アンナさんは凄い
ハヤトは自宅に帰り手を洗って天井を見つめる。
「試合は勝った……ハットトリックも二回した……でも嬉しく無いな」
ぼんやりと帰りのマサルの様子が浮かんでくる。
練習試合とは言えハヤトを押しのけてスタメンを掴んだ時の喜び様から、現実に起きた事は全く活躍できないばかりか交代したハヤトに格の違いを見せつけられただけになった。
「……俺はサッカーが楽しくやれたら良いだけなんだけどな」
元々の競争心が薄いハヤトのサッカーに対する原動力はボールを触るのが楽しいと言うだけであった。
だからこそレギュラーじゃなくても良いし、なんならサッカー強豪校じゃなくても良かったのだが周りはハヤトのセンスを逃さない。
気付けばジュニアユースの代表までやっていた、マイペースに生きたいハヤトにとって今日のマサルの事は忘れられない事だ。
ぐぅぅとお腹が鳴った、こんな時でもお腹は空く。
ハヤトは部屋を出てお隣のアンナの家のインターホンを鳴らした。
「ハヤト君お帰りー!どうだっ……た、試合は?」
アンナの様子がおかしい、顔を見られた時に何かを察したようだ。
「……とりあえずお入りなさい」
「あ……お邪魔します」
いつもの様に旦那さんの位牌に手を合わせて食卓に着く、なんだかいつもより品数が多く色とりどりで沢山おかずがある。
「うふふ、試合レギュラーデビューだからね?張り切っちゃった……けど、何かあったわね?」
アンナはスッと真剣な顔をしてハヤトを射抜くように見る。
「……凄いなぁアンナさん」
「ハヤト君がそんな顔してるのが珍しいのよ」
「……試合は二試合勝ちました、ハットトリックも二回しましたよ」
「え!?じゃあお祝いじゃない!!なんでそんな顔なのよ?てっきり勝てなかったと思ったじゃ無いの」
「あはは、聞いてくれます?」
「うん、もちろんよ私に話してみなさい」
ハヤトはアンナの目まぐるしく変わる表情を見てなんだか全身の力が抜け、自身の曇った心の内を言いたくなった。
マサルの事に監督から言われた事をアンナに聞いてもらってハヤトは一息吐く。
「……ってな感じで、なんだかモヤモヤして」
「なるほどね……お友達のマサル君は悔しかったでしょうね、でも監督さんの結果は結果って言うのも分かる気はするわ」
アンナは穏やかに話しハヤトを見た。
「ハヤト君はさ今の学校やこのアパート好きで選んだ?」
「え?……いや流されてスカウトが来たからで、近いのがここだったぐらいで」
「私もさ、旦那が亡くなってから特に理由も無く流れるままにここに来たんだ」
「っ!」
アンナさんから旦那さんの事を聞く時は傷付かないか構えてしまう、しかしアンナの顔は穏やかなままだった。
「私はここに来たおかげで一人のサッカー少年と出会いました、彼は私に毎日の楽しさを思い出させてくれたの……あなたは今回の経験をバネにまた大きくなる」
「アンナさん……」
「具体的な解決方法は私には分からないけど、ハヤト君を元気にする食事は作るわよ!あなたが元気一杯にサッカー続けてお友達も巻き込んで楽しんじゃなさいな」
「……はい!」
「じゃあまずは食べないとね!ほら、食べて食べて一杯用意したんだから」
ハヤトのモヤが薄くなり料理を一口運ぶ毎に晴れていく。
(アンナさんは凄いな……)
並ぶ料理を平らげるまで時間は掛からなかった、それを見てアンナは大笑いしてくれる。
「そう言えばオフ日みたいなの無いの?寮に居る皆で遊びに行くとか」
「あーオフは次インターハイ予選までに一日あるんですけど、結局グラウンドで自主練してるんですよね」
「……それってこの三ヶ月半ずっと?」
「え?そうですよ?」
アンナは驚きを隠せなかった、休日の概念が無いサッカー部にハヤトの感覚は家でニートをしているに近いアンナとは正反対で来年三十路の自分が情けなくなった。
「せ、青春よね……凄いわ……」
「今年はインターハイ優勝目標なんで監督やコーチも例年より厳しいらしいです」
テレビでたまに見る全国大会クラスの高校生はやってる事が、一般的な高校生とは違うなとアンナは思った。
「そりゃ身体から違うわよね……ちょって栄養学とか勉強しようかしら」
「アンナさんの料理凄い美味いですよ?」
「いやいやスポーツ選手に大事な栄養なんか考えてなかったからね?」
ハヤトは全然今のままで良い、世間的には公に出来ない関係だが食事を作ってくれる有り難さは本当に心からの感謝でしか無いのだ、アンナが居なかったら恐らくコンビニ弁当かチェーン店の牛丼で生きていただろう。
そう考えるとハヤトはゾッとする。
「アンナさん、いつもありがとうございます」
「へ?何突然?」
料理で身体を作ってくれて、話を聴いて心もケアしてくれるアンナに溢れる感謝を告げてハヤトは笑った。




