが、しかし、それらの依頼を達成できるのは、それなりの実力を持った者だけだ。エレンのような会得者ならまだしも、リイシャンは魔法のイロハも知らない、まるっきりの初心者。そのエレンにしたって、今日このギルドに加入したばかりで、右も左も分からない。やれと言われても無茶な話だ。
「む、無理ですよ。だってリイシャンは初心者なんですよ?」
それは、生まれたての雛鳥に飛べと言っているのと同義だ。結果は火を見るより明らかである。
「そりゃそうだ。ルイ、いくらなんでも無茶だぞ」
レイドットも同意する。ルイのことをよく知る人間とあって、その言動には驚きがありありと含まれていた。
だが、ルイは黙ってかぶりを振った。その表情に、陰りはない。むしろ、自信に満ち満ちていた。
「リイシャンは見ているだけでいい。むしろそれがメインだ。法獣とは何たるかを、魔法を覚える前に知ってもらう。そのための任務だ。無論、同行者を増やす。安全は保障する」
「同行者? 誰だよ、それ」
「お前に決まっているだろう、レイドット」
その自己決定事項がさも当然であるかのように、きっぱりと言った。清々しささえ感じるほどだ。
「なっ……聞いてねぇぞ」
「今決めたのだから当然だろう。今のギルドの状況を打破するためには新人教育が一番の近道だ。そのためには、古参の私達が多少なりとも身を粉にすべきだ」
ルイの口調は、まるで独裁者のようだった。自分の考えるがままに動き、行動を選択し、周りを巻き込む。異常なほどの堅物だ。高すぎる故の、やや高慢な態度と言葉づかい。エレンの記憶上、こんなにも気丈で強気な女性には会ったことがない。
「いつもいつも、小説でいうあとがきってタイミングで俺達を巻き込むのな、お前は」
「意味の分からん例え話をするな。私に分かるように言え」
「巻き込むならもっと先に言えってことだよ。プロローグか第一章で巻き込め」
巻き込まれること自体は嫌いではないのか。そう思ったとき、エレンはほんの少しだが彼らの関係性が分かった気がした。
ルイが半ば強引にレイドット達を引き連れ、レイドット達はそんなルイに力を貸す。どちらの力関係が上なのかは分からなかったが、発言権はルイの方が上らしい。
(強引というか、面白いというか……)
何にせよ、ルイという人物を中心に発生した渦に自分が巻き込まれてしまったことは否定しようのない事実だ。今更否定したところで、何も変わりはしないだろう。それだけ、ルイという気丈さの塊が生み出した渦は大きいのだ。
「あの……その依頼、出立っていつですか?」
「明々後日を予定している。加入式のごたごたが片付いてからの方がいいだろう?」
その言葉で、エレンはハッとなった。
そういえば、加入式があるのだった。事前に聞かされていたこととはいえ、加入式のことは完全に認識の外にあった。
どのような内容かは分からないが、ギルドに加入する者を祝福するものに違いはないだろう。衰退の一途を辿っているとはいえ、仮にも王家直属ギルド。それはそれは豪壮な式になるのだろう。
そう考えると、先程まで胸中を占めていた不安や恐怖といった軛からほんの少しだが解放されたような気がした。
僅かだけ、心を明日へと馳せる。賑やかなギルドの宴が、鮮明に浮かんだ。
「加入式は明日だ。今は体調を整えておけ」
「……はい」
何故か、返答する気になれなかった。枯れた声で、何とか頷く。
煌びやかな光を放つであろう加入式の様相に対する楽しみさと、同時に脳裏に去来した仄暗い感情とが複雑に溶け合っていく。
溶け合った感情が心に満ち、名状しがたい情緒となってエレンに絡みついていた。




