新しい檻の前の朝
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学園を舞台にした恋愛・心理ドラマです。
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第二章 ―― 新しい檻の前の朝
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あれから、六年が流れた。
俺、キョウイチロウ・カネオは、今や十四歳になっていた。今朝も、これまでの朝と変わらず、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。時刻は、午前六時ちょうど。
俺はベッドの縁に腰掛けた。クローゼットの前には、新しい制服が掛かっている。学ランだ。漆黒の生地に、金のボタンが輝いている。左腕には、校章が縫い付けられている。
俺は立ち上がり、寝間着を脱ぎ、その制服を身にまとった。布地は少し硬い。襟を整え、金のボタンをひとつずつ留めていく。鏡の中の俺は、いつも通りだった。表情はない。黒髪はきちんと整っている。目は、落ち着きすぎている。
俺は部屋を出た。
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廊下では、足音がこつ……こつ…… と静かに響く。この屋敷は相変わらずだ――広く、静かで、冷たい。しかし、一階からは、母が料理をしながら鼻歌を歌う声が聞こえる。そして、徐々に大人の階段を上り始めたセリアの声も。
俺は階段を下りた。
食堂では、テーブルがいっぱいになっていた。ご飯、味噌汁、焼き鮭、玉子焼き。母、京子・カネオは、白いエプロン姿で台所に立っている。三十五歳になったが、その顔はまだ若々しい。長い黒髪は後ろで一つに結び、二本のリボンが背中で揺れている。
「おはよう、キョウイチロウ!」彼女は明るい笑顔で迎えた。「新しい制服、似合ってるわよ!」
俺は頷いた。
セリアはもう席に座っていた。十二歳。その顔には思春期の兆しが現れ始めているが、目はまだ輝いている。
「お兄ちゃん、かっこいい!」セリアが叫んだ。「学ラン! まるでアニメみたい!」
「……アニメは見ない。」
「でも、かっこいいのは事実でしょ!」
「セリア、まずは食べなさい。」母が遮る。「お兄ちゃんが遅れちゃうわよ。」
俺は座った。目の前には、ご飯と玉子焼きが盛られた皿がある。箸を取り、食べ始める。
母が向かいに座った。「キョウイチロウ、準備はできてる? 初日はいつも緊張するものよ。」
「……緊張はしない。ただの一日だ。」
母は小さく笑った。「いつもそう言うのね。でも、いつかきっと、何か違うものを感じる日が来るわよ。」
俺は答えなかった。
セリアが俺を見つめる。「お兄ちゃん、学校でお友達できる?」
「……できない。」
「どうして? お兄ちゃんかっこいいのに!」
「……かっこいいのと、友達ができるのは別の話だ。」
セリアは唇を尖らせた。「お兄ちゃんって、やっぱり変だよ。」
俺は答えなかった。
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朝食が終わり、俺は玄関に立った。桐ヶ谷蒼平が、黒塗りの車の横で待っている。
「若様、お支度はよろしいですか?」
「……ああ。」
俺は振り返った。母が玄関先に立ち、微笑んでいる。セリアが手を振っている。
「お兄ちゃん、気をつけてね!」
「キョウイチロウ、いってらっしゃい。」
俺は頷いた。そして、車に乗り込んだ。
桐ヶ谷がドアを閉める。車が走り出す。
車内は静かだ。俺は窓の外を見た。木々や家々が流れていく。空は晴れている。いつも通りの一日だ。
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俺が通うことになった中学校は、ごく普通の公立校だった。白い壁に、校庭が隣接し、鉄の門が大きく開いている。
桐ヶ谷は門の前で車を止めた。俺は降りる。
門の前には、すでに数人の生徒たちが集まっていた。彼らの制服も同じだ――男子は黒い学ラン、女子は白いブレザーに青いスカート。彼らは話し、笑い、互いに挨拶を交わしている。
俺はそのすべてを通り過ぎた。何人かがこちらを見た。おそらく、一人で歩いているからだろう。あるいは、表情がないからかもしれない。
気にしなかった。
校舎に入り、掲示板を探す。一階の掲示板に、クラス分けが貼ってあった。一年A組。
俺は二階へ上がり、廊下を進む。教室の前で立ち止まる。中では、すでに数人の生徒が座っていた。俺は入った。
すべての視線がこちらに向いた。
誰も何も言わなかった。
俺は空いている席を探した。窓際の一番後ろ。そこに向かい、鞄を置き、座る。
窓の外では、空が晴れ渡っている。木々が風に揺れている。枝に雀が止まっている。
俺はそれを見つめた。
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教師が入ってきた。丸い眼鏡をかけ、髪の薄い中年の男だ。彼は私たち全員を見渡し、名簿を取り出した。
