遠征試合道中
他校との練習試合当日の朝。
「よーし、行くか〜」
アパートの扉を開けて施錠する、その音に反応するかのようにお隣のアンナさんが出てきた。
「あ、おはようございますアンナさん早いすね」
「早いのはハヤト君じゃない、今日が試合だね」
「はい、っても練習試合なんで」
「それでも試合は試合、ハイ持ってって」
「え?……これって?」
「簡単につまめる物しかないけどお弁当ね」
アンナはこれを作り渡す為に朝早くから出てきてくれたのかと察する、ハヤトは腹の底からの感動を感じ深く頭を下げた。
「ありがとうございます!頑張ります!」
「うふふ、晩御飯用意して待ってるからね〜いってらっしゃい」
これまで「お帰りなさい」は聞いてきたが「いってらっしゃい」は新鮮な感じがした。
どこかむず痒く照れてしまう、そして嬉しかった。
「いってきます」
ハヤトはアンナ特製の弁当を持ち学校に向かった。
「集合」
轟監督の号令でグラウンドに整列する、今日は遠征試合が二つ組まれ午前午後での試合が続く。
「今日はレギュラーとベンチの限界を測る、その上で勝ちに行け、ではバスに乗っていけ以上」
相変わらずの余計な事は言わない監督節だ。
「ハヤト、なんだお前ニヤけてない?」
「へ?」
マサルが不思議そうに顔を覗きこむ、まさかそんなニヤけてるなんて自覚は全く無い。
「んー?一年唯一のレギュラー試合だからかぁ?」
揶揄うようにマサルはうりうりと肩を揺らす。
「はは、やめろよ〜」
「……俺はベンチを獲った、でもハヤトには勝てない、だから頼むぜ俺達一年の代表」
いきなり表情が真剣なものに変わりマサルの本音が漏れたようだった。
(マサル……悔しいくせに認めてくれてるんだな)
「頑張るさ、練習試合でもなんでも」
「うし、行こうぜ」
試合は試合、例え練習であっても選ばれた者とそうで無い者に別れる。
この先夏のインターハイに繋がる道とすれば、高校サッカー選手として強豪と呼ばれる天神高校生として一試合一試合が大切で、毎日の練習が大事になっていく。
ハヤト自身はそのマイペースを好む性格から競争にはあまり関心は無い、そんなハヤトに振り回されるマサルは誰よりも練習に熱心だ。
そんなマサルを尊敬している、自分に無い熱を持っていた。
「マサルは凄いよな〜」
「あ?なんだ気持ち悪い」
マイペースを自覚する自分に火を付けたマサルへのストレートな評価だった。
バスに揺られて遠征先の学校を目指す、道中は皆リラックスタイムだ。
余程素行が悪くなければ自由に出来る、そしてサッカー部全員がハヤトに質問を投げかける。
サッカー部唯一の一人暮らしで生きていけるのかも怪しいのんびりや、皆は寮で生活するから自然と話せるがハヤトだけは宇宙人みたいな存在なのだ。
「ハヤトさ、ジュニアユースからなんでクラブに行かなかったんだ?お前なら声が掛かってたろJリーグとか海外クラブとか」
「ん〜……あるにはあったけど……気付いたら全部返事の〆切過ぎてて……」
「お前バカなの?」
あまりにも正直な言葉を浴びせられるが、これに関しては完全なハヤトのやらかしなのだ。
マイペースでのんびりで、そこまで競争心も無かった中学時代に頂いたスカウトはことごとく忘れてしまっていた。
「じゃあ逆に何で天神だったんだ?地元でも無いだろ?」
「うん、監督が〆切過ぎてたけど最後の最後に電話してくれて、母さんがそれをたまたま取ってスッゲー怒られて決まったの」
全員が唖然とする、ここまでのマイペースな奴なのかと。
「あ〜それで入学入部は出来たけど寮の空きが無かったんだ、納得するわハヤトのマイペースさだもんな……」
バスの中は学年問わず寮では会えないハヤトに興味津々だった。
そして……
「ハヤトは夕飯どうしてるんだ?」
ハヤトはピタリと身体の動きが止まる。
流れ的に回避は出来ない話題だった、朝昼は皆と特例で寮の食事を摂っているが夕飯だけはアンナとハヤトしか知らない時間だ。
「う、うん、近所に親戚のお姉さんが居ててさ……面倒見て貰ってる」
半分は真実であり半分は嘘だ、少し胸が痛む。
隠さなければならない事なのだろうか?そんな気持ちもあるにはあるが、やはり世間体的にも伏せた方が良いような気持ちの方が上回る。
(アンナさんとはお隣さんなだけで……旦那さん亡くされてて……俺に飯作って貰ってて……やっぱり、理解されないよな)
誘われたのはハヤト、誘ったのはアンナ。
そして上手く説明できないアンナへの何かしらの感情を抱いてるのはハヤト自身だ。
「なんなんだろうな?」
「へ?何が?」
「あ、いや何でも無い……あ!着くみたいだぞ」
思わず漏れた疑問はまだハヤトには分からないままだった。




