3.侯爵の太鼓判と後光差す騎士服
ある日、ガストンの上司であり、テオの父親でもあるアルベール・ド・モンランシー侯爵が我が家を訪れた。
「ガストン、お前の娘がうちの次男をボコボコにしたと聞いてな」
「はっ! アルベール閣下! 申し訳ありません、我が娘の教育が行き届いておらず――」
青くなるガストンの横で、私はふんぞり返っていた。悪いのは突っかかってきたテオである。
しかし、アルベール侯爵は怒るどころか、私を見て豪快に笑い声を上げた。
「ガハハハ! いや、いい! あの生意気なテオが、今じゃオデット嬢の後ろを子犬のように付いて回っている。しかも『彼女のラテン語は天才的だ、俺も負けていられない!』と、急に勉強まで始めおった。ガストン、お前の娘は実に面白いな!」
侯爵は私の頭をガシガシと撫で回した。人間の高位貴族というのは、もっと気優しいものだと思っていたけれど、案外話せる奴もいるらしい。
「よしオデット、十四歳になったら夜会デビューだ。その時は我がモンランシー派閥の騎士として、盛大に暴れてこい!」
「夜会? 美味い酒はあるの?」
「おいオデット! 閣下になんて口を!」
慌てるガストンをよそに、私は「夜会」という響きに少しだけ胸を躍らせていた。人間たちの祭り。そこにはきっと、私の大好きな「あれ」があるはずだ。
魔女の気まぐれな人間体験は、こうして周囲を巻き込みながら、お祭り騒ぎの夜会へと進んでいくのだった。
◇
人間界に降り立って十四年。ついに、私ことオデット・ド・マルテルの夜会デビューの日がやってきた。
普通、令嬢のデビューと言えば、コルセットで限界までウエストを締め上げ、ひらひらとしたドレスに身を包んで淑女らしくステップを踏むものらしい。
が、脳筋の義父ガストンと、私を気に入ったアルベール侯爵が用意したのは、純白の生地に金刺繍が施された、素晴らしい「騎士の礼服」だった。
「おお……オデット、お前はなんて凛々しいんだ! どこに出しても恥ずかしくない我がマルテル家の最高傑作だ!」
「うん、ドレスより動きやすくて最高。じゃ、行きましょ」
鏡に映る私は、金髪をきっちりとまとめ、碧眼を輝かせた、我ながらキリッとした美男子……じゃなくて美人だった。腰には儀礼用の細剣。ドレスの窮屈さに悩まされることもない。
こうして私は、義父のお供として王宮のきらびやかな大夜会へと足を踏み入れた。
会場に入った瞬間、周囲の空気が一変した。
正確に言うと、壁際に並んでいたうら若き令嬢たちの視線が、一斉に私に突き刺さったのだ。
「まぁ……あの方、どこの美青年騎士かしら?」
「マルテル伯爵家のご令嬢だそうよ。なんて凛々しくて素敵なお姿……!」
クスクス、キャーキャーと黄色い悲鳴が上がる。私は彼女たちに軽く目を細めて視線を送る。
すると次の瞬間、彼女たちの目には、私の背後にまばゆい薔薇の背景が咲き乱れ、頭上から神聖な後光が降り注いで見えたらしい。私の放つ魔女のオーラが、彼女たちの錯覚を誘発してしまったのだろうか。
だが、私の頭の中はそんなファンシーな状況とは程遠かった。
私の目的はただ一つ。人間界の素晴らしい発明品「ビール」を浴びるほど飲むことだ。
会場を見渡すと、高位貴族が集まる上座の席には、気取ったガラス瓶に入った高級ワインばかりが並んでいる。ちびちび飲む気取った酒など、今の私には必要ない。
一方で、会場の隅、下位貴族や若い騎士たちが集まるエリアには……あった。冷えた大樽と、巨大な木製ジョッキが!
「ちょっと通るわよ」
「きゃっ、オデット様……!」
群がる令嬢たちを華麗にステップでかわし、私は一目散にビール樽へと直行した。
ジョッキになみなみと黄金の液体を注ぎ、躊躇なく一気に煽る。
ゴクゴクゴク……ぷはぁッ!!!
「これよこれ! 麦の苦味とこの喉越し! 人間界に生まれて良かったわ!」
「おいオデット、デビュー早々何やってんだお前は!」
呆れた声を上げて突っ込んできたのは、正装した親友のテオだった。
「何って、水分補給よ。ほらテオも飲みなさい、奢ってあげる(私の金じゃないけど)」
「夜会でビールを奢る令嬢がいるか! ……いや、美味そうだな。貰うわ」
結局テオもジョッキを掴み、それを見た周りの若い騎士仲間たちも「マルテル令嬢、最高だな!」と次々に集まってきた。気づけば会場の片隅は、夜会というよりは完全に居酒屋のノリ。野郎どもを引き連れて「カンパーイ!」とジョッキを突き合わせる私たちは、異様な熱気を放っていた。
その様子を、少し離れた場所からギラギラと見つめる男がいた。
女好きで有名な派手めの美男子、アルジャーノン・ペラム伯爵である。彼は「ふっ、面白い女の子がいるな。私のテクニックで落としてやろう」とばかりに、前髪をかき上げながらこちらに近づこうとした。
が、私の周囲を囲む脳筋騎士たちの放つ汗臭い熱気と、「オデット様、もう一杯!」という怒号のような盛り上がりに気圧され、結局一歩も近づけないまま、遠くで苦い顔をして立ち尽くす羽目になっていた。ふっ、哀れな男。




