画面の向こうの笑美
画面の向こうの笑美
その夜。
桃は実家の居間で、テレビを見ていた。
関西ローカルのバラエティ番組。
『ちびっこコントショー』
画面の中で、板山笑美が元気よく頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
桃は、リモコンを握ったまま動けなかった。
*
笑美は、新快速電車と普通列車を一人二役で演じていた。
「ぼく、新快速電車です! ビューン!」
「でも長い距離走らなあかんから、めっちゃしんどいねーん!」
スタジオが笑う。
次に普通列車。
「走って、止まって、走って、止まって……忙しいねーん!」
さらに客席が沸く。
桃は、画面の中の笑美を見つめた。
あんなに小さくて。
あんなに無邪気で。
あんなに人を笑わせる力のある子。
その子を、自分は傷つける側に回っていた。
「私……」
桃の声が震える。
「あの子の未来まで、壊しかけてたんや……」
*
同じ頃。
一之介も実家のテレビで同じ番組を見ていた。
笑美が敬礼する。
「今日も安全運転で、出発しまーす!」
スタジオ中が拍手に包まれる。
司会者が言う。
「本日の優勝は――板山笑美ちゃん!」
笑美が目を輝かせる。
「えみ?」
そして、トロフィーを抱えて笑う。
一之介は息ができなかった。
あの笑顔。
あの声。
あの未来。
自分は、それを奪いかけた。
*
「俺は……」
声がかすれる。
「もう、父親やなんて名乗る資格ないな……」
父親なら守るはずだった。
笑わせるはずだった。
安心させるはずだった。
それなのに、自分は恐怖を与えた。
怒鳴った。
叩いた。
笑美の中に、怖い夜を残した。
*
番組の最後。
笑美がマイクを握って言う。
「みんなを笑わせる人になりたいです!」
桃は泣き崩れた。
一之介はうつむいたまま、拳を握りしめた。
後悔しても、しきれない。
懺悔しても、届かない。
画面の中の笑美は、もう二人の手の届かない場所で、光り始めていた。
*
その輝きは、二人への許しではなかった。
救いでもなかった。
ただ、突きつけていた。
あなたたちが壊しかけたものは、こんなにも尊かったのだと。




