決戦前夜
決戦前夜
一か月にわたる調査が終わった。
探偵事務所の応接室。
机の上には、分厚い調査報告書。
写真。
時系列表。
出入り記録。
LINEの保存データ。
着信履歴。
留守番電話の記録。
すべてが丁寧に整理されていた。
*
文子は静かに報告書を見つめる。
梨花が隣に座っていた。
麻里子と一絵もいる。
担当弁護士も同席している。
探偵事務所の所長が口を開いた。
「これだけの資料がそろいました。」
「法的な判断は先生にお任せしますが、事実経過を示す資料としては十分な内容です。」
弁護士は報告書を閉じた。
「ありがとうございます。」
「今日はもう一つ、大切な準備があります。」
*
文子は少し緊張した表情を見せる。
「本当に会うんですか……。」
弁護士は穏やかに答えた。
「文子さん一人ではありません。」
「私もいます。」
「探偵事務所の担当者もいます。」
「そして、安全確保のための立会人もいます。」
*
部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、大柄な男性だった。
身長は百九十センチ近い。
がっしりした体格。
以前、梨花の案件でも立ち会った人物である。
元ラグビー選手の体格を生かし、現在は探偵事務所の安全管理を担当している。
柔らかな笑顔で頭を下げた。
「またお会いしました。」
梨花も頭を下げる。
「今回もよろしくお願いします。」
男性は穏やかに笑った。
「今日は何も起きないのが一番です。」
「でも、万一の時は私が対応します。」
*
続いて、もう一人の女性が入室した。
黒いスーツ姿。
姿勢が美しい。
「光永夏菜子です。」
柔道指導者として長年活動し、探偵事務所から依頼を受け、安全確保の立会人として協力している女性だった。
夏菜子は文子に微笑む。
「安心してください。」
「私は誰かと戦いに来たわけではありません。」
「あなたと笑美ちゃんの安全を守るために来ました。」
文子は少し安心したように頭を下げた。
*
探偵事務所が用意した場所は、大津駅近くのレンタルルームだった。
個室型の会議室。
防犯カメラが設置され、
出入口も管理されている。
複数人で冷静に話し合うことを前提とした場所だった。
弁護士が説明する。
「ここで話し合いを行います。」
「もし相手が感情的になれば、その場で中断します。」
「文子さんは決して一人で対応しません。」
*
午後。
文子は深呼吸をした。
スマートフォンを手に取る。
弁護士がうなずく。
「予定どおりで大丈夫です。」
文子は留守番電話へ短く吹き込んだ。
「仕事が終わったら、大津駅近くのこの場所へ来てください。」
「話があります。」
それ以上は何も言わない。
位置情報だけを送信した。
*
一方。
夕方。
一之介は勤務を終えた。
ロッカーでスマートフォンを見る。
文子から着信。
留守番電話。
位置情報。
「……なんや。」
車へ乗り込み、留守番電話を再生する。
文子の落ち着いた声だけが流れる。
「話があります。」
一之介の顔色が変わる。
「今さら何やねん!」
ハンドルを叩く。
「勝手に出て行っといて!」
「ふざけるな!」
車内で怒鳴る。
その声は車内だけに響いていた。
*
その後、一之介はレンタルルームへ向かうため車を走らせた。
一方、レンタルルームでは、
弁護士、
探偵、
梨花、
麻里子、
一絵、
そして安全確保担当の二人が静かに準備を整えていた。
文子は何度も深呼吸する。
梨花がそっと言った。
「大丈夫。」
麻里子も続ける。
「今日は一人じゃない。」
一絵が微笑む。
「笑美ちゃんも旅館でみんなと待ってる。」
文子はゆっくりとうなずいた。
「はい。」
決して復讐ではない。
娘の未来を守るための一歩。
そのための話し合いが、まもなく始まろうとしていた。




