表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

10.血染めの聖堂

翌朝。生まれて初めて身に纏う純白のウエディングドレスは、驚くほど軽くて、そしてほんのりと温かかった。


鏡の中にいる私は、いつも通りのキリッとした私ではなく、どこからどう見ても「恋する一人の人間の女」だった。胸の奥がじんわりと熱くなり、指先がかすかに震える。これが、人間たちの言う『幸福』というやつなのだろう。


「オデット様、本当にお美しいです……!」


控室で私のベールを整えながら、クロエが本気で涙を流している。


「ありがと、クロエ。あんたが泣いてどうすんのよ。ほら、テオも義父様をちゃんと見張っててくれた?」

「安心しろ。マルテルのおっさんは『娘が美しすぎる』って式場の裏で号泣しながら気絶してる。仕留めるなら今だぞ」


あきれ顔のテオの冗談に、私はいつものように笑った。


大聖堂の重厚な扉が開く。

パイプオルガンの厳かな音色が響き渡る中、光の差し込むヴァージンロードの先で、ジュリアンが待っていた。私を見つめる彼の優しい瞳。その瞳に飛び込めるなら、魔女としての永遠の命なんて、今ここで捨てて人間に成り果ててもいいとさえ思った。


だが、運命というやつは、どこまでも残酷で、唐突だ。

私たちが祭壇の前で誓いの言葉を交わそうとした、まさにその瞬間。


ガシャァァァァァンッ!!!


大聖堂の美しいステンドグラスが派手に砕け散り、黒装束を纏った一団が天井から一斉に舞い降りた。手には毒々しく光る凶刃。


「国王ジークフリートの命を貰い受ける!」


狙いは、最前列に列席していた王だった。あまりの急襲に、周囲の近衛騎士たちの反応が一歩遅れる。

暗殺者の刃が、無防備な国王の首筋へと肉薄した。


「陛下ーーっ!」


叫んだのは、誰よりも王の近くにいたジュリアンだった。

彼は躊躇なく、自らの身体を肉の盾として国王の前へと投げ出した。

ドスッ、と重鈍な音が、静まり返った聖堂に響く。


「……え?」


私の視界が、ゆっくりとスローモーションに切り替わる。


ジュリアンの白い婚礼服の胸元が、一瞬でどす黒い鮮血に染まっていく。暗殺者の刃は、彼の心臓を深く、正確に貫いていた。


「ジュリアン……?」


糸が切れた人形のように崩れ落ちるジュリアンを、私はドレスを血に染めながら抱きとめた。

温かかった彼の身体が、手のひらの中から急速に冷たくなっていく。


「オ、デット……すま、ない……きみを、ひとりに……」


彼の美しい切れ長の瞳から、光が消える。

繋いでいた手の力が、完全に失われた。


「ジュリアン? 嘘でしょ? ねぇ、目を開けてよ。ねぇ、ジュリアン……っ!」


いくら叫んでも、胸に耳を当てても、あの愛おしい鼓動は二度と返ってこなかった。

人間は、あまりにも脆い。どれほど美しく、どれほど気高くとも、胸をひと突きされれば簡単に壊れてしまう。

その瞬間、私の頭の中で、人間として生きていた十六年間のリミッターが、音を立ててパツンと弾け飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