「これから出席を取る。大きな声で返事をしろ。」
「カネオ・キョウイチロウ。」
「……はい。」
俺の声は平坦だった。何人かの生徒が振り返る。気にしなかった。
教師は続ける。授業が始まる。数学。歴史。英語。すべてがいつも通りに進む。俺は聞き、ノートを取る。けれど、何も心に引っかからない。
俺は黙っていた。
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一時間目の休憩時間。
教室の空気が変わる。生徒たちは声を大きくし、小さなグループを作り始める。弁当を開く者もいる。購買へ行く者もいる。
俺は席に座ったまま。動かない。
何人かの生徒がこちらを見る。ひそひそと話している。しかし、近づいてくる者はいない。
俺は窓の外を見る。空はまだ晴れている。木々はまだ揺れている。
その時、誰かが教室に入ってきた。ショートの金髪の少女だ。顔立ちは整っていて、いつも笑顔を貼り付けているようだ。彼女は足を踏み入れ、友達に挨拶し、そしてその目が俺に向いた。
彼女は微笑んだ。
俺は応じなかった。
彼女はこちらへ歩いてきた。
「やあ! 私、サヤカ! 日鶴沙耶香! 君、A組だよね? 私、B組なんだ!」
俺は彼女を見た。
「……そうだ。」
「君、カネオくんっていうんだよね? 先生から聞いたよ!」
「……そうだ。」
彼女はさらに笑顔を広げた。しかし、俺は彼女の手を見た。彼女の手が、スカートの端を握りしめている。微かに震えている。彼女は怖がっている。それでも笑顔を作っている。
「一緒に昼ごはん食べない? 私、このクラスにまだ友達いないんだ!」
「……いい。」
沙耶香は驚いた。笑顔が少し曇る。「え……なんで?」
「……腹が減っていない。」
「じゃ……じゃあ、お腹が空いたら、声かけて!」
「……必要ない。」
彼女は黙った。目が俺を探す。しかし、俺はただ黙っている。
「……そっか。」沙耶香は小さく笑った――ぎこちない笑い声だった。「じゃあ、また今度ね!」
彼女は振り返り、去っていった。足音が少し慌ただしい。
俺はそれを見ていた。
彼女は怖がっている。それでも近づいてくる。
なぜなのか、わからなかった。
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チャイムが鳴る。二時間目の授業が始まる。
同じ教師。同じ教材。すべてが単調に進む。
俺はノートを書き、聞き、時々窓の外を見る。
何も変わらない。
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二時間目の休憩時間。
俺は教室を出ることにした。廊下を歩く。見て回る。
一階には、小さな購買があった。数人の生徒がパンや飲み物を買うために列をなしている。俺はしばらく眺めてから、そこへ向かった。
店内には、何種類かのパン、ペットボトルの飲み物、そしてスナック菓子が並んでいる。俺はしばらく見て回り、お茶のペットボトルとパンを一つ取った。母が用意してくれたお金で支払う。
店員――中年の女性――が微笑みかける。
「いらっしゃい。新入生かい?」
「……はい。」
「学校はどうだい?」
「……普通だ。」
彼女は小さく笑った。「口数が少ないタイプだね。いいさ。ここでゆっくりしていきな。」
俺は頷いた。買い物を手に取り、店を出る。
外では、校庭の近くのベンチに座った。そこで一人、パンの包みを開け、お茶を飲み、周囲を見渡す。
校庭では、数人の子供たちがサッカーをしている。別のベンチでは、数人の少女たちが話し合い、笑っている。大きな木には、小鳥たちが止まっている。
俺はそのすべてを見た。
彼らは皆、互いに親しげに見える、と思った。少なくとも、親しげに振る舞おうとしている。
わからない。けれど、わかる必要もない。
俺はパンを食べ終え、お茶を飲み干した。そして立ち上がる。
教室へ戻った。
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三時間目の休憩時間。いや、三時間目には休憩はない。休憩は二回だけだ。しかし、俺は教室にいた。
何人かの生徒はすでに席に戻っている。雑談する者。本を読む者。俺のように窓の外を見つめる者。
俺は彼らを一人ひとり見た。
誰も心に引っかからない。
俺は黙っていた。
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体育の時間が来た。
私たちは校庭に連れ出された。体育教師――首に笛を下げたがっしりとした男――は、校庭を走るように命じた。
俺は普通の速度で走った。速すぎず、遅すぎず。不自然にならない程度に。
数人の生徒が前を走っている。数人が後ろだ。
誰も話しかけてこない。
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学校の一日が終わった。
チャイムが鳴る。生徒たちは慌てて外へ飛び出していく。俺は鞄をまとめ、廊下へ出る。
廊下で、沙耶香が友達と話しているのが見えた。彼女は笑っている。笑顔が広がっている。
