アンナさんと母、文香
ハヤトがアンナに夕食を用意してもらう様になり早四ヶ月になろうとしていた。
ハヤトは親元を離れて一人暮らし、学校の寮には期限が過ぎていた為に入らず毎日通っている。
アンナは夫を二年前に亡くした未亡人、二人は同じアパートのお隣さん同士でありボールコントロール練習していたハヤトに見惚れてアンナが夕食に誘った経緯で今に至る。
そんなある日に届いた「アンナに宛てた陽先文香の手紙」陽先文香は陽先ハヤトの母、アンナの存在やお世話になっている事は早くに伝えていたし、食材費は毎月振り込まれているのを忘れずにアンナへと渡していた。
(母さんからアンナさんへ?俺じゃなく?)
ハヤトはなんだかソワソワとしてしまっていた。
手紙を静かに読み進めるアンナは少し目を見開いたり口角が緩んだりしている、ハヤトは母が余計な事を書いてないかが不安だった。
「なるほどね……ハヤト君来週から大会始まるのよね?」
「はい?夏休み入ってすぐですけど……」
「お母さんの文香さんがこちらに、ハヤト君の様子を見にがてら挨拶に来られるって」
「ええっ!?」
「そんなに驚かなくても良いじゃない〜頑張ってるとこ見せてあげなよ」
「いや、その、アンナさんのとこにも来るんですよね?」
「ええ、毎晩の食事のお礼にだって、そんな気にしなくても良いのにね〜」
ハヤトからすれば実家を出て四ヶ月の息子の部活大会観に来るまでは分かるのだが、アンナと母のコンタクトは妙に恥ずかしい気持ちが強かった。
「あれ?恥ずかしいの?まあ年頃だもんね〜私も高校の時はそうだったな〜……遥か昔の思い出だわ」
「言うほどアンナさんオバさんじゃ無いですよ」
「あら嬉しい!でもね来年三十路が控えてると思うともうダメなのよ……」
変なダメージを与えてしまったようだがハヤトからすれば、優しいお姉さんであり癒しになっている存在だ。
あまり卑下しなくてもとは思っている。
「はぁ……とにかく来週母さん来るんですね……」
「あまり気乗りしてないわね〜」
「あれ?大会中はどこに泊まるんだろ、ウチ布団一つしか無いのに」
「それは……書いてないわね、文香さんってお仕事されてるの?」
「はい、えっと……ここの化粧品会社の部長とか言ってました」
ハヤトはアンナにスマホを見せる、画面には女性なら一度は聞いた事のあるハイブランドの国内に留まらない知名度を誇る化粧品メーカーの名前が出ていた。
「っ!めちゃくちゃ有名企業じゃない!」
「そうなんですか?俺化粧品は知らないです」
マイペースなハヤトだが自身の母はとんでもないシゴデキキャリアウーマンの自覚が無いのだろか?
「ハヤト君は……本当にマイペースだね」
「?」
ハヤトの母、文香からの手紙からあっという間に一週間が経ち手紙に書かれていた日になった。
アンナは久しぶりに迎えるお客様に少し緊張をしながら、その時を待つ。
ピンポン
(来られたかな?)
「ハイ」
玄関を開けた先に凛と立つ綺麗な女性、間違いなく初対面なのにそう思えなかったのは顔立ちと特に目がハヤトにそっくりだったからだろう。
「まあ!こんなにお綺麗な方なんて!初めまして!陽先文香と申します」
「初めまして、美月アンナです!どうぞ狭い所ですが上がって下さい」
アンナは文香を自宅に招き入れお茶を用意する。
「話に聞いているけどアンナさんには大変ウチのハヤトがお世話になっているようで、本当にありがとうございます!」
お茶を出してすぐ感謝と共に頭を下げられアンナは慌ててしまう。
「そ、そんな私料理を作るのが好きでハヤト君が美味しそうに毎日食べてくれる事に、むしろ元気を貰ってますので!」
「ハヤトの食べる量も馬鹿みたいに食べ尽くしちゃうでしょ?それを毎晩作って貰ってるなんてあの子は幸せですよ……ちゃんと感謝は伝えてます?」
「はい!毎回美味しかったと言ってくれて片付けも疲れてるだろうに手伝ってくれて」
「私心配してましたの、あの子のマイペースが過ぎて寮申請締切過ぎて一人暮らしとなって……マイペース過ぎて生活がそもそも出来るのかって……」
「ああ……確かにマイペースさんではありますもんね、でも優しくて芯のある男の子ですよ!隣人から見てですけど」
「まぁ……そんな風に言って貰えると嬉しいわ……アンナさん貴女もお若いのにしっかりされていて安心しましたわ、始めはお隣さんにご迷惑になってると聞いて目の前が真っ暗になりましたわ」
「あはは、世間的にはそうそう起こり得ない事ですものね……」
お隣のお姉さんが一人暮らしの高校生を毎晩自宅に招き入れ、夕食を食べさせている。
そう聞けば親はどう言う事だ?となるだろうし親じゃなくてもどう言う事だ?となるだろう。
「ハヤト君に会えて私はまた動き出せました、私の方が感謝ですよ」
亡き夫の遺影を見て本心を告げる、文香も遺影を見て口を開く。
「貴女も苦労されたのね、ハヤトが貴女の支えになれているのならば……」
「はい!ハヤト君に助けられていますよ!だから晩御飯はお任せ下さい」
「まあ、あの子は本当に幸せだわ……私も夫に良い報告が出来ます」
そう言えばハヤトの父については聞いていなかった事をアンナは思い出すが、文香の穏やかな表情と言葉で察した。
「ハヤト君のお父さんはもしかして……」
「……もう十年前よ、私は必死になって生きてきたから色々あの子を見てあげれなかった、後悔はしてないけど反省だらけね」
「そんな……文香さんの姿を見て優しく芯のある、良い目をするハヤト君に育ったんだと思います」
「ありがとう……しばらく迷ってたんだけどアンナさん貴女に会いにきて良かったわ、ハヤトを真っ直ぐ見てくれて……粗相があったらすぐに言ってね?」
「あはは、その時はご報告致しますので」
「ふー、お話出来て良かった。仕事を抜けれなくて四ヶ月も掛かって申し訳なかったわね、本来ならもっと早くに来るべきだったのに」
「いえいえお気になさらず、それどころか毎月食材費も貰いすぎな気が……」
「それは全部受け取って、ただでさえ量も多いのに毎日の献立に実際作ってくれている人件費でもあるのよ」
そう言われてしまうと返す言葉が無く頭を下げるしかない。
「さーて!ハヤトの練習を観に行くわ!」
「あ!じゃあ私もお買い物がてら行きます!」
陽先文香、明るく元気なハヤトの母との出会いはまた一つアンナの心を軽くした出来事となりアンナの胸に刻まれた。




