9.ファンクラブの陥落と、甘い結婚前夜
社交界一の美男子であるジュリアンが射止められたとなれば、黙っていない者たちがいる。ジュリアンの熱狂的なファンクラブの面々だ。
ある日、私は王宮の裏庭で、十数人の令嬢たちに包囲された。
「オデット・ド・マルテル! あなたのように野蛮なトカゲ女が、ジュリアン様の隣に立つなど許されませんわ! 今すぐお別れになって!」
「そうよ! 身の程を知りなさい!」
キィキィと騒ぐ令嬢たちを見渡し、私はやれやれとため息をついた。
男なら拳で語るところだが、相手は人間のひ弱な令嬢だ。私は腰の細剣をスラリと抜くと、超高速で彼女たちの目の前の空気を切り裂いた。
シュババババッ!!!
「ひゃっ!?」
風圧だけで令嬢たちの髪飾りが一斉に弾け飛び、足元のバラの生垣が見事なハート型に切り揃えられる。唖然とする彼女たちの前に、私はすっと膝をつき、一番前のお嬢様の手の甲にそっとキスを落とした。
「怒った顔も可愛いけれど、レディの美しい髪を汚すのは私の本意じゃない。……これでも、彼の隣に立つ資格はないかしら?」
得意の「謎の薔薇と後光」を全開にして微笑むと、令嬢たちの顔がボッと赤くなった。
「まぁ……っ!」「なんて、なんて格好いいの……!」
結果、ファンクラブは翌日から「ジュリアンとオデットの二人を崇める会」へと電撃鞍替え。社交界の誰もが認める、公認のラブラブ溺愛カップルが誕生した。
「おいおい、ジュリアン殿のファンまで手懐けるとは、相変わらず規格外だなお前は」
「オデット様! 今日もジュリアン様との愛の戦記を詳しくお聞かせください!」
呆れ顔の親友テオと、目をハートにしてノートを構える侍女のクロエ。二人の生温かいからかいをビールで流し込みながら、私の人間体験は人生最高の絶頂期を迎えていた。
それから一年。私は十六歳になり、結婚式の準備を進めていた。
ドレスの試着室で、ジュリアンが私を後ろから優しく抱きしめる。
「オデット、本当に綺麗だ。君を妻に迎えられる私は、世界一の果報者だよ」
「もう、ジュリアンったら。私、中身はあんまり可愛げがないのよ?」
「そこがいいんだ。私を力強く守ってくれる、世界一頼もしい私の騎士だ」
クスクスと笑い合い、甘い雰囲気が漂ったその時。
試着室の木製の重厚な扉が、ドゴォーン! と爆音を立てて粉砕された。
「ガハハハハ! 貴様らぁ! 俺の目の届かないところで甘い雰囲気を醸し出すなァ!!」
乱入してきたのは、もちろん我が義父、脳筋ガストンだ。丸太のような腕で涙を流しながら暴れている。
「ジュリアン! 俺の愛娘を娶るからには、このマルテル流・地獄の素振り一万本に耐えてみせろッ!」
「義父上、喜んでお付き合いいたします」
「受けて立つなジュリアン殿! 脳筋が伝染するぞ!」
テオが慌ててガストン義父様を羽交い締めにして引きずっていき、クロエが壊れた扉を見て悲鳴を上げる。そんな騒がしくも愛おしいドタバタ劇。人間界は、本当に退屈しない場所だ。
そして、結婚式の前夜。
騒がしい準備も落ち着き、私はジュリアンの邸宅のバルコニーで、彼と二人きりで静かに夜風に当たっていた。
「明日で、本当に夫婦になるんだね」
ジュリアンが愛おしそうに私の金髪を撫で、そっと唇を重ねてくる。人間特有の、温かくて、少し早くて切ない鼓動が、彼の胸から伝わってきた。
「ええ。ずっと一緒よ、ジュリアン」
私は彼の背中に腕を回し、その温もりを強く抱きしめた。
魔女界の数ヶ月の暇つぶし、軽い気持ちで始めた「人間体験」だったけれど。私はこの時、心からこの脆弱で、愛おしくて、短い命を持つ人間に生まれて良かったと、生まれて初めて幸福の涙を流していたのだ。
明日の祭壇の向こうに、まさかあのような絶望が待ち受けているとは、この時の私は露ほども疑っていなかった。




