九十六章 †再会せし確執†
白炎は猛獣の口のように大きく広がり、リントに喰らいつく。
「くっ……!?」
咄嗟に翼を折り畳んで自分と女を覆い隠し、炎から守る。
「防ぎやがったか。耐熱性のセラミックか何かに変化させたな?」
「ハクさんの初撃を防ぐなんて……やっぱり強い……!リント・ペインタス……!」
言いながら穴から降りてきたのは、ハクとレヘンだ。
「つうか暗っ!?どうなってんだこりゃ!」
突然暗闇に包まれ動揺したハクの元へ、即座に鉄線を伸ばし反撃するリント。
が、それをレヘンのバリアが防ぐ。
「少年……元に戻ったようだな」
リントは言いつつ、翼を畳んだことで揚力を失い落下していく。
「戻った?」
勿論レヘンは自分の身に何が起きたのかをまだ知らない。
「なるほど。あの時の記憶は無いのか」
「何があったんだ?コイツに。知ってるのはあんただけだ」
「それはこちらが聞きたいくらいなんだがね」
との空中でのやり取りも、長くは保たない。
この狭い空間ではすぐに地面が見えてくる──と言っても目に見えるわけではないが。
それを知っているリントはすでに地面との衝突に備えて足元を大きなバネに変えていた。
バネがクッションとなり、カゴの中に匿われていた女も無事に着地する。
続いて落ちてきたハクとレヘンも、紅蓮拳の噴射と超能力による浮遊で墜落を免れた。
「あんた、なんで魔獄にいやがる?」
ゆっくりと着地し、弱火の紅蓮拳で辺りを軽く照らしながら、ハクは改めて尋ねる。
「さあ?封印が解けたらこの世界にいたんだ」
元の姿に戻り、肩をすくめて答えるリント。
ハクは視線をその後ろへ移し。
「その魔人は?」
「案内役さ。目覚めた直後に魔人の王様に捕まってしまってね……その少年を仕留めることができれば解放してやると命令を受けたんだ。あの時はすまなかったね、少年」
事実とは少々異なるが、無用な争いは避けたいのだろう。
あの時のレヘンの異常な状態が再び現れれば勝ち目は無く、それを抜きにしてもギリギリの戦いだったことを思えば、さらに仲間まで連れている今の状況で戦うのは無謀でしかない。
「信じられねえな」
とハクは目を細める。
歴史上でも名高い極悪人として知られている以上はそれも当然の反応だろう。
「困ったな。君たちも気付いているんだろう?上にいた巨大な魔力が消えているんだ。今なら命令なんて無視して逃げられる。私にはもう君たちと戦う理由は無いんだよ」
「何万人も殺しといてよく言えたもんだぜ。こっちはあんたを地上に逃がすわけにゃいかねえんだよ」
話しながら、ハクは少しずつ拳に纏う炎の火力を高めていく。
正義感からなのか、ただ四鎋戦犯と戦いたいだけなのかは定かではないが。
──やれやれ、血の気の多い青年だ。逃げようとすれば一瞬で焼かれるだろうな。
リントは両手を挙げ敵意が無いことをアピールしつつ。
「あの時少年に何があったか教えよう」
と切り出す。
「あぁ?」
「勿論私にできるのは見たままを伝えることだけだ。アレが一体何だったのかは分からないが……少年はあの時、何者かに体を乗っ取られていた」
「の、乗っ取られてた?」
レヘンは困惑する。
「確かヤツは……これで命令が届く、などと言っていたな。恐らく君が弱ったことでその何者かの付け入る隙が生まれたんだろう。突然別人のような喋り方になり……その後はもう一瞬だった。まるでリミッターを外したかのように、それまで君が使っていた超能力を遥かに超える凄まじい攻撃を受け、再生もできないほど粉々にされてしまった」
「…………」
ハクとレヘンは顔を見合わせる。
リントの言葉を信用したわけではないが、二人には心当たりがあった。
「なるほどな。レヘンが気い失っている間に切断されたはずの脚が治ってたのも、ソイツの仕業ってわけか」
「そうだとしたら納得がいくよ。ボクには体を治す技なんてないんだ」
「ふむ。治っているなとは思っていたが、そうか。きっと私を倒した後で再生したんだろう」
と、その時だ。
飢えた猛獣のような唸り声が四人の周囲から聞こえ始めた。
「魔獣か。でけえな」
ちらりと目をやると、十数体の大型魔獣が四人を取り囲んでいた。
エンプティの加護でリントたちは狙われなくとも、ハクたちは別だ。特に強い魔力に引き寄せられ、魔獣は自ずと集まってしまう。
無論ハクたちにとって魔獣など敵ではないが、目の前のリントから僅かな時間でも意識を逸らしたくはない。
逆に、リントにとっては絶好のチャンスとなった。
──これを待っていた!
獣型魔獣の一体がハクへと飛び掛かった瞬間、リントは両脚を鉄線に変えた。
鉄線を地面に突き立てて高速で長く伸ばすことによって、リントの体は一気に上昇していく。
上へ上がるだけなら、わざわざ飛ぶ必要など無いと気付いたのだ。
その少し下には引っ張られるように女がついてきている──対話によって時間を稼いでいるうちに尻尾をロープのように変え、女に巻き付けていた。
二人は一瞬にして地上二百メートルにまで達する。
が、まんまと逃亡を許すほどハクたちは甘くはない。
──"衝鎚紅蓮拳"!
