九十五章 †白き虎†
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魔獄・第四階層──暗闇の中にひっそりと佇む屋敷。
その中で、上層から落ちてきたリントたちは屋敷の主──かつて王だったという老魔人エンプティと色々な話をしつつ、休息を取っていたのだが。
「ライザーの魔力が消えた……」
と目を覚ました案内役の女魔人が呟いた。
「ほう……?貴様、感知に長けているとは言え、この第四階層からでも第一階層の魔力の動きが分かるのか?」
感心した様子のエンプティだが、女はすぐに首を横に振る。
「細かいところまでは無理よ……ただ、あの異常に大きい魔力が消えれば嫌でも分かる」
「ふむ……消えたとは、つまりヤツらは地上に出たのか?」
とリント。
「たぶん……」
「なるほど。では天域の結界とやらが消え、神の死が確定したんだな」
言いながら、リントは立ち上がる。
「行くのか?」
「ああ。魔獄から出るならヤツらのいない今しかあるまい」
エンプティの問いに頷いてそう言うと、女の方へ視線を移す。
「君はどうする。このままここで匿ってもらうか?」
「……あなたと行くわ」
そう言って、女もゆっくりと立ち上がった。
「良いのか?上へ戻っても仲間たちに爪弾きにされるかもしれないぞ」
「いえ、あなたと一緒に地上に出る」
「何……?いや……それは危険だ。地上では魔人など敵と見做されて命を狙われるだけだ」
「魔獄でも同じでしょ。それもこれも、全部あなたがあの子供に負けたせいよ。責任をとって。それにそもそも、魔力を扱えないあなたじゃ地上への門を開けない」
リントは困ったように首を傾げる。
物静かで控えめな印象の女ではあるが、この強引な態度からはやはり魔人の性質が窺える。
──門などはどうとでもなる……他の魔人が開いた門を拝借するでも、魔人を脅して開かせるでも良し。
──だが……。
「やれやれ、仕方ないな……勝手にしたまえ。私とて追われる身に違いはない。守る対象が一人増えるだけだ。ただし足手纏いになるようなら見捨てるからな」
呆れたように肩をすくめつつも、リントは少し楽しげに微笑を浮かべた。
地上でも戦犯として忌み嫌われ、オリハルコンの中でも永らく孤独を味わっていたリントには、自ら関わってこようとする女の態度が嬉しかったのかもしれない。
それから再びエンプティへ向き直し。
「では、世話になったな、エンプティ……暗闇の王よ。もう会うこともないだろうが、お達者で」
と紳士的に頭を下げると。
「わっはっは!そう悲しいことを言うな!いつでも訪ねて来るがいい!追われる身なのだろう?逃げ場が無くなった時は匿ってやる!その代わり地上の話をもっと聞かせよ!」
エンプティは豪快に笑いながら送り出した。
その言葉に微笑を浮かべたまま小さく頷いた後、屋敷を後にしようと扉に手を掛けるリント。
が、その時だった。
「待て……何か……強い魔力が現れたぞ……!」
エンプティが引き留める。
「魔力?誰だ?近いのか?」
「……いや、近くはないようだ……だが大きい……そしてこの魔力は恐らく……人間だ」
「人間……!?」
リントが困惑していると。
「ここじゃない……人間たちがいるのはさらに下よ」
女は目を瞑ってそう告げた。
集中し魔力を探っているのだろう。
「さらに下……!?」
「第五階層か……」
「……この魔力……地上の感知を任されてた時に感じたのと同じだわ……たぶん、"烈焔のカガリ"の一団ね……」
カガリたちが送られたのは魔獄の最下層、最も危険なエリアとされる第五階層だったようだ。
「彼らか。しかし何故人間がいきなり最下層に……」
「さあ……でもあんな集団、関わらないに越したことないわよ。だって今生きてるってことは、千人部隊の攻撃を耐え抜いたってことなのよ……」
「ふむ、確かに」
パペティアと戦った満身創痍の状態で千人もの魔人を倒したとなれば、並大抵の強さではないと思い込むのも当然だった。
