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日常という名の重さ

この作品を読んでいただきありがとうございます。

学園を舞台にした恋愛・心理ドラマです。

楽しんでいただければ嬉しいです。

第三章 ―― 日常という名の重さ


---


闇が部屋を包み込んでいた。キョウイチロウの呼吸は規則正しく、静かだ。数秒後には、彼はすでに眠りの底に落ちていた。夢を見ない。不安もない。ただ深く、静かな眠り。いつも通りだ。


窓の外では、夜風がひゅう……ひゅう…… と木々を揺らしている。月明かりの下で、葉がかすかに揺れている。カネオ家の大屋敷は、静寂を取り戻していた。京子はもう寝室の扉を閉めている。セリアはとうに、ウサギのぬいぐるみを枕元に抱えて眠り込んでいる。執事の桐ヶ谷蒼平は、音もなく廊下を歩き、すべての扉と窓を点検している。


朝は、ゆっくりと訪れた。


カーテンの隙間から、朝日がキョウイチロウの部屋に差し込む。遠くで、鳥たちがちゅん……ちゅん…… と鳴き始めている。表通りを一台の車が通り過ぎる。その音もかすかだ。


キョウイチロウは目を開けた。


時刻は、午前六時ちょうど。


---


洗面所では、水が静かに流れている。じゃあ……じゃあ…… という音とともに、湯気が立ち上る。鏡の中の自分の姿を見つめる。昨日と同じ顔。表情はない。変化はない。黒髪が少し濡れて額に張り付いている。


機械的な動作で髪を整える。そして洗面所を出る。


クローゼットには、金のボタンの付いた黒い学ランがきちんと掛かっている。手に取り、習慣化された動作で着込む。ボタンを一つひとつ留める。襟を整える。左腕の校章――弧を描く線が刻まれた盾――は、もう自分の一部になっていた。


部屋の外からは、母が鼻歌を歌いながら料理をする音が聞こえる。ご飯と味噌汁の香りが、家中に広がっている。食堂のテーブルには、食べ物が並べられていた。


「おはよう、キョウイチロウ!」


母の笑顔はいつもと同じだ。どんな日でも、決して色あせることのない笑顔。


「……おはよう。」


短い返事。


セリアはもう席に座っている。イチゴジャムを塗ったパンを食べている。まだ目が少し眠そうだ。手の甲で目をこする。


「……お兄ちゃん、おはよう。」眠そうな声だ。


「……ああ。」


「今日も歩いていくの?」


「……ああ。」


セリアは唇を尖らせる。「歩くのって、つまらないよ。」


「……そうでもない。体にいい。」


セリアが小さく鼻を鳴らす。そして再び皿に視線を落とす。


朝食はいつも通りに進んだ。短い会話。母の優しい笑い声。セリアの不明瞭な呟き。


食べ終わり、キョウイチロウは立ち上がる。


「……行ってくる。」


母が微笑む。「気をつけてね。」


セリアが手を振る。口にはまだパンが詰まっている。「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」


キョウイチロウは頷いた。そして家を出る。


---


外は、まだひんやりとしている。建物の隙間から朝日が昇り始め、道を柔らかな光で照らしている。木々の葉にはまだ露が残っている。空気が澄んでいる。


キョウイチロウは、歩き始めた。


歩道は徐々に賑わい始めている。鞄を手に急ぎ足で歩くサラリーマン。ベビーカーを押す母親。向こう側の歩道では、カラフルなランドセルを背負った小学生の集団が歩いている。


キョウイチロウは彼らを一瞥し、そして歩き続ける。


昨日と同じ路地に入る。高い壁にはひび割れがあり、そこから雑草が垂れ下がっている。今日は、昨日より静かだ。猫はいない。ネズミもいない。


足音だけが、壁の間にこつ……こつ…… と響く。


路地の先、小さな交差点で、一人の老婦人が杖をついてゆっくり歩いている。その隣で、若い男性が立ち止まり、手を貸そうとしている。老婦人は微笑み、首を振る。


キョウイチロウは遠くからそれを見ていた。


老婦人と若い男性の関係はわからない。理解する必要もない。ただ、見ている。


そして歩き続ける。


---


学校へ向かう道すがら、小さな公園を通りかかる。数人の子どもたちが、滑り台やブランコで遊んでいる。公園のベンチでは、一人の老人が新聞を読んでいる。その隣では、若い女性が本を手に座っている。空気が穏やかだ。


