アンナさん
美月アンナ、二十九歳、未亡人。
二年前に夫を亡くし塞ぎ込んでいた日々を送っていた。
時間が経ち身体を動かす事は多くなり、立ち直ってきたもののまだまだ心は縛られていた。
独りで生活するには思い出がありすぎる二人で過ごした家を引き払い、単身アパートに移り住む。
最低限の荷物と夫の位牌と遺影を持ち……
移り住んだ場所は縁もゆかりも無い場所であった、適当に見て最低限の治安と利便性だけで選んだ。
当時はもうどこだって良かった、山の中だろうが都会の真ん中だろうが静かに何も考えなくて済む事が出来るならなんでも良かったのだ。
アンナは無気力のまま最低限の生活はしていた、家事も習慣だったから部屋を荒らしたりはしなかったし、買い物だって行く。
ただ、何かを買う時に「あの人が好きな」と浮かんだりして現実に戻るのは辛かった、結果独り暮らしの買い物量になる事は稀でいつも二人分になっていた。
「あなたはもう居ないのにね……」
買い物にいけば多く買ってしまい、料理を作れば二人分出来てしまう。
抜けない癖に笑いもするが、やっぱり寂しさを感じている。
「ふふ……もう三十になるって言うのにね……あなたならすぐ次の相手を探せ!とか言うんでしょうね」
静かな部屋でもう涙も枯れていた。
アパートに越してきて一年、気に掛けてくれる友人に家族の支えの中ようやく外に目が向けられ始めた時にアンナは目が奪われた。
少年がアパート前でサッカーボールを操る、それはしなやかにでもどこか優しさすら感じて魅入ってしまう舞のようだった。
(凄い……え?)
アンナは少年の目を見て止まった、夫からいつもアンナに注がれていた穏やかな視線とそっくりなのだ。
ザザっとボールコントロールを終えたのだろうか、見ていたこちらに気付いて辞めたのだろうか少年は慌てて謝ってきた。
「す、すいませんうるさかったですか!」
小動物のように小さくなって謝る少年に笑ってしまう。
「ふふ、いやぁ凄いなぁって」
ストレートに褒められて赤くなっているのが可愛い、少年は腰を折り「ありがとうございます」と言うと同時にぐぅぅぅ!と腹の虫を鳴らした。
更に顔が赤くなり、アンナも耐えきれず笑ってしまう。
この時アンナはもう止まれなかった、ふわりと身を翻し少年に告げる。
「ウチに食べに来なさい」
何年振りにしただろう、自然な笑顔が溢れた。
その日を境に少年、陽先ハヤトの夜ご飯を毎日作っていく日々が始まった。
アンナから言い出したのだ、「明日も明後日もおいで」と。
アンナ自身が驚いていた、言葉が口から出てくるのだ。心の中では不審がられてないか心配したりもしていた。
最初はきょとんとしていたハヤトだったがのんびりマイペースやさんなのか、少し考えた後「よろしくお願いします」と頭を下げてくれた。
こうして始まった未亡人とサッカー少年の日々だった。
そこから一ヶ月近く経ち、彼の食べる量や好みが知れてくる。
そこに合わせてお買い物をして料理を作るのが楽しかった。
アンナにとって数年振りの「楽しい」が生まれていたのだ、夫を忘れてはいないが良い意味で本来の明るさを取り戻している。
その自覚も芽生えていた。
アンナは位牌に向かい話しかける。
「ねえ?ちょっと元気でたかな……ふふ、若すぎる男の子捕まえて犯罪かしら?」
位牌、遺影は何も返してはこない。
だがアンナにとってはそんなやり取りが出来るぐらいに立ち直ったのだろう。
彼に、ハヤトに出逢えたおかげで楽しいを思い出した。
「今夜は何にしようかな」
先の事を考えれる、知らず知らずにアンナの心は軽くなっていた。
——「頂きます!」
「はーいどうぞ〜お替わりまだまだあるからね?」
今夜はカレー、独りでは手を出さなかったメニューだ。
どうしても余る物だったからと敬遠していた、久しぶりに作ったが味は大丈夫だろうか?
「ハヤト君……どうかな?」
「ん?めちゃくちゃ美味いです!」
「凄い勢いで食べるもんね、ふふありがとう」
今は彼の存在が癒しだ。
しかしよく食べる、年頃のスポーツする男の子とは皆こんなに食べるものだろうか?
「ハヤト君朝とかどうしてるの?」
「朝っすか?一応スポーツ特待生で学校寮生と朝昼一緒に用意されます」
「そこの天神高校だっけ、寮生って……寮には入らなかったの?」
「のんびりしてたら入寮締切過ぎちゃってて……」
「ハヤト君結構のんびりさんだもんね」
思わず笑ってしまうアンナ、照れるハヤト。
(君に逢えて良かったよ)
アンナは優しく微笑みながらカレーにがっつくハヤトを見守った。




