レギュラー
「ふんふんふふーん」
ハヤトの鼻歌が部室に響く、ここ最近聴くようになった鼻歌なのだが……
「ハヤト、お前のご機嫌具合はわかったがその鼻歌はなんなんだ?全く分からん」
ハヤトと行動が多いマサルがついに聞く。
「へ?いやボールが触れるなぁって思ったら自然に」
「今からみっちり練習なのにお前は化け物か……」
天神高校サッカー部は甘くない、全国強豪校として設備も練習計画も整っている。
「集合」
天神高校サッカー部監督「轟健介」
多くは語らないものの選手を見る眼は鋭く強くどこか優しさもある、高校サッカー監督としてもベテランの監督である。
「今日から二週間、レギュラー選考期間、来月の初夏大会は良い奴から使う」
無愛想に必要な事だけを伝える。
しかし、部員の目の色は変わる。
この期間は学年が関係なくレギュラーもしくはベンチ入りを奪い合う時だ。
ハヤト以外はギラギラしだした眼の炎で暑苦しい。
「……なんだよハヤト、余裕じゃんか」
「マサル、俺はいつも全力だよ〜」
(こいつサッカーの時だけはオーラが変わるからな……)
普段ののんびりマイペース、寮ではなく一人暮らしで割と謎の多い……と言うか、部員から見れば謎でしか無いハヤト。
しかしレギュラーを奪うにはハヤトの存在が壁になる。
底力が安定している三年二年も脅威だが、一年でレギュラーになれないわけじゃない。
それが天神高校サッカー部の最大のメリットだった。
誰にでもチャンスがある、全国からスカウトされたサッカー自慢達の戦いだ。
その中で最ものんびりでマイペースで……格が違う実力者のハヤトもライバルになる。
そんなハヤトはのほほんとボールを触っていた。
「ったく、ハヤトよ……お前見てると力が抜けるぜ、何考えてんだよ」
「ん〜今日の晩御飯何かな〜って」
妙な事を言う、ハヤトは一人暮らしで寮の食事は朝と昼しか認められていない。
「なんだ?ハヤト料理作れるのか?」
「え?いや全然、アンナ……近所の親戚が夜は用意してくれるんだ」
うっかり喋るところであった、マイペースなハヤトでもアンナとの関係は奇妙な関係であると理解している。
アパートのお隣さん同士、未亡人のアンナさん。
正直に話して揶揄われるのは違う気がした。
(アンナさんをどうこう言われたくないからな)
「集合」
轟監督の号令で今日も部活が始まった。
「ハヤト、こっちにこい」
周囲が騒つく、一年生コーチを飛ばして轟監督から直に声が掛けられる。
「はい」
「ハヤト、お前今週土曜の練習試合スタメンでいく」
「はい」
数日後に予定されている他校練習試合、スタメン抜擢の知らせだった。
「怪我に気を付けろ、ストレッチに時間掛けろよ」
轟監督はそう言ってグラウンドを歩いていった。
(おースタメンか〜頑張らないとな〜)
どこか他人事のように現実感のない思いをしながら一年の輪に戻り行く。
「ハヤト!マジかよお前!すげぇよ!」
マサルが飛び付いてきた。
他の部員もハヤトを囲み祝福する。
「お、お、何だよまだ練習試合だけだぞ」
さすがのハヤトも仲間達の歓迎っぷりに気圧されるが、その輪の向こう側に見えた視線に気付き状況を把握した。
二年三年の先輩達から刺さる視線、嫉妬や対抗と言った感情が隠されずに届いている。
練習試合とは言えどサッカー強豪校、数ある枠は奪い合いなのだ。
まずはハヤトが決まった、それはこの先全学年からターゲットになると言う意味である。
(俺は……サッカー出来たら嬉しいだけなんだけどな)
練習を再開したサッカー部は少し空気が重くなり、静かに奪い合いの戦いが加熱しだした。
——夜八時。
「ありがとうございました!」
部活は終わり寮に帰っていく、ハヤトだけは一人違って。
歩いてすぐのアパートだから苦にはならない。
それに今は一日の楽しみがある。
「あ、お帰りなさい〜」
「ただ今です」
お隣のアンナさんに迎えられ食事をご馳走になる、ハヤトの至福の時になっている。
「あら?今日は練習キツかったの?顔付きが真剣ね」
「え?そ、そうですか?」
全く意識してなかった事を言われ慌ててしまう。
「うふふ、どうしたの?何かあったの?」
「何か……あ、今日次の練習試合のレギュラーに選ばれました」
「へ?……凄いじゃない!まだ一年生でレギュラーなんて!」
「い、いや選ぶのは監督ですし、ボール触ってただけなんで」
「それでもライバル達を抑えてレギュラー獲るって凄いわ!」
素直に褒められて嬉しいハヤトだった、不思議なものでアンナに褒められるのと仲間達に褒められたのとでは違う嬉しさに溢れた。
「俺……頑張ります」
「うん!じゃあその日はデビュー記念に張り切ってお料理しちゃお」
どうしてアンナが喜んでくれたら自分も嬉しいんだろう。
そんな事を思いながら聞かれるリクエストに答えていった。