キョウイチロウは一瞬立ち止まり、その光景を見つめた。そして、公園の中へ足を踏み入れる――遊ぶためではなく、通り抜けるためだ。大きな木の下では、数羽の雀が地面をつついている。


一羽が、キョウイチロウが近づくと飛び立った。


彼はそれを見た。そして、通り過ぎる。


公園を出て、再び歩き始める。


---


学校が見えてくる。白い壁に黒い鉄の門。数人の生徒たちがすでに集まっている。笑い声や話し声が空気を満たしている。校庭では、数人の生徒がバスケットボールをしている。


キョウイチロウは門をくぐる。


校舎の入り口前では、女子生徒たちが大声で話している。一人が大声で笑い、友達がその腕を叩く。


キョウイチロウは彼女たちの横を通り過ぎる。視線を逸らさずに。


校舎の中は、天井が高く、廊下が広く感じられる。一階の掲示板には、色とりどりのポスターが貼られている――部活動の勧誘や大会のお知らせ、その他の情報だ。何人かの生徒が立ち止まって読んでいるが、ほとんどはただ通り過ぎていく。


キョウイチロウは一瞥し、二階への階段へ向かう。足音は規則正しく、慌てていない。


---


一年A組の教室では、数人の生徒がすでに座っている。雑談する者、本を読む者、キョウイチロウのように窓の外を見つめる者。隅の席では、男子生徒が鉛筆を指先で回している。


キョウイチロウは、窓際の一番後ろの席へ向かう。鞄を置き、静かに座る。そして外を見る。


外では、空が晴れ始めている。薄い雲がゆっくりと流れている。木々の間で、鳥たちがまだ鳴いている。


彼はそれを見つめている。それだけだ。


---


チャイムが鳴る。最初の授業が始まる。


丸い眼鏡をかけ、髪の薄い中年の男性教師が、黒板に字を書き始める。授業が始まる。重く単調な声が教室に響く。時々、特定の生徒に質問をする。時々、生徒たちが熱心に答える。


キョウイチロウは聞く。ノートを取る。表情は変わらない。


左隣では、女子生徒がうつむき、目を閉じかけている。前の席では、男子生徒がノートの端に落書きをしている。別の席では、女子生徒が丁寧に字を書き、紙の上に線が流れている。


キョウイチロウはそれらすべてを見ている。


誰もが自分の世界に忙しい、と彼は思う。邪魔をする必要はない。


再び黒板に目を戻す。ノートは、いつも通り整然としている。数字と文章が、正確に紙の上に流れていく。しかし、彼の思考は完全に集中しているわけではない。何かが意識の間に浮かんでいる――漠然とした、説明できない何か。


彼はそれを書き留める。そして続ける。


---


一時間目の休憩。


教室の空気が変わる。生徒たちは声を大きくし始める。購買へ向かう者、弁当を開く者、ただ座って話す者。


キョウイチロウはそのままの場所にいる。窓際の一番後ろの席で。動かない。


外では、数人の生徒が校庭で遊んでいる。キョウイチロウは遠くからそれを見ている。誰も近づいてこない。誰も話しかけてこない。


そして、教室のドアが開いた。


ショートの金髪の少女が足を踏み入れる。笑顔が顔中に貼り付けられている――誰にでも優しく、誰にでも開かれた、その笑顔。彼女の足取りは軽く、ほとんど浮いているかのようだ。彼女の目は素早く生徒たちを捉え、そして、窓際の一番後ろの席に留まる。


日鶴沙耶香が微笑む。


キョウイチロウは彼女を見つめる。表情は変わらない。


「カネオくん!」声が明るい。「また来たよ。」


キョウイチロウは答えない。


沙耶香は近づき、彼の席の横に立つ。彼女の手は――彼女自身も気づいていないかもしれないが――スカートの端を強く握りしめている。指が白くなっている。微かに震えている。


