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2.ラテン語と鉄拳

私が人間界に来て十二年目、王宮の騎士養成所の初等クラスに通っていた頃のこと。

騎士たるもの、武術だけでなく教養も必須――ということで、その日の授業は、貴族の嗜みであり教養の最高峰とされるラテン語の古典朗読だった。


「では次、オデット・ド・マルテル。三十二ページから朗読しなさい」


老学者の指名に、私はのっそり立ち上がった。

ラテン語。人間にとっては習得の難しい古代言語らしいが、私にとっては「毎日の魔法詠唱で嫌というほど使っている日常言語」である。発音のコツも、独特のイントネーションも、骨の髄まで染み付いている。

私は教科書に目を落とし、すらすらと、流れるような美しい発音で朗読を始めた。


「Fortuna caeca est, et variabilis, et insana...(運命は盲目であり、変わりやすく、狂気じみている……)」


静まり返る教室。私の口から紡がれるラテン語は、単なる朗読の域を超え、まるで本物の聖職者か、あるいは偉大な魔術師が紡ぐ呪文のように神聖な響きだ。本物の魔女だから当たり前なんだけど。

読み終えて私が着席すると、老学者は感動のあまり震える手でメガネを拭い、大絶賛した。


「す、素晴らしい……! なんという気品、なんという完璧な音節の捉え方だ! マルテル家の令嬢は、言語の神に愛されている! 諸君、彼女の爪の垢を煎じて飲みなさい!」


パチパチパチと周囲から拍手が起きる中、私は「まぁ、これくらい当然よね」と頬杖をついた。

だが、そんな私を、隣の列から般若のような顔で睨みつけている少年がいた。

侯爵家の次男坊、テオ・ド・モンランシーである。


名門の生まれでプライドが高く、座学では常に自分が一番だと自負していた彼は、年下の、しかも女子(と彼らは思っている)である私に出し抜かれたことが、どうしても許せなかったらしい。テオの額にはバキバキと青筋が浮かんでいた。


案の定、放課後の訓練場に私が向かうと、テオが数人の取り巻きを連れ、行く手を塞いできた。その手にはしっかりと訓練用の木剣が握られている。


「おい、オデット・ド・マルテル! さっきの授業のラテン語……あれは一体何の真似だ!」

「何の真似って、ただ読んだだけだけど。あんた、私のファンにでもなったの?」

「ふざけるな! 田舎者の脳筋マルテル家が、あんな完璧なラテン語を話せるわけがない! どこぞの学者を雇って、事前に丸暗記するカンニングでもしていたんだろう! 女のくせに浅ましい真似を!」


やれやれ。やっかみ全開の、いかにも分かりやすい難癖だ。


「はぁ? カンニング? あんた、頭が悪い上に耳まで腐ってんのね。……ねえ、喧嘩売るなら口じゃなくて剣で来いってガストン義父様に教わらなかった?」

「な、何だとォ!? 生意気な小娘が、格の違いを教えてやる!」


激昂したテオが木剣を振りかぶって突撃してきた。

魔法? そんなもの使う必要すらない。私の桁外れの体幹から繰り出される容赦のない一撃が、テオの木剣を容赦なく粉々に砕き、彼の顔面にクリーンヒットした。


「ぶべらっ!?」


派手な音を立てて地面に転がるテオ。鼻血を流して気絶しかけている彼を見下ろし、私はふうと息を吐いた。……あ、ちょっとやりすぎたかしら。一応、人間だし。


「ねえ、生きてる?」


私は自分の救急箱を引っ張り出すと、テオの顔面の泥を拭い、手際よく、かつかなり雑に包帯を巻き付けた。


「……う、うう……」

「あ、目が覚めた? ほら、折れてはなさそうよ。次はもっと腰を落として構えなさい。ラテン語を覚える前に、自分の剣の隙の多さを反省することね」


私が差し出した手を、テオは呆然と見つめていた。その頬が、なぜかボコボコに腫れ上がった状態で赤くなる。


「……君、強いんだな。それに……あのラテン語も、本物だったんだな」

「当然でしょ。誰だと思ってんのよ」

「クソッ、負けたよ! だが次は負けないからな……オデット」


何がどうしてそうなったのか、翌日からテオは毎日のように私の後ろを付いて回るようになった。完全に「懐いた」のである。喧嘩っ早い私と、プライドをへし折られて逆に吹っ切れたテオ。私たちはいつしか、何でも言い合える大親友になっていた。

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