向き合う責任
向き合う責任
レンタルルームには、重い沈黙が流れていた。
文子は一之介と桃を交互に見た。
そして、ゆっくり口を開く。
「ここから先は、大事な確認をします。」
弁護士も静かに頷いた。
「事実関係の確認です。落ち着いて、一つずつ答えてください。」
*
文子は桃を見つめた。
「まず、お聞きします。」
「あなたと一之介さんは、恋愛関係にありましたか。」
桃は俯いたまま、小さく息を吐く。
「……。」
返事がない。
文子は感情を抑えながら続けた。
「答えてください。」
桃は震える声で答えた。
「……はい。」
*
弁護士が淡々と確認する。
「その関係は、およそ一年ほど続いていたという理解でよろしいですか。」
桃は小さく頷いた。
「……はい。」
弁護士は記録係へ向かって言う。
「今の回答を記録してください。」
*
次に文子は、一之介へ向き直る。
「あんたも、それで間違いない?」
一之介はしばらく黙っていた。
しかし、ここまで来て否定はできなかった。
「……。」
「答えて。」
「……そうや。」
*
文子は一度目を閉じた。
深呼吸をする。
そして、もう一つ尋ねた。
「この関係を始めたきっかけは何やったん?」
桃は困ったように一之介を見る。
文子は静かに言う。
「一之介さんを見ないで。」
「あなた自身の言葉で答えてください。」
*
桃は唇を噛んだ。
「最初は……仕事の相談でした。」
「仕事帰りに話すようになって……。」
「それで……。」
言葉が止まる。
弁護士が補足する。
「どちらから交際を持ちかけたか、覚えていますか。」
桃は首を振る。
「……私、よく分からなくて……。」
*
文子は静かだった。
しかし、その声には強さがあった。
「『分からない』では済まされないことですよね。」
桃は俯く。
「あなたも大人です。」
「自分で選んで行動したことには、向き合わないといけません。」
*
今度は、一之介へ向き直る。
「一之介。」
「……。」
「あんた、この人と交際するんやったら。」
一呼吸置く。
「なんで私と別れてからにせんかったん?」
一之介は黙る。
「順番、間違ってるよね。」
「……。」
「私と笑美がおる家庭があるのに、そのまま別の人と関係を続けた。」
「それで家では怒鳴って、笑美を叩いて。」
文子は涙をこらえながら言った。
「なんで?」
「答えて。」
*
一之介は視線を落とした。
今までのように怒鳴れば終わる空気ではない。
部屋には弁護士もいる。
立会人もいる。
記録も残っている。
長い沈黙のあと、一之介は小さく言った。
「……離婚するつもりは、その時はなかった。」
文子は静かに問い返す。
「じゃあ、私は何やったん?」
一之介は答えられない。
「笑美は?」
さらに沈黙。
「家庭は続けたまま、外でも別の関係を続ける。」
「その結果、誰が傷つくか考えたことあった?」
*
桃も目に涙を浮かべていた。
文子は責め立てる口調ではなく、静かに言った。
「これは、私だけの問題じゃない。」
「四歳の笑美も巻き込まれた。」
「だから今日は、誰が悪いかを怒鳴り合うためじゃなくて、自分たちがしたことに向き合ってもらうために来てもらいました。」
部屋には、再び静かな空気が流れた。
その静けさの中で、一之介も桃も、自分たちの行動から目を背けることはできなくなっていた。