「食べ物、余分に持ってきたんだけど。食べる?」


「……いらない。」


いつものように、短い答えだ。交渉の余地はない。


沙耶香は小さく息を吐く。笑顔はそのままに。


「君って、ほんとに変わらないね。」声が少し小さくなる。


「……変わる必要がない。」


沙耶香は笑った。短く、ほとんど苦い笑いだった。しかし、笑顔は崩さない。


「……わかった。また今度ね。」彼女は振り返る。しかし、一歩踏み出す前に止まる。「ねえ、カネオくん……君は、誰かに気にかけてもらうって、どんな気持ちか考えたことある?」


キョウイチロウは彼女を見つめる。目は動かない。


「……ある。」声は静かだ。「考えたことは。でも、気にかけるっていうのは、論理では説明できない感情だ。あまり深く考えすぎることはできない。」


沙耶香は沈黙した。そして微笑んだ――今までとは違う微笑み。もっと本物の微笑み。


「……うん、わかった。」彼女は静かに言った。「考えなくてもいいのかもしれないね。ただ、感じればいいのかも。」


彼女は答えを待たずに歩き去った。足取りはまだ軽い。しかし、今回は、初めて彼女の手はスカートの端を握りしめていなかった。


キョウイチロウはその背中を見つめた。顔は変わらない。


感じる、と彼は思う。定義できないものを、どうやって感じればいいんだ?


答えはなかった。


---


二時間目の休憩。


キョウイチロウは一階へ降りた。購買では、数人の生徒が列をなしている。彼はその列に加わり、順番を待つ。前の男子生徒が小銭を落としながら支払っている。後ろの女子生徒たちが声を潜めて話している。


順番が来た。店員――中年の女性――が微笑みかける。


「あんた、同じものかい?」


キョウイチロウは頷く。


店員は緑茶のペットボトルとあんパンを手に取る。キョウイチロウは代金を払う。店を出て、いつもの校庭脇のベンチへ向かう。


校庭の様子は変わらない。ボールが生徒たちの足元を転がる。数人の生徒たちが別のベンチに座り、笑いながら話している。遠くでは、女子生徒たちが手をつないで歩いている。


キョウイチロウは座る。パンの包みを開ける。お茶を一口すする。


周囲を見渡す。


右側では、一人の男子生徒が一人で座り、虚ろな目で前を見つめている。誰とも話さない。誰も近づかない。


キョウイチロウはしばらく彼を見つめた。


彼も僕と同じだ、と思う。一人だ。誰も近づかない。


しかし、違いがある。その男子生徒は、不安そうに見える。目が落ち着かずに動き、手がズボンの端を強く握りしめている。何かを恐れているか、何か悪いことが起きるのを待っているかのように。


