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沈黙の琵琶湖2 ― 涙の向こうに咲く笑顔 ―  作者: リンダ


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夕方ニュースの笑美



夕方ニュースの笑美


 笑美の「電車さんのぼやき」コントは、幼稚園の中だけで終わらなかった。


 保護者の間で話題になり、やがて地域の小さなニュースサイトに取り上げられた。


 そして数日後。


 関西ローカルの夕方ニュースから、幼稚園に取材が入った。


     *


 取材の日。


 笑美は少し緊張していた。


 先生が優しく声をかける。


「笑美ちゃん、いつも通りでいいよ」


「うん」


 カメラが回る。


 画面の下には字幕が出る。


板山笑美ちゃん 5歳


 笑美は教室の真ん中に立った。


「今日は、玉ねぎさんの気持ちをやります!」


 園児たちが拍手する。


     *


「わたし、畑で育った玉ねぎです」


 笑美は両手を丸くして、土の中にいるようにしゃがむ。


「今日も土のお布団で、ぐっすり寝てました」


 すると急に体をビクッとさせる。


「ところが!」


「いきなり引っこ抜かれました!」


「なんでやねーん!」


 教室は爆笑。


     *


 笑美は続ける。


「そのあと、お水でゴシゴシ洗われて」


「皮をむかれて」


「包丁さんに、トントントントンって切られて」


 両手を震わせる。


「目にしみるの、こっちやねーん!」


 先生が吹き出す。


     *


「そして私は、じゃがいもさん、にんじんさん、お肉さんと一緒に」


 笑美は両手を広げる。


「カレーのお鍋に入れられました!」


 顔を真っ赤にする演技。


「あっつい!」


「スパイスしみる!」


「カレー粉さん、距離近いねん!」


「玉ねぎにもプライバシーあるねーん!」


 園児たちは大笑い。


 カメラマンまで肩を震わせた。


     *


 最後に笑美は胸を張った。


「でも、おいしいカレーになって、みんなが笑顔になったから」


 にっこり笑う。


「玉ねぎさんも、まあええかって思いました!」


 拍手。


 笑い声。


 先生はお腹を押さえながら言う。


「笑美ちゃん、今日も最高でした」


     *


 その日の夕方。


 関西ローカルのニュースで、その様子が放送された。


 キャスターが微笑みながら紹介する。


「京都市内の幼稚園で、園児たちを笑顔にしている小さなコメディエンヌがいます」


 画面には、笑美の姿。


 字幕。


板山笑美ちゃん 5歳


 スタジオのアナウンサーも笑う。


「玉ねぎの気持ち、なかなか切実ですね」


     *


 一方。


 堀川桃は、実家の居間でそのニュースを見ていた。


 夕食の支度を手伝う手が止まる。


 画面の中で、笑美が無邪気に笑っている。


「カレー粉さん、距離近いねん!」


 テレビの中の笑美は、教室中を笑わせていた。


 桃は、呆然と画面を見つめる。


「笑美ちゃんって……こんな可愛い子だったんだ」


 声が震えた。


     *


 桃は、その子の名前をLINEで軽く扱っていた。


 顔も知らずに。


 笑い方も知らずに。


 どんな声で話すのかも知らずに。


 その子がどれほど無邪気で、どれほど愛されるべき子なのかを知らずに。


 桃は、あの子の家庭を壊す側にいた。


「私……」


 桃の目から涙が落ちる。


「あんな子を、傷つけたんや……」


     *


 同じころ。


 一之介も実家のテレビでその放送を見ていた。


 画面の中の笑美が笑っている。


 小さな体で、全身を使ってコントをしている。


 園児たちが笑う。


 先生も笑う。


 笑美も笑う。


 その笑顔は、一之介の記憶の中にある笑美とは違っていた。


 怯えていた笑美。


 泣いていた笑美。


 自分の足音に固まっていた笑美。


 その笑美が、今は画面の中で人を笑わせている。


     *


 一之介は、何も言えなかった。


「……俺は」


 声にならない。


 自分は、あの子に何をしたのか。


 あんなに小さな子に。


 こんなに無邪気に笑える子に。


 平手を浴びせた。


 暴言を吐いた。


 怖がらせた。


 父親のはずだった。


 守る側であるはずだった。


     *


 笑美がテレビの中で、最後に言った。


「みんなが笑顔になったから、玉ねぎさんも、まあええかって思いました!」


 スタジオに笑いが起きる。


 しかし一之介は笑えなかった。


 胸の奥が、きつく締め付けられる。


「俺……何してん……」


 その言葉は、以前よりも深かった。


 今度は、借金や支払いへの絶望ではない。


 自分が傷つけた相手の顔を、初めて本当の意味で見た後悔だった。


     *


 ニュースの最後。


 キャスターが言った。


「笑美ちゃんの夢は、将来たくさんの人を笑顔にできる人になることだそうです」


 桃は泣きながら画面を見つめた。


 一之介は拳を握りしめたまま、うつむいた。


 笑美の笑顔は、二人にとって救いではなかった。


 許しでもなかった。


 ただ、自分たちが壊しかけたものの尊さを、これ以上なく突きつける光だった。

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