笑美という名前
笑美という名前
お風呂から上がると、笑美はすっかり眠そうだった。
髪を乾かしてもらいながら、こくん、こくんと頭が揺れる。
「笑美、眠たい?」
「ねむくない……」
そう言いながら、目は半分閉じている。
文子は笑って、娘を膝の上に抱いた。
*
その様子を見ていた七海が、そっと言った。
「笑美ちゃんって、ええ名前やね」
文子は、娘の髪を撫でながら頷いた。
「この子に名前をつける時、いっぱい考えたんです」
腕の中で、笑美が小さく身じろぎする。
「笑いの絶えない子になってほしい」
「笑顔が素敵で」
「美しい心を持った女性になってほしい」
「そう願って、笑美って名付けました」
*
七海は静かに目を細めた。
「その願い、ちゃんと届いてるよ」
光博も廊下のそばで腕を組みながら言った。
「うん。ええ名前や」
文子は少し涙ぐんだ。
「でも私、一時期は……この子から笑顔を守れてないって思ってました」
七海が首を横に振る。
「今から取り戻せばええ」
*
文子は笑美を抱きしめた。
「そうですね」
その時、笑美が寝言のように小さくつぶやいた。
「……ママぁ」
文子の動きが止まる。
普段は「お母さん」と呼ぶ。
でも、眠りかけて、甘えたくて、安心しきった時だけ。
笑美は「ママ」と呼ぶ。
*
文子は涙をこぼしながら微笑んだ。
「お母さんって、いつもは呼ぶのにね」
そっと笑美の背中を撫でる。
「甘えたい時は、やっぱりママなんですね」
七海は優しく頷いた。
「子どもは、安心した時にいちばん小さい声を出すんよ」
文子は笑美の額に頬を寄せた。
「ママ、ここにいるよ」
*
笑美は文子の腕の中で、すやすやと眠っていた。
もう、怒鳴り声に怯える夜ではない。
母の腕の中で眠れる夜。
それだけで、文子にとっては奇跡のようだった。
笑美。
笑いの絶えない、美しい心を持つ子。
その名前に込めた願いを、文子はもう一度、胸の中で抱きしめた。