キョウイチロウにはそれがなかった。彼は恐れていない。不安もない。ただそこに存在している。


彼はもう一度お茶をすする。パンを食べる。


---


チャイムが鳴る。キョウイチロウは教室へ戻る。


三時間目の授業が始まる。歴史だ。丸い眼鏡の教師が、古代の戦争について語る。興亡を繰り返す王国について。


キョウイチロウは聞く。ノートを取る。


窓の外では、雲の影がゆっくりと流れている。


---


四時間目。体育。


校庭で、がっしりとした体育教師が生徒たちをいくつかのチームに分け、リレー競走を行う。キョウイチロウは第三チームに配置された。知らない生徒たちと一緒だ。


「カネオ、二番手だ!」教師が叫ぶ。


キョウイチロウは自分の位置へ歩く。


隣では、髪の乱れた男子生徒が微笑みかけてくる。


「君、カネオくん? 俺もA組だよ。でもグループが違うんだ。話したことあったっけ?」


キョウイチロウは彼を見る。


「……ない。」


その生徒は笑った。「そうだよね。ただ……まあ、挨拶したかっただけ。俺、田中。」


キョウイチロウは頷く。それ以上は返さない。


田中は気を悪くした様子もない。ただ肩をすくめ、レースに集中する。


競走が始まる。笛が鳴る。キョウイチロウは普通の速度で走る。速すぎず、遅すぎず。


隣で田中も同じ速度で走っている。二人は話さない。ただ走路に集中する。


キョウイチロウがゴールラインに達したとき、彼は振り返った。田中は後ろで息を切らし、笑っている。


「わあ、速いね。」田中は息切れしながら言った。「俺じゃ敵わないや。」


キョウイチロウは答えなかった。


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下校時刻。


チャイムが鳴る。生徒たちは慌ただしく教室を出て行く。キョウイチロウは鞄をまとめ、ノートをしまい、廊下へ出る。


廊下では、数人の生徒が大声で話している。一人が大声で笑い、友達がその腕を叩く。


キョウイチロウは彼らを通り過ぎる。


門の前では、女子生徒が携帯電話で話している。声は小さく、慌てている。


キョウイチロウは気にしない。


門を出て、歩道を歩き始める。


---


帰り道。


同じ路地で、空が曇り始めている。暗い雲が東から動いてくる。あと三十分もすれば雨が降りそうだ。


キョウイチロウは歩く。路地の突き当たりで、同じ黒猫が塀の上に座っている。その目がキョウイチロウの動きを追う。


「……まだいたのか。」


キョウイチロウが呟く。


猫は答えない。ただ見つめるだけだ。


キョウイチロウは歩き続ける。


大通りでは、バス停のベンチに若い女性が座り、泣いている。手にはまだ光る携帯電話。画面には、遠くからは読み取れない短いメッセージ。


キョウイチロウは一瞥した。顔は変わらない。


通り過ぎる。


向こうの歩道では、小さな子供が自転車から転落した。母親が駆け寄り、腕を掴み、怪我がないか確かめる。子供は泣き始める。母親は抱きしめる。


キョウイチロウはそれを見た。顔は変わらない。


歩き続ける。


---


家に着くと、母が玄関で迎えてくれた。


「おかえり、キョウイチロウ。」


キョウイチロウは頷く。


「今日は何か面白いことあった?」母が尋ねる。靴を脱ぐのを手伝いながら。


「……ない。」


母は微笑む。「そう。時には、普通の日も大事なのよ。」


キョウイチロウは母を見つめる。顔は変わらない。いつも微笑んでいる。


「……母さんは、飽きたりしないのか?」突然、尋ねた。


母は驚いた。しかし、微笑みは崩さない。


「どうして?」


「……ただ、知りたくなった。」


母はキョウイチロウの靴を丁寧に靴箱にしまった。


「母さんは飽きないわ。」彼女は静かに言った。「だって、母さんにはあなたたちがいるもの。セリアとあなた。それで十分だから。」


キョウイチロウは、もう少し長く母を見つめた。そして頷いた。


「……わかった。」


彼は自室へ歩いていく。廊下でまだ微笑んでいる母を残して。


---


部屋では、キョウイチロウはベッドの縁に腰掛けた。


窓の外では、雨が降り始めている。水滴が窓ガラスを叩き、小さな流れとなって下へと流れていく。


彼は雨を見つめた。


母は飽きない、と彼は思う。彼女には、動き続ける理由があるからだ。


僕には何がある? 論理がある。丈夫な体がある。他人にはない能力もある。


しかし、それで十分なのか?


キョウイチロウにはわからない。


彼はベッドに横たわる。暗い天井を見つめる。


外では、雨音が強くなっていく。


彼は目を閉じた。


---


夜。


リビングでは、京子が本を読んでいる。セリアはもう寝ている。大屋敷は静かだ。外の雨音と、ページをめくる音だけが聞こえる。


京子は顔を上げた。暗い廊下の方を向く。そして、ほのかに微笑む。


キョウイチロウの部屋からは、規則正しい寝息が聞こえてくる。


京子は微笑む。


キョウイチロウ、と彼女は思う。いつかあなたもわかる日が来るわ。でも、急がなくていいのよ。


彼女は再び本に目を落とした。


---


翌朝。午前六時。キョウイチロウは目を覚ます。洗面所へ行く。制服に着替える。朝食を食べる。学校へ向かう。


同じ一日。同じルーティン。


学校へ向かう道すがら、彼は同じ路地を通る。黒猫はいない。


公園では、子どもたちが遊んでいる。


校門の前では、日鶴沙耶香が友達と立っている。キョウイチロウを見ると、彼女は微笑んで手を振る。


キョウイチロウは手を振り返さない。しかし、彼は彼女を見た。


そして校舎へ入る。


教室の窓際の席に座り、外を見る。


今日も同じだろう。


しかし、初めて、彼はそれを気にしなくなっていた。


---


窓の外で、風がそっと木々を揺らす。


さらさら……。


その音は、まるで誰かのささやきのように、キョウイチロウの耳に残った。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

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