しかし、彼女がこちらを見たとき、その笑顔が少し変わった。
俺は彼女を見なかった。ただ通り過ぎる。
門の前では、桐ヶ谷の車が待っている。俺は乗り込む。
桐ヶ谷が一瞬こちらを見た。「初日はいかがでしたか、若様?」
「……普通だ。」
「何か面白いことは?」
「……ない。」
桐ヶ谷はそれ以上尋ねなかった。車が走り出す。
帰り道、俺は窓の外を見た。通りはもう静かになり始めている。夕暮れの空がオレンジ色に染まっている。
いつも通りの一日だ。
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家に着くと、母が玄関で迎えてくれた。
「キョウイチロウ、おかえり! どうだった、学校は?」
「……普通だ。」
セリアがソファから飛び跳ねた。「お兄ちゃん! 話して! 学校で何があったの?」
「……何もない。」
「何かあったでしょ! 新しいお友達とか!」
「……いない。」
「変な出来事とか!」
「……ない。」
セリアは唇を尖らせた。「お兄ちゃんって、つまらない!」
俺は答えなかった。
靴を脱ぎ、部屋へ向かう。
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部屋では、ベッドの縁に腰掛け、窓の外を見た。空が暗くなり始めている。
今日のことを考えた。
意味のない話をする教師たち。笑う生徒たち。震えながらも微笑んだ沙耶香。賑わっていた購買。買ったパン。飲んだお茶。校庭の近くのベンチ。大きな木の小鳥たち。
何も起こらなかった、と思った。ただの普通の一日だ。
しかし、何かが引っかかる。
説明できない何か。
気にかけているからではない。ただ、見たからだ。
人々がどのようにつながろうとしているかを見た。彼らがどのように微笑み、話し、笑うかを見た。
そして、その理由がわからなかった。
俺は黙っていた。
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その夜、すべての者が眠りについた後、俺は窓の前に立った。外では、三日月がかすかに輝いている。
初日のことを考えた。新しい顔ぶれ。近づこうとしたすべての人々。
何のために?
わからない。
しかし、初めて、何かが違うと感じた。
理解したからではない。ただ、見たからだ。
そして、初めて、それを拒絶しなかった。
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翌日も、同じ日常が始まった。
起きる。朝食。学校へ。教室に座る。授業を聞く。
同じだ。何も変わらない。
俺はまだ窓際の一番後ろの席に座っている。まだ誰とも話さない。まだ窓の外を見て、木々や自由に飛ぶ鳥たちを見つめている。
一時間目の休憩時間、沙耶香がまた来た。笑顔は同じだ。彼女の手はまだスカートの端を握りしめている。
「カネオくん、今日は一緒に食べない?」
「……いい。」
「でも、余分に持ってきたんだよ!」
「……必要ない。」
彼女は黙った。そしてまた微笑んだ。
「わかった。また明日ね!」
彼女は去っていった。
俺はそれを見ていた。
彼女は来続ける、と思った。いつも拒絶されているのに。
なぜなのか、わからなかった。
しかし、尋ねはしなかった。
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二時間目の休憩時間、俺はまた購買へ行った。同じパンとお茶を買い、校庭の近くの同じベンチに座る。
今日、俺は何か違うものを見た。
校庭の向こう側に、一組の生徒――男子と女子――が木の下に立っていた。彼らは何かを話しているようだ。しかし、他の生徒たちのように気軽に話しているわけではない。彼らの間の空気に、何かがある。
突然、男子生徒が手を上げた。殴るためではない。指を指すためだ。そして、彼の手には、何かがきらめいている。
この距離からでもはっきり見えた。小さな折りたたみナイフだ。大きくはない。しかし、傷をつけるには十分だ。
女子生徒は後退した。顔が青ざめている。彼女は何かを言った――おそらく懇願しているのだろう。しかし、男子生徒は動かない。彼はただそこに立ち、ナイフを握りしめ、この距離からは読み取れない表情で彼女を見つめている。
俺は二人を見つめた。
彼らの間では、誰も動かない。ただ風の音と、遠くでサッカーをする他の生徒たちの声だけが聞こえる。
やがて、男子生徒が何かを言った。聞こえなかった。しかし、女子生徒は泣き始めた。
俺はそのすべてを見た。
俺の顔は変わらない。
何も感じない。
気にかけていないからではない。ただ、なぜ気にかけるべきなのか、理解できなかったからだ。
彼らは他人だ。彼らの問題は、俺の問題ではない。
俺はお茶をすする。パンを食べる。見続ける。
やがて、男子生徒は手を下ろした。彼はナイフをポケットにしまい、振り返って去っていった。
女子生徒はそのまま木の下に立ち、一人で泣き続けた。
俺はしばらく彼女を見た。
そして立ち上がり、教室へ戻った。
