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6.劇場の一目惚れと、王妃の秘密のお茶会

逮捕を回避してもらった私は、王へのお礼を思いついた。


実は私、人間体験の暇つぶしとして、マスカレードマスクを付け「正体不明の大人気オペラ歌手」として夜な夜な舞台に立っていたのだ。

私は国王夫妻へ、秘密裏に特別席の招待状を送った。


そして迎えた公演当日。


きらびやかな劇場の舞台に立った私は、マスクを付けて豪奢なドレスを纏い、魔女の魔力を少しだけ乗せた美しい歌声を響かせた。観客席は静まり返り、誰もが私の歌に酔いしれている。


『瞬く星々は 数千の時を刻み

地上の営みを ただ静かに見下ろす

あなたの流す涙も あなたの燃える命も

わたしにとっては 束の間のまたたき

ああ、だけど 冷徹な夜のとばりを引き裂いて』


重厚なオーケストラの旋律が最高潮に達し、劇場全体の空気が私の声に支配される。天を仰ぐようにしてソプラノを響かせる。


『わたしの胸を焦がす 一筋のひと

運命の輪が狂おうとも この調べをあなたに捧ぐ

たとえ明日、すべてが泡沫うたかたに消え去ると知っていても…』


その時、私は招待した国王のボックス席へと視線を向けた。

そこには満足そうに頷くジークフリート国王と、隣で優雅に微笑むマルガレーテ王妃。

そして…国王のすぐ後ろに控えていた、お供の男の姿が目に飛び込んできた。


「っ……!?」


一瞬、歌のブレスが乱れそうになった。

絹のように滑らかな銀髪に、吸い込まれそうなほど美しい切れ長の瞳。彫刻のように完璧な輪郭を持った、この世のものとは思えないほどの美貌の青年がそこにいた。

上品で、どこか儚げで、それでいて凛とした佇まい。

ドクン、と私の心臓が、人間体験を始めてから一番大きな音を立てて跳ね上がった。


(な、何あの上品で綺麗な生き物……! 私、本気で好きになっちゃったじゃない!)


1500年の魔女人生でも、これほどの美形にはお目にかかったことがない。

彼の名はジュリアン・ド・ブロイ伯爵。国王の最側近にして、社交界屈指の冷徹な美男子。

舞台の上で歌いながら、私の碧眼は完全に彼をロックオンしていた。


魔女オデット、人間界にきて十五年。退屈しのぎの人間体験のつもりだったけれど…どうやら、本気の恋というやつを見つけてしまったらしい。


「待ってなさいよ、美形。次の夜会で、絶対に口説き落としてあげるんだから!」



ジュリアン伯爵に一目惚れし、「どうやって落とそうか」と悩んでいたある日、王妃マルガレーテの秘密のお茶会に招かれた。

テーブルに並んでいるのは、紅茶ではなく、王妃の粋な計らいで用意された冷えたビールである。


「オデット、あなた、我が最側近のジュリアンに目を付けたらしいわね?」

「……さすが王妃様、耳が早いですね。ええ、次の夜会で仕留めようかと」


悪びれずにジョッキを傾けるオデットに、王妃は扇で口元を隠しながら妖艶に微笑んだ。


「あの子、社交界の令嬢たちからは『氷の貴公子』なんて呼ばれているけれど、実は重度の『年上お姉さんに振り回されたい派』なのよ。自分をぐいぐい引っ張ってくれる、強い女性が好みなの」

「へえ、意外と可愛いところあるんですね」

「淑女のフリなんて絶対に長続きしないから、いつも通り『拳』でいきなさい。あの子の心を物理的に掴んで引きずり回すのよ、期待しているわ」


この王妃の悪ノリ気味なアドバイスにより、私は次の夜会で躊躇なく告白を決行することになる。


一方、その頃。


王宮の執務室で書類をめくりながら、私は人知れずため息をついていた。頭から離れないのは、あの劇場で朗々と歌っていた彼女の姿だ。

「ジュリアンよ! マルテルの娘が気になって夜も眠れんようだな!」

突然背後から肩を叩かれ、私は心臓が跳ね上がるのを覚えた。我らが国王陛下である。


「あやつは並のレディではない。我が国最高の脳筋ガストンの娘だ! あ奴を落としたいなら、小綺麗な花束など持って行っても踏み潰されるだけだぞ!」

「では、どうすれば……」

「まずは『最高級の麦から造ったビール樽』を贈り、胃袋を掴め! そして、男を見せたいなら『腕相撲』で勝て! 力こそ正義、それがマルテル家の家訓だ!」


私は真面目に「ビール樽と……腕相撲……」と手帳にメモを取り、後日、オデットに笑われるのだった。

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