ハクが右手から伸ばした炎はハンマーの形になって、真っ直ぐに上へ伸びる鉄線を横から強打する。
真上に穴があるならその方向をずらしてしまえばいい。
勿論それだけならばリントは軌道修正して元の方向へ戻るだけだろうが、レヘンがそれを許さない。
両手のひらを上へ向けてリントの体を捕捉し。
「どーん!」
と両手を勢いよく下ろす。
リントはそれに引っ張られ上空から一気に打ち下ろされた──かに見えたが。
「あれっ!?」
落ちてきたのは皮一枚だった。
脱皮することによって超能力から逃れたのだ。
──超能力対策は上手くいったようだな。
と安心したのも束の間。
がくん、とリントの上昇が止まる。
「何だ……?」
下を見ると。
「だあっ!魔獣どもの重みで地盤が沈んでやがる!」
そこには大きな穴が開いていた。
直径二十メートルほどの範囲の地面が、勢いよく崩壊していく。
ハクの炎の影響によってか地表が渇いて分かりづらくなっていたが、そこは泥濘のど真ん中だったのだ。
地面に突き立てた鉄線も当然支えを失い、落ちるしかない。
が、リントは咄嗟に変化させた脚を元に戻し、両腕を翼に変えて落下を免れる。
一方ハクとレヘンはすぐにそれぞれの方法で飛び上がって抜け出そうとしたが、巨大な魔獣がその上からさらに数体雪崩れ込むようにして覆い被さったことで逃げ道を見失う。
「チッ……あーもう、まあいいや。元々下に降りるつもりだったしな」
面倒そうに言いながら紅蓮拳を解き、落ちていくハク。
どうやらただの泥濘ではなく、下の階層──第五階層へと繋がっているらしい。
「ちょっとハクさん!待ってよ!」
レヘンもそれを見て下へ向かうが。
「どうせ落ちるなら……!」
と片手を上へ掲げた。
「くっ!」
リントは急激に下へ引っ張られる。
超能力対策の脱皮も意味を為さない。
レヘンが落ち際に放った超能力は、リントではなく女を捉えていたからだ。
空中で抗う術はなく、そのままハクたちとともに奈落の底へ引き摺り込まれた。
† † †
第五階層。
筋肉大膨張号Xは燃料温存のため広めの足場を見つけて着陸していた。
地上に戻る方法を探るべく、メルト一行は外に出る。
「どうやって脱出する?カガリ」
「……とにかく上を目指すしかねえな。魔獄はいくつかの層に分かれてるらしい。ここが何層目だか知らねえが、一番上に行きゃあ何か手掛かりも見つかるだろ」
後頭部を掻きながら困り顔でカガリは提案する。
「カガリちゃんが分かんないんじゃどうしようもないねぇ。ていうかあっつ〜……ぼくもう溶けちゃうよ〜……」
アダーはそう言って項垂れる。
周囲に満ちた溶岩は侵入者を焼き尽くさんばかりの熱気を常に放ち続け、煙と陽炎で視界も劣悪な状況が続いている。
間違いなく人間の生きていけるような環境ではない。
筋膨Xの中には勿論冷房もあるが、そもそもこの熱気では機体そのものが異常をきたしかねない上に、今着けている足場もいつ崩壊するか分からない。
中に閉じこもっていても何も解決しないのは明らかだ。
「のんびりしてはいられないね。このままじゃ全員揃って干からび──」
パンッ!!
と、クツミカの言葉を遮って大きな破裂音が鳴り響いた。
「何だ!?」
「なになになに!?コワイ!」
メルト一行は音の鳴った前方の上空へとすぐに目を向ける──アダーだけは慌てふためきつつ、クツミカを盾にするように身を縮こめているが。
そこには分厚い雷雲の中にぽっかりと開かれた穴があった。
「上に続く穴か?さっきまであんなもの無かったけど……上から誰かが開いたのか?」
クツミカは目を凝らして穴を観察しながら推測する。
同じく穴をじっと見つめ警戒するカガリは。
「何か落ちてくるぜ……!この魔力は……」
と、あることに気付いて段々と目を見開いた。
「ハク……!?」
大量の泥や魔獣とともに落ちてきたのは、ハクたちだ。
飛べない魔獣たちはそのままマグマの中へと沈んでいった。
「カガリ、やっぱお前かよ」
ハクとレヘンだけはカガリたちを見つけるとそれぞれの飛行方法で空中制御し、その足場へと着地する。
「え!?何!?知り合い!?」
訳も分からずカガリとハクの顔を交互に見るアダー。
「……兄貴だよ。ろくでなしのな」
カガリは露骨に不機嫌な顔で答える。
「おお、前に言ってたな!あんたがカガリの兄ちゃんか!」
と寄ってきたメルトに。
「ハクだ。こっちのチビはレヘン。悪いが呑気に挨拶してる場合じゃねえんだわ」
ハクは手短に言うと、両拳に白炎を纏いながら振り返る。
レヘンによって第五階層へ道連れにされたリントと女魔人がそこへ着地した。
「誰だ?」
「リント・ペインタス。四鎋戦犯の一人だよ」
メルトの問いに、レヘンが両手をリントに向けながら答える。
「四鎋戦犯だと!?チッ……状況が呑み込めねえが……アイツ片付けたら全部説明してもらうぞクソ兄貴!」
カガリも戦闘態勢をとり、紅蓮拳を発動した。
が。
「待て。降参だ」
リントは両手を上げ、観念したようにそう言った。