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教室では、何人かの生徒が何かを話していた。
「聞いた? 山田さんと田中さん、別れたんだって。」
「え? 本当?」
「うん。田中さんが山田さんを脅したらしいよ。」
「まじか……」
「誰も怪我しなくてよかったね。」
俺はその会話を聞いていた。表情は変わらない。
そういうことか、と思った。彼らは付き合っていた。そして別れた。そして彼はナイフで脅した。
なぜ人がそんなことをするのか、わからなかった。なぜ傷つけ合うことを選ぶのか、わからなかった。
しかし、理解する必要も感じなかった。
俺はただ黙っていた。
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その日の二時間目の休憩時間、俺はまた購買へ向かった。しかし、今回は別のものを見た。
一階の廊下で、一人の生徒が床に座り込んでいる。制服は乱れ、顔に打撲傷がある。彼は腹を押さえ、苦しそうにうめいている。
俺は一瞬立ち止まった。
その廊下には、彼と俺以外、誰もいない。
彼が俺を見た。目が潤んでいる。
「……たすけて……」
俺は彼を見た。
「……どうした?」
「……殴られた……あいつら、あっちへ……」
彼が指を差す方向を見た。誰もいない。
「……先生を呼んでくる。」
「……や、やめて……面倒になりたくない……」
俺は彼を見た。そして頷いた。
「……わかった。」
俺はそのまま通り過ぎた。振り返らなかった。
心の中で、これが本当の自分のやり方ではないと知っていた。しかし、本当の自分のやり方もわからなかった。ただ、理解できないことに首を突っ込みたくなかっただけだ。
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午後、下校時に、別のものを見た。
道路脇、バス停の近くで、一人の老婦人が転んでいた。買い物袋が散乱し、野菜がアスファルトにこぼれている。
何人かの通行人が通り過ぎる。誰も止まらない。
俺は立ち止まった。
老婦人は苦しそうにうめき、立ち上がろうとしている。しかし、足が痛むようだ。
俺はしばらく彼女を見た。そして近づいた。
「……大丈夫か?」と尋ねた。
老婦人は困惑した目で俺を見た。
「……ああ……すまないね……手を貸してくれないか……」
俺は屈み、散らばった野菜を拾い集め、買い物袋に戻した。老婦人は微笑んだ。
「ありがとう……いい子だね。」
俺は答えなかった。
老婦人が立ち上がるのを手伝う。彼女は俺の手をしっかりと握った。
「君はどこの子だい?」
「……関係ない。」
彼女は笑った。「口数が少ないけど、優しいんだね。ありがとう。」
俺は頷いた。そして立ち去った。
背後で、老婦人はまだ微笑んでいる。
なぜ彼女を助けたのか、わからなかった。そこに論理はない。彼女は俺にとって何の関係もない。
しかし、なぜか、彼女が転んでいるのを見て、ただ通り過ぎることができなかった。
おそらく母のせいだ。京子はいつもそんなことを教えていた。俺が決して完全には理解できなかったとしても。
しかし、彼女の行動は教えていた。
どういうわけか。
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その夜、家で母が尋ねた。
「キョウイチロウ、今日は少し違って見えるわよ。」
俺は母を見た。
「……違う?」
「ええ。あなたの目が、少しだけ……柔らかくなった気がする。」
俺には理解できなかった。
「……何も変わっていない。」
母は微笑んだ。「そうね。お母さんは、あなたを信じてるわ。」
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部屋の中で、俺はベッドの縁に腰掛けた。
今日のことを考えた。ナイフを持った男子生徒。殴られた生徒。転んだ老婦人。
そのすべてを理解できなかった。
しかし、見た。
そして、拒絶しなかった。
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その後も、俺は歩き続けた。
そして見続けた。
公園で泣いている小さな少女がいて、誰も慰めないのを見た。電話で怒鳴っている若い男がいて、誰かに怒っているのを見た。手をつないでゆっくり歩く老夫婦を見た。
すべてを見た。
顔は変わらない。しかし、目は見続けた。
そして、初めて、何かが変わった気がした。
理解したからではない。ただ、見たからだ。
この世界がどのように動いているかを見た。人々がどのように生き、笑い、泣き、転び、そして立ち上がるかを見た。
すべてを理解したわけではない。しかし、理解する必要はない。
見るだけでよかった。
そして、初めて、それを拒絶しなかった。
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窓の外で、夜風がそっと木々を揺らす。
さらさら……。
その音は、まるで誰かのささやきのように、俺の耳に残った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




