よく知らないあの子
美月アンナは料理が好きだった、夫を亡くしてからの二年程は考えるのも嫌だったのだが習慣としてうっかり二人前の食事を用意する癖だけは抜けなかった。
作り過ぎた料理を見て殻に閉じ籠る毎日だった。
だが、ある日思いもよらぬ出会いがアンナを暗い気持ちから救った。
青年とも少年とも言えない、大人に向かう最中の男の子は華麗な舞を披露するようにサッカーボールを操り、その行為が本当に好きなんだろうと思わせる眼をしていた。
「……あなたがあんな眼差しで見てくれてたのよね」
アンナは遺影に向かい呟く。
最近気付いたのだ、男の子の見てる眼差しは亡き夫とそっくりなのだと。
住むアパートのお隣さん、陽先ハヤトは近くの天神高校のサッカー部で一人暮らし。
全国スカウトをする超強豪の高校だったらしい。
そう言った情報もハヤトに出会って開けた視界から少しずつ入ってくる。
「ふふ、本当にずっと閉じ籠ってたわね……ごめんね、心配だったよね」
アンナは自分の無気力さに呆れながら、晩御飯の献立を考える。
今一番楽しい事なのだ。
「世間的にはおかしいよね、家族でも知り合いでも無かった高校生にオバさんが料理振る舞ってるなんて」
思わず笑ってしまう、こんな事が起こるんだと人生の不思議さを感じる。
「……さて、お買い物行かなきゃね」
ハヤトに料理を作るようになって三ヶ月は過ぎた、食材費はハヤトから渡されている。
食べる量も流石のスポーツ高校生男の子だ、信じられないぐらい食べる。
会ったことはないがご両親からハヤトを通じて定期的に渡されている、明らかに多額の金額だが。
「ちょっと良い物も食べさせてあげないとね、でもハヤト君のご両親ってどんな人なのか気になるなぁ」
強豪サッカー部で先日レギュラーになった、サッカーが上手で食べるのが好きで特にオムライスが好きで性格はマイペースな子。
実はそれぐらいしか知らなかったりする、話はするがハヤトはいつもニコニコしながら自分の情報は小出しにしかしてこない。
「なんだろ、緊張してるのかな〜もう三十路になるオバさんなのにね」
苦笑しながら家を出る、ふと今の時間なら部活の様子見れるかなと遠回りになるが天神高校へと歩いてみる。
「次!」
「はい!」
パァン!
予想通りグラウンドでサッカー部が練習をしている、もうすぐ他校との練習試合ですぐに初夏の大会だと聞いている。
(皆凄い動き回ってるわね……ハヤト君は……)
沢山居る部員の中から見つかるんだろうかと目を細め見渡す、そしてアンナは一番綺麗な動きをするハヤトに目を奪われた。
転がってきたボールを柔らかくワンタッチして、助走から足を振り抜く。
蹴られたボールはゴールの隅に突き刺さる。
その一連の流れは素人目で見ても美しかった、まるで出会いの舞のように、そして見覚えのある眼をして。
「凄いカッコいい……」
アンナが思わず呟く程にハヤトは美しく見えた。
その時、ハヤトと目が合った。
(わ!頑張ってー!)
声を出すと邪魔になりそうなので手を振り心の中で応援する。
それが通じたのか、ハヤトは一瞬固まって照れたように練習に戻る。
「あらあら、照れちゃった」
これ以上は気になり邪魔するだけだ、アンナは静かにその場を離れた。
(あんな風に毎日練習してるんだ……ご飯美味しい物作らなきゃね)
自分に気合いを入れて買い出しに向かった。
——夜。
ガチャ、バタン
隣の部屋で音がする、となればこの後は……
ピンポン
「うふふ、お帰りなさい」
「はい、ただいまです」
今日は頑張った姿を見れたから?ハンバーグ(特大)だ。
「お、おお!」
「良い反応してくれるわね〜」
「……アンナさん、今日見に来てました?」
「あら?私は近くを通っただけよ〜」
「う、うんそれは仕方ない……」
(マイペースだけど恥ずかしがるお年頃なのね、可愛い)
クスクスと笑いながらハヤトに促す。
「ほら、しっかり食べて試合頑張らなきゃ!」
「あ、ありがとうございます、頂きます!」
大きなハンバーグと格闘するハヤトを見て笑い、やっぱりこの時が一番楽しいなとアンナはハヤトを見つめていた。




