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制約の魔法使い  作者: 式神
第1章 加入式編
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第7話『明け方の二人』

 ーー痛いほどの静寂の中、エレンは目を覚ました。いつもなら朝が苦手なエレンだったが、肌を刺激する僅かばかりの寒さと、軽い空腹が呼び水となったようだ。視界が妙に鮮明で、気持ちがいい。

 

 鈍色の空から僅かに届く朝焼けの光が、部屋にいくつもの筋となって降り注ぐ。薄暗い部屋を照らす光は、どこか幻想的で、神秘的な趣を含んでいた。

 ――不意に、自分が今どこにいるかを考えた。

 体の下には柔らかい感触。目の前には、整然と並んだ家具が一式。埃一つない、黒を基調とした部屋に、どこか違和感を覚える。



 あぁ、そうだ――



 昨夜、マリーナが言った言葉が脳裏を掠める。瞬時に、状況を理解した。

 《時代の放逐者(アナクロニズム)》本部、東塔。妖艶な受付嬢曰く、男女寮とのことだ。

 着の身着のままここへ来たエレンには、当然のことながら帰るべき家がなかった。そんなエレンの状況を知っていたのか、マリーナはこの部屋へと案内してくれた。含みのない笑みが、今でも瞼の裏に焼き付いている。

 彼女が言う分には、の建物はそれぞれがきちんとした役目を負っている。


 東塔――つまりエレンが今起床した場所になるのだが――が男女の寮。

 西塔が生活用品諸々を取り揃えた販売店的役割を担っている。

 北塔が訓練場、南塔がエントランスや仮眠室、シャワー室といった、このギルドの要となる施設が揃っている。

 最後に、中央の塔について訊ねたエレンだったが、訊ねた途端、マリーナの表情が一変した。それまで浮かべていた興趣から一転、押し黙るような懊悩へ。そして言った。また今度話すわよ、と。


 マリーナが浮かべた意味深な表情は棚に上げ、エレンはベッドから立ち上がった。身に着けているのは、クローゼットに入っていた寝巻だ。お世辞にもデザインがいいとは言えない――背中にでかでかとギルドの紋章が刻まれ、前面には思い切りカリカチュアライズされた動物が見事な水墨画で描かれている――のだが、着替えがあっただけ良しとすることにした。

 円卓の上に投げ出したままの制服を手に取り、しげしげと見つめる。



「もう、このギルドの一員なんだよな……」



 正確には今日の加入式を終えてから、になるのだが、時間が解決する問題はどうでもよかった。

 胸の奥がきゅっと締め付けられるような、感慨に似た感情。仲間が生まれたという感慨だ。湧き上がった感情は、途端に胸中を満たしていく。何もかもが冷たく見えた以前とは違う、温かさ。

 それらを胸に抱き、失わないようしっかりと留めて、エレンは着替えに取りかかった。


 着替え終えて、ハッとなった。加入式は九時半から。ベッドの上の時計を見ると、まだ六時過ぎだ。少し早起きだったようだ。だからといってまた寝巻に着替え直すのも面倒だし、制服のまま横になって皺を作るのは避けたかった。

 小さく溜め息をつき、エレンは部屋の鍵を手に取った。



「少し早いけど、大丈夫だよね」



 自分に言い聞かせるように言い、エレンは部屋をあとにした。



▽▼▽▼▽▼▽



 いつもと変わらない朝。目覚ましに起こされるより前に、リイシャンは目を覚ました。瞼は軽く、気だるさはない。清々しい朝だ。窓から差し込む弱い朝日が、部屋の中を薄黄色に染め上げている。カーテンを開けると、体に沁み渡る光が飛び込んでくる。全身で朝日を浴び、よしっと呟き身支度を始めた。

 手早く制服を身に着け、姿見の前に立つ。泣きそうな顔の少女が、こちらを見つめていた。



(最初は微妙だと思ったけど、ちょっぴり可愛いかも)



 その場で二、三度回り、再度鏡を見つめる。白を基調としたデザインに、僅かな黒の装飾。胸元が強調されていなかったのが何よりも嬉しい。襟と袖に走る黒のラインが特に気に入っている。シンプルすぎる気がしたが、自分の顔立ちに派手な服は映えないようだ。……少し悲しいが。

 視界の端に、きらりと光る物が入った。その存在を認識したとき、あぁ、と嘆息が漏れる。

 昨夜――夜の十二時頃だ――寝る前、ティクグが部屋を訪ねてきた。時間的マナー的に非常識ではあったのだが、そのことはとりあえず棚に上げ、彼が差し出してきた品を受け取った。それが今、リイシャンの手の中にある。


 管楽器のように三分割されたそれは、一つ一つが三十センチほどの大きさだった。スリムにデザインされた、マジカリウム合金製の魔具――細杖。薄い茜色のパーツの内の一つに、小さな穴が穿たれたものがあった。先日マリーナから手渡された法晶石――がぴたりと収まる大きさのスリット。ここに法晶石を嵌め込み、リイシャンが法力を流し込むことで、魔法が完成する。まだ法力の放出方法は教わっていないが、それもじき解決するだろう。少しだが、憂鬱になる。



 リイシャンは元来、戦いというものが好きではない。見た目通りと哄笑されたこともあったが、それでも争い事は好きではないのだ。周りの友達が魔法使いとして一人前になり、それぞれがギルドへ旅立って行き、寂しさを感じるようになってからも、皆に合わせようとは思わなかった。同調よりも孤立を選んだリイシャンは以後、孤独と戦うようになった。肉体的戦いから逃げた末、今度は精神的に戦わねばならないというのは、些か皮肉な話なのだが。そんな、自他共に認める脆弱さを持ったリイシャンが《時代の放逐者》の門を叩いたのは、三年前の《事件》が引き金となっている。



 不意に、喉の渇きを覚えた。無性に珈琲が飲みたい。



(エレン君……もう起きてるかな……)



 たった一日――出会ってからそれだけしか経っていないというのに、何故かエレンのことが気になっていた。もやもやとした、判然としない感情が、胸の奥で渦巻いている。恋愛感情、ではない。まだ知り合って幾ばくも経っていない人間相手にそんな恋慕を抱くことはないだろう。



(似ているのかな……?)



 そう考えて、かぶりを振った。似ているかもしれないが、どこか違う。僅かな違い、しかして決定的な違い。だが、その違いに惹かれているのかもしれない。そう考えれば考えるほど、思考の錯綜が複雑さを増していく。


 考えても仕方ない――自身にそう言い聞かせ、リイシャンは一先ずロビーへ行こうと思った。



 何か温かいものが飲みたい気分だった。





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