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沈黙の琵琶湖2 ― 涙の向こうに咲く笑顔 ―  作者: リンダ


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崩れ始める嘘



崩れ始める嘘


 文子は、机の上の記録を見つめたまま言った。


「一之介」


「……なんや」


「あんたのこと、私が笑美を連れて家を出た後すぐに、探偵さんに調べてもらった」


 一之介の顔がこわばる。


「探偵……?」


「うん」


 文子は視線を上げた。


「私らが家を出ていった日、あんた、ラブホテルに行ってるやんな?」


 部屋の空気が凍った。


「誰と行ったん?」


 一之介は、すぐには答えなかった。


 額に汗がにじむ。


「……何の話や」


 文子は静かに続けた。


「大津市内のホテル。十九時過ぎに入って、二十二時半ごろ出てる」


 一之介は舌打ちした。


「仕事の付き合いや」


 麻里子が目を細めた。


「仕事の付き合いでラブホテルですか」


「違う。だから……」


 一之介は言葉を探す。


「知り合いを送っていっただけや」


 夏菜子が淡々と聞く。


「送っただけで、三時間以上滞在したんですか?」


「車で待ってただけや」


 梨花が静かに言った。


「では、なぜホテルの建物内に入った記録があるんですか」


 一之介は黙った。


 文子は、声を荒げなかった。


 その静けさが、かえって一之介を追い詰めていた。


「誰と行ったん?」


「……覚えてない」


 麻里子が小さく息を吐いた。


「昨日のことを覚えていないんですか」


「昨日ちゃうやろ」


「家を出た日ですよね。奥さんと娘さんがいなくなった日」


 一之介は苛立ったように言った。


「だから何やねん。お前らに関係ないやろ」


 文子の目が揺れた。


 でも、もう下を向かなかった。


「関係あるよ」


 一之介が睨む。


「私と笑美が怖くて家を出たその日に、あんたは別の女とホテルに行ってた」


「別の女って決めつけんな」


 文子は、机の封筒に手を伸ばした。


「じゃあ、確認しよか」


 弁護士が止めるように、軽く手で合図した。


「文子さん、こちらで」


 弁護士は、写真の一枚を机に置いた。


 ホテルの入口。


 一之介。


 そして隣に立つ若い女性。


 顔は必要な範囲で確認できるように記録されていた。


 一之介の表情が変わった。


 文子は静かに言った。


「堀川桃さん」


 一之介の喉が動く。


「同じ職場の人やんな」


「……ただの同僚や」


「ただの同僚とラブホテルに行くん?」


「相談に乗ってただけや」


 夏菜子が冷静に言う。


「先ほどは、送っていっただけ、車で待っていた、覚えていない、と説明されました」


 麻里子がメモを見ながら続ける。


「今は、相談に乗っていた、ですね」


 一之介は顔を赤くした。


「揚げ足取るなや!」


 ラガーマンの立会人が、低く言った。


「声を荒げないでください」


 一之介は唇を噛んだ。


 文子は写真を見つめていた。


 怒りよりも、悲しみよりも、もっと深い疲れが表情に滲んでいた。


「私と笑美がいなくなって、あんたは怒ってたよね」


「……」


「なんで俺がコンビニ弁当食わなあかんねんって、留守電にも怒鳴ってた」


 一之介は黙る。


「でも、その日から、あんたは桃さんのところにも行ってる」


 文子はもう一枚の記録を見た。


「一年続いてたんやってね」


 一之介は勢いよく言った。


「一年とか知らんわ!」


 弁護士が静かに確認する。


「では、堀川桃さんとの関係は否定されるということでよろしいですか」


「そうや!」


 文子は、一之介をまっすぐ見た。


「本当に?」


「しつこいな!」


「本当に、桃さんとは何もない?」


 一之介は答えた。


「何もない」


 その瞬間、麻里子が小さく言った。


「二枚目、出しましょう」


 弁護士が、さらに写真を置いた。


 別の日。


 桃のマンションへ二人で入っていく姿。


 翌朝、一之介が同じマンションから出てくる姿。


 さらに別の日。


 別のラブホテル。


 出入りの時刻。


 一之介の顔が、完全に固まった。


 文子は言った。


「これでも、何もない?」


 一之介は口を開いた。


 だが、もう言葉が続かなかった。


 部屋の中に、重い沈黙が落ちる。


 文子は静かに言った。


「嘘って、重ねれば重ねるほど、自分で逃げ道を潰すんやね」


 梨花が隣で、文子の背中をそっと支えた。


 一絵も、静かにうなずいた。


 文子は涙をこぼさなかった。


 その代わり、はっきり告げた。


「一之介」


「今日ここから先は、もうごまかしは通用せんよ」

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