表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

12.三十年後の約束

魔女界に戻ってから、こちらの時間で数週間が過ぎた。

人間界の感覚で言えば、あれから数年が経ったことになるだろう。


私の自室の机の上には、人間界から持ち帰ったいくつかの「遺品」が並んでいる。血の汚れを魔法できれいに落とした白い騎士服、お気に入りのマイ・ジョッキ、そして…ジュリアンがプロポーズの時にくれた、サファイアの指輪。


「オデット、あんた今回の休暇から戻ってから、なんだか様子がおかしいわよ?」


ふらりと部屋にやってきた高位の魔女仲間が、私の手元を見てニヤニヤと笑う。


「何がよ」

「だって、あんなに美的な感性が高かったあんたが、ドロッとした黄金色の苦い液体ビールを好んで飲むようになるし。それにさっき、食堂のデザートに出たアップルパイを見て、うっかり食べようとしてたでしょ」

「……うるさいわね。ちょっとした気まぐれよ」


私はフンと鼻を鳴らし、手元の水晶玉を起動した。

魔女界の退屈な時間は、人間界の時間を恐ろしい速さで進めていく。私が地上を去ってから、人間界ではすでに三十年以上の歳月が流れていた。


水晶玉の中では、かつて私を面白がり、集団傷害罪から救ってくれた、あの悪ノリ好きのジークフリート国王が、病の床で死の淵に瀕していた。


「……ふん。お別れくらいは、直接言ってあげなきゃね」


私は漆黒の魔女の衣を纏い、密かに人間界の王宮、国王の寝所へと転移した。


深夜の寝室。老衰と病により、かつての豪快さを失い、小さく息を吐くだけとなった老王ジークフリートが横たわっていた。周囲の看病の者たちに認識阻害の魔術をかけ、私はベッドの脇に姿を現した。


「相変わらず、死に際まで人騒がせな王様ね」


私の声に、ジークフリート王がゆっくりと、薄く目を開けた。かすむ瞳が私を捉えた瞬間、王の口元がわずかに綻んだ。


「……おお、オデット、か。三十年前と、少しも変わらぬ美しさだな。やはり、お前は……」

「ええ、私は人間じゃないわ。魔女界からほんの数ヶ月休暇に来ていた、気まぐれな魔女よ」


私が告白すると、王は驚くこともなく、微かに笑った。マルガレーテ王妃だけでなく、彼もまた薄々感づいていたのだろう。王は力なく微笑みながら、掠れた声で私に問いかけた。


「万能なる魔女よ……ならば、お前のその力があれば、あの時ジュリアンを生き返らせることも……今の私を、病から救い、寿命を延ばすことも容易かったのではないか?」


その問いに、私は静かに首を振った。そして、あの日ジュリアンを前にして、どうしても魔法を使えなかった理由を打ち明けた。


「魔法は万能よ。だけどね、人間の運命を無理に書き換えれば、世界の法則…輪廻の輪が狂うの。その代償は、魔法を使った私ではなく、使われた本人の魂に返る。もしジュリアンを生き返らせていたら、彼の魂は永遠の呪縛と死以上の苦痛を味わうことになっていたわ」


王の細い手を、私はそっと握りしめる。


「だから……私は本当に大切な人には、絶対に魔法を使わない。ジュリアンにも。そして、私を愛してくれたあなたにも」


私の言葉を聞いたジークフリート王は、深く、満足そうに息を吐き出した。


「ははは……いや、返す言葉もないな。そうだな、お前は非情な魔女などではない。誰よりも優しく、不器用な……我が国最高の騎士だ」


王の瞳から、死への恐怖が完全に消えていた。彼は私の手を微かに握り返し、どこまでも穏やかな声を紡いだ。


「ならば、私はこのまま、傷一つない綺麗な魂のまま眠るとしよう。……なに、魂の輪廻というものがあるのなら、その輪の中で……またお前と出会うこともあるかもしれん。その時は、美味いビールでも、奢ってくれ……」

「ええ、約束するわ。大樽ごと奢ってあげる」


私が微笑むと、王は満足したようにゆっくりと目を閉じた。

そのまま眠るように、ジークフリート王は静かに息を引き取った。

私は王の胸に手を当て、その高潔な魂が、美しく星の海へと還っていくのを見届けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