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制約の魔法使い  作者: 式神
第1章 加入式編
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第2話『時代の放逐者(アナクロニズム)ー②』

ごちゃごちゃと設定が出てきます。飽きずに読んでもらえると嬉しいです……

 


 扉をくぐった先は、外とはまるで別世界だった。


 陽気な歓声、響く音楽、笑い合う人々。全てが、外界に広がる寂莫とした地とは正反対で、天と地の程の差がある。思わず、息を呑んだ。


 ーー圧巻。

 エレンが抱いた第一の感想は、それだけだった。それほどまでに、ギルドの第一印象が迫力あるものだったのだ。

 静穏さとは無縁の、陽気と熱気に包まれた場。お祭り騒ぎとは、まさにこのことだ。

 食べ物の豊潤な香りに混じって、酒気や煙草の臭いが鼻腔を刺す。饗宴の席で嗅ぐような、心地良い芳香だった。

 昼間だというのに酒を酌み交わす者や、賭け事に勤しむ者までちらほら見えた。



「すごい……」



 事前に、このギルドがどのような場なのかについての説明は受けていた。しかしそれでも、現実は予想の遥か上をいく。



「ふふっ、新規加入の人は皆最初にそう言うの。慣れちゃえば楽なのよ? それに今日は月に一回のギルド全体の休日だからこんなに人が多いの。普段はガラガラよ。むしろ珍しいくらい」



 マリーナは笑みを絶やさず、歩みを進める。向かう先は、正面のカウンターだ。

 扉から一直線に伸びる赤絨毯の上を歩いていると、不意に周りの視線が気になった。

 入って来たときは微々たるものだったが、一歩歩くごとにそれは加速度的に増えていく。ついには、針で刺すような視線をそこら中から感じるようになった。



「おい、誰だよアレ」「もしかして新人か?」「物好きだなぁ」「今回は簡単に潰れねぇよなぁ?」「しっ、聞こえるぞ」「何だよ、まだガキじゃねぇか」「子供の方が可愛がりやすいわよ」



 陽気だった声は、いつのまにかひそひそ声に変わっていた。狂騒に似た熱気も、夜気のような静けさに姿を変えた。突然の空気の変化に、エレンの心臓がどきりと大きな拍を打つ。

 言いようのない疎外感。逃げ出したいほどの威圧感。それを、四方から際限なく向けられている。

 胃が、キリキリと痛む。気が付けば、せわしなく辺りを見回していた。



「皆人見知りが激しいから。すぐになくなるし、あまり気にしないでね」



 カウンターをくぐったマリーナは、棚の奥を物色している。その背中は、陶磁器のように綺麗だった。



「はい。これに必要事項を記入して」



 右手に一枚の紙を、左手にペンを持ったマリーナが、上機嫌そうにそれをエレンに差し出した。


 加入届。


 そこには、達筆な字でそう書かれていた。

 エレンは椅子に腰掛け、ペンを取る。

 氏名、年齢、現住所、家族構成、趣味、適合属性、使用魔具、ギルドの第一印象など、記入項目は多岐に渡っている。

 だが……


「すいません、書けないところはどうすればいいですか……?」

「えっ? 書けないところって?」

「現住所とか、家族構成とか、色々です」


 エレンの発言を受け、マリーナの笑みに困惑が混じる。無粋な質問だったと、エレンは内心でマリーナに詫びた。

 僅かな逡巡があって、マリーナが言った。


「書けないところはそのままでいいわよ。うち、そういうギルドだから」

「そういうギルド、ってどういう意味ですか?」

「うち、加入希望者の過去や遍歴はあれこれ聞かない方針だから。誰にだって内緒にしたいことはあるものね」

「そう……なんですか」



 一瞬その口が、私も、と動いたような気がした。



「だから、書けないところや書きたくないところは書かなくてもいいの。書きたくなったら言ってね? 記載事項の変更はよほどのことがない限り難しいけど、未記入事項への追記はできるから」

「はい」


 マリーナの清風のような笑みを見て、エレンは気が楽になった。強張っていた手から、緊張が抜けていく。エレンは、そのままの勢いでペンを走らせた。

 以下が、エレンが記入した内容だった。



《時代の放逐者》第百三十期 加入届

 氏名:エレン

 年齢:十六歳

 性別:男

 魔法の使用歴:十三年

 現住所:記載なし

 家族構成:記載なし

 趣味:読書

 適合属性:風

 使用魔具:脚甲ブーツタイプ

 ギルドの第一印象:明るく、楽しそうなギルドだと思いました



 エレンが提出した書類に目を通したマリーナが、不意に言った。


「会得者で本当によかったわ。今の状況で初心者が二人もいると大変だから」

「……二人? ……じゃあ、あの噂は本当なんですか?」

「噂?」


 マリーナの表情が濁る。明らかにばつの悪そうな顔だった。


「今期の新規加入者が二人しかいないって」

「あぁ、それね。残念だけど、本当よ。あなた以外にもう一人、初心者の子しかいなくって」


 初心者とはつまり、魔法の一切を使えない者のことだ。無論、隠れた才能はあるのだろう。それを掘り起こすのも、ギルドの役目だ。最も、今の《時代の放逐者》のような切迫した状況下で、新人教育が充分に行えるのかどうか、エレンには甚だ疑問だった。



「じゃあ、大変なんですね。もう一人の子」

「えっ?」

「だって、それなりの期待を受けるわけじゃないですか。だから、その重圧に潰されないようにしなくちゃいけないし……僕みたいな、中途半端な会得者よりずっと大変だと思います」

「…………」



 大変? 言ってから、自分でそう自虐した。大変なのは、むしろ自分の方だ。無垢な新人にはのびしろがある。だが自分には、そんなものは皆無だ。あったとしても、その新人の十分の一程度だろう。成長の過程など、とうの昔に通り過ぎてしまっている。

 自分になど、期待しない方がいい。いいに決まっている……



「脚甲って書いてあるけど、今その魔具ってあるの?」



 重くなった空気を破るように、マリーナはいきなり話題を変えた。



「はい。今も着けてますよ」


 そう言って、エレンはカウンターからも見えるように足を上げた。

 ズボンの裾から覗く、鋼色の靴。鎧型の魔具だ。法獣を殺すために作られた、マジカリウム合金の武器。魔法発動に際し必要な、三因子(・・・)のうちの一つだ。

 照明の光を反射し、脚甲は淡く光を放っていた。白銀色に光るそれは、見るからに荘厳で、神々しい雰囲気を纏っていた。命を守るためのものなのだから当然なのかもしれないが――



「珍しいのね、鎧型魔具なんて」

「そうですか? 割と普通だと思うんですけど」

「けど、装備型と違って扱いが難しいでしょ?」

「あ、はい。それは確かにそうですね」



 エレンは苦笑した。そんなこと、考えたこともなかった。法獣を殺すのに、扱いの難易など関係ない。殲滅することができれば、如何なる方法でも構わないからだ。

 そういう点で、エレンは脚甲を選択した。他の選択肢がなかったわけではないが、今の自分(・・・・)にはこれが一番合っていると思ったからだ。



「慣れれば楽ですよ。風属性と脚甲って割と相性がいいですし」

「そうなんだ? ごめんね私、そういうのに疎くって」

「ああいえ、気にしないでください」



 受け取った加入届を後方の棚にしまうと、マリーナは不意に立ち上がった。


「それじゃあ早速だけど、ギルドの中を案内するわね」

「はい」


 マリーナに連れられ、エレンは刺すような視線を感じながら、重い腰を上げた。




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