勿論上澄みの実力者が揃っていることには違いないのだが、実際に千人の魔人たちを倒したのはほとんどが夜の騎士団によるものだ。
それをこの二人が知る由もない。
改めてリントが扉を開け外へ出ると、どこまでも続く暗闇が視界に飛び込む。
「相変わらずの暗さだ。ここには朝も夜も関係ないのか」
「はっはっは!朝など私がここへ堕ちてから千年以上も来とらんな!」
「やれやれ、気が滅入るな。よくぞこんなところで孤独に生きてきたものだ」
「孤独じゃあない。私には魔獣たちがおる。意思の疎通もできぬ阿呆どもだが、それでも慣れれば案外可愛いものだ」
「フッ、君とは気が合いそうもない……ではそろそろ行く。さらばだエンプティ」
こうしてリントたちはエンプティの屋敷を後にした。
女は魔力で周囲の状況を探りながら、リントを先導して暗闇の中を歩いていく。
魔獣を操るエンプティを味方に付けたお陰か今は落ち着いているが、それでもこの階層の全ての魔獣がエンプティの支配下というわけでもなく、いつ襲われてもおかしくない。
「どうやって上へ戻る?」
リントは女に尋ねる。
「来た時と同じよ。少し進めば上へ通じる穴があるはず。そこから上がれば第二階層に出るわ」
「穴か……ここまで落ちてきた穴と同じものだとするなら、上空まで飛ばねばなるまい。私は飛べるが、君はどうするんだ?」
「言ったでしょ。魔獄は下へ行くほど狭くなる。四層目ともなれば広さは第一階層の五分の一以下……空までもたった四、五百メートルしかない。その程度なら私の魔力推進でも何とか届く。……かなり魔力を使うから、また休まなきゃいけなくなるでしょうけど……」
女はそう言って溜め息を溢す。
「なるほど。まあ仕方──」
「あ、でも魔力を使わずに済む方法もある」
とリントの慰めの言葉を女が遮る。
「ほう?それは?」
「あなたが私を運ぶのよ」
「……ふむ……確かに魔力は温存できそうだが、流石に人一人抱えて飛ぶのは骨が折れそうだな」
「あなたがそれくらいで根を上げるとは思えない。私はあなたを追ってここまで来たんだから、上へ上がるために手伝うくらいは当然の義務だと思うけれど」
「……まあ構わないが……段々と図々しくなってないか?君……」
リントは呆れ顔でそう言った。
それから少し進むと、女は立ち止まり。
「この辺りね」
と真っ暗な空を見上げる。
「ふむ。しかし、足元が随分と泥濘んでいるな」
「ええ、気を付けて。少し道を逸れると底無しの泥沼がある危険地帯よ。踏み外すと沈んで二度と戻ってこれない」
「……詳しいんだな。いくら魔力が読めても地形まで把握するのは無理だろう。この暗闇の中で私を探し出した時から疑問ではあったが……第四階層へ来たことがあるのか?」
「無いわよ。でも地形はある程度頭に入ってる。たびたび行われてる調査から得た情報は共有されてるから」
「フッ、流石だな」
そう話しているうちにリントは自らの両腕を巨大な翼へと変化させていた。
大きく羽ばたいてふわりと飛び上がると、下半身をカゴのような形状に変える。
「乗りたまえ」
とは言うが、無論暗闇の中では今のリントの姿がどうなっているか分からない。
女は手探りで何とかそのカゴ部分に乗り込んだ。
「よし。飛ぶぞ。穴の詳しい位置まで導いてくれ」
リントはそのまま高く飛んでいく。
「もう少し右……少し行き過ぎ……いいわ、そのまま真上に上がって……」
四百メートル弱ほどの上空まで高度を上げ、女の指示に従って穴へと近付くリント。
だが突如。
「いえ、待って」
と、女は何かに気付いて制止する。
「どうした?」
「何か来る……!」
上を見ながら、女は怯えた様子で言う。
その震えた声に異常を察し、リントも上へと強い警戒を向ける。
「何が来る……?」
「二人……どちらも人間……強い魔力と、もう一つは……あなたが負けたあの子供よ……!」
直後。
「"紅蓮ノ白虎"!」
男の声とともに真っ白な炎が上空の穴から勢いよく噴出し、その光が第四階層を明るく照らした。




