13.泡沫(うたかた)の夢のあとに
王宮を去った私は、魔女界の自室に戻り、いつものように水晶玉を起動した。
地上では、偉大な王の崩御を悼む鐘が鳴り響いている。王の葬儀の後、かつて私が過ごしたマルテル伯爵領の訓練場には、馴染みの顔が集まっていた。
「おいガストン、あまり泣くな。陛下は天寿を全うされたんだ」
髭を蓄え、近衛騎士団長の外套を羽織ったテオが、隣の老人に声をかける。ガストンはシワの刻まれた丸太のような腕でボロボロと涙を流していた。
「分かっている! 分かっているが、陛下は最期まで『オデットは我が国最高の騎士だった』と仰っていたと聞いてな……! あいつが魔女だろうが何だろうが、陛下も俺たちも、あいつを愛していたんだ!」
「あの時はあまりのことに呆然としちまって、引き留められなかったのが一生の不覚だな、ガストン」
「オデット様……今でもどこかで、ビールを飲んでいらっしゃるでしょうか」
大人の落ち着きを得たクロエが、遠い空を見上げるように呟きながら、三人のジョッキに王のお気に入りだった銘柄のビールを注ぐ。
テオが、空に向けてジョッキを掲げた。
「オデット! どこにいるかは知らねぇが、陛下がそっちに行かれたぞ! またお前のお得意のラテン語で、盛大に案内して差し上げろよ!」
「ガハハ! おいオデット、飯はちゃんと食ってるか! リンゴは避けてるかぁ!!」
大音量で叫ぶ脳筋たちの姿に、私は魔女界の自室で思わず額を押さえた。
あの一件の直後、私は彼らに「化け物」として恐れられたのだと思っていた。だから何もかもを捨てて逃げるように帰ってきたのに……人間という生き物は、本当に、どこまでも私の計算を狂わせてくれる。
「バカね、相変わらず。声が大きすぎるのよ、脳筋」
水晶玉を見つめる私の口元に、人間らしい温かな苦笑が浮かんでいた。
さらに時は流れ、人間界の街並みも、人々の衣服もすっかり様変わりした頃。
人間に化けたオデットは、お気に入りのビールを飲むために、久しぶりに賑やかな人間の街を歩いていた。
活気あふれる雑踏の中、オデットはふと足を止める。
向こうから、笑いながら歩いてくる一人の若い男がいた。
顔も、背の高さも、服装も、かつての彼とはまるで違う。けれど、魔女であるオデットの目にははっきりと見えた。その魂の形は、間違いなく……ジュリアンだ。
彼は今世では、身分に縛られることのない普通の青年として、隣にいる友人と、心底楽しそうに笑い合っている。
青年は、すれ違いざまに美しいオデットと一瞬目が合うが、見惚れたような顔をすぐにはにかませ、そのまま通り過ぎていく。彼に前世の記憶はない。
オデットは振り返らなかった。歩みを止めず、すれ違った背中に向けて、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
「幸せになってね、ジュリアン」
未練はない。彼女の胸には、あの十六年間の愛が色褪せないダイヤモンドとして残っているから。
オデットはキリッとしたいつもの表情に戻ると、大好きなビールを求めて、雑踏の中へと颯爽と消えていった